『卑弥呼』第7話「暗闘」

 『ビッグコミックオリジナル』2019年1月5日号掲載分の感想です。前号は休載だったので、第7話を待ちわびていました。前回は、ヤノハが「トンカラリン」の洞窟に置き去りにされたところで終了しました。今回は、ヤノハがトンカラリンと呼ばれる洞窟の暗闇の中で、出口を探している場面から始まります。その頃、暈(クマ)の国では、将軍の鞠智彦(ククチヒコ)が輿に乗って「首都」の鹿屋(カノヤ)に向かっていました。農民たちは高貴な身分の者の輿に平伏します。孫から輿に乗っている人物が誰なのか、問われた祖父が鞠智彦と答え、暈の国で一番偉い方だ、と祖母が説明すると、一番はタケル王だろう、と孫は反論します。すると祖父母は、タケル王は、夜に胡座をかき、天に明日のお暈(ヒガサ)さまの来訪を願い、天下の泰平を祈る役割の日見彦(ヒミヒコ)様、一方鞠智彦様は、日中はタケル王に代わって戦や政を決める役割で、二人がいての暈の国だ、と説明します。

 タケル王の居室に赴いた鞠智彦に、久しぶりです、とタケル王が声をかけます。鞠智彦は精悍な二枚目、タケル王は酷薄な小物といった感じで、『天智と天武~新説・日本書紀~』の天智帝(中大兄皇子)にやや似ています。鞠智彦や農民は黥を入れていますが、タケル王は黥を入れていません。天下の情勢をタケル王に問われた鞠智彦は、金砂(カナスナ)の国を攻める鬼国(キコク)に対して吉備(キビ)が宣戦布告し、その背後にはおそらく日下(ヒノモト)国がおり、その本意は金砂との同盟だろう、と答えます。那(ナ)国と暈の国との戦いは膠着状態と説明を受けたタケル王は、那国王はタケル王が日見彦でないと喧伝している不届き者だ、と憤ります。鞠智彦ほどの武人がなぜ那国にてこずるのだ、と問われた鞠智彦は、那国のトメという将軍はなかなかの戦上手だが、暈の国にある「日の巫女」集団の学舎である種智院の戦部(イクサベ)から刺客を送った、と答えます。

 するとタケル王は、種智院の院長であり祈祷部(イノリベ)の長であるヒルメの動静を鞠智彦に尋ねますが、ヒルメに謀反の兆しがあるのか、今も分からない、と鞠智彦は答えます。タケル王は、表向きは日見彦と認められているものの、実はそうではなく、日見子(ヒミコ)が出現すればその役割を終えたか偽物だったと人々に思われてしまうことから、新たに出現した(認定された)日見子を殺そうとするのではないか、と種智院の祈祷部の人々に懸念されています。そのため、タケル王は日見子が顕れた、との噂を鞠智彦に尋ねます。鞠智彦が、日見子と噂された女子(モモソのことです)が不慮の事故で死んだと聞いている(実際はヤノハがモモソを殺害したわけですが)、と言うと、タケル王は安堵しますが、鞠智彦はなおも事態を懸念していました。それは、ヒルメがトンカラリンの儀式を強行したからです。11人もの祈祷女(イノリメ)見習いがトンカラリンと呼ばれる洞窟に送り込まれた、と鞠智彦から聞いたタケル王は、11人をみすみす殺すとは無益な、トンカラリン内部を絵図に残すため、自分が何人の方士を失ったか、と言って嘆息します。このタケル王の発言から推測すると、タケル王はトンカラリンの儀式を経て日見彦と認定されたものの、実は事前に配下の者たちに洞窟の内部を精確に調べさせていた、ということになります。タケル王は、トンカラリンの洞窟には千の道があり、外へ通ずるのは一つだけだ、と言って新たな日見子の出現はないだろう、と安心していますが、鞠智彦は慎重で、油断しないよう、タケル王に忠告します。万が一もあるのか、とタケル王に問われた鞠智彦は、自信に満ちた表情で、万が一にも日見子は出さない、と返答します。もし祈祷女見習いがトンカラリンの洞窟から脱出できたとしても、殺すということでしょうか。

 トンカラリンの洞窟の入り口では、ヒルメや祈祷部の副長であるウサメや祈祷女見習いたちへの講義を担当しているイクメたちが、洞窟から出てくる祈祷女見習いたちを待ち構えていました。ウサメは、お暈さまが真上に来たが誰も現れないので、やはり天照大御神さまに選ばれた者はいなかった、と言います。しかし、ヒルメは、百年前の日見子さまも外に出るまで丸三日かかった、と言います。ヒルメによると、日見子にはお天道様の「トンカラリン」という音が聞こえるそうで、そのためにこの複雑な洞窟は「トンカラリン」と呼ばれているのでした。

 洞窟の中で出口を探しているヤノハは、広い場所に出て、昔、養母から困った時には下手に動くな、と言われたことを想起します。暗闇の中、何か落ちていないか探したヤノハは人骨を見つけます。そこに、古老の言い伝えでは、トンカラリンには人骨の散らばる広場があるそうだ、との声が聞こえてきます。ヤノハに問われたその人物は、種智院の祈祷女見習いのアカメと名乗ります。アカメは、ヤノハより前にトンカラリンの洞窟に置き去りにされた10人のうちの一人でした。ヤノハが名乗ると、新入りだな、とアカメはすぐに分かったようです。他の者たちはどうしたのだ、とヤノハに問われたアカメは、全員違う道を行き、ヤノハに会うまで誰とも会わなかった、と答えます。出会えてもたいした幸運ではないが、ない知恵を合わせられるか、と呟いたヤノハは、ついにアカメの手をつかみます。水も食べ物もないので、殺してくれないか、とアカメに言われたヤノハは、お天道様からもらった命を捨てたいなんて絶対言うな、自分がお前を守るから共にここを抜け出そう、と力強く励まします。その勢いに気圧されたのか、アカメはヤノハについていく決意を固めたようです。

 ヤノハは、死にたくなければ、一番ほしいものが何かまず考えろ、という養母の教えを想起します。何が欲しいのかヤノハに問われたアカメは、灯りと即答しますが、それは無理な話だ、とヤノハは言います。アカメは、古老の話ではたいていの迷子がこの広場で疲れ果てて死を選ぶそうで、先ほど服を着たままの遺体を見つけた、と言います。暗闇なので断定はできませんが、ヤノハもアカメも、それは種智院の者だと考えています。ヤノハは苦々しい様子で、せっかくもらった命なのに最後まで戦わないのは罰当たりだ、と吐き捨てるように言います。その様子を見たアカメは、ヤノハの強さに感心します。古老はこの広場について他に何か言っていなかったのか、とヤノハに問われたアカメは、もし松明があれば、光る石がそこら中にある、と答えます。するとヤノハは地面の石を拾い始め、アカメには死体の衣服から布を破いてもってくるよう、指示します。ヤノハが石をぶつけ合うと火花が散り、アカメは驚きます。ヤノハは、光る石とは黄鉄鉱で、それをぶつければ火花か出ると養母から教えてもらった、と説明します。火種ができ、死体から衣服を引きはがすよう、ヤノハはアカメに指示します。はっきりと火が出たことを見たアカメがヤノハに感嘆し、生き残るぞ、とヤノハがアカメに力強く宣言するところで、今回は終了です。


 今回も、ヤノハの強烈な個性が描かれました。絶体絶命の状況においてこそヤノハのような個性の人物は映えますから、人物造形と展開が上手くかみ合っているように思います。ヤノハはこれまで、神を恐れない不遜な人物といった感もありましたが、お天道様からもらった命を粗末にするな、との発言からは、単に生きたいだけではなく、当時の一般的な世界観とは違った意味で、強固な信仰心が根底にあるのかな、とも思います。ヤノハは絶望的な状況でも諦める様子が見えず、ならば、これまで時々回想で入っていた死を覚悟した心境がいつのことなのか、気になるところです。この後、ヤノハはアカメと共に脱出しようとするもなかなか上手くいかず、さすがに絶望的な心境に陥るのか、それとも洞窟に置き去りにされた当初は死を覚悟したものの、すぐに脱出のみを考えるようになったのかもしれません。ともかく次回も、ヤノハの勇気と知恵と不屈の闘志が描かれそうで、楽しみです。今回、ヤノハと遭遇したアカメは、モブ顔ではないものの、モモソほどのメインキャラ顔でもないように思えるので、あるいは脱出前に死ぬか、脱出後もすぐ死ぬかヤノハとは別の道を歩むことになりそうな気がします。ヌカデもそうですが、顔から判断すると、モモソはもちろん、ヒルメよりも重要な人物ではないかな、と予想しています。

 今回は、タケル王と鞠智彦が初めて登場したことも注目されます。鞠智彦は、タケル王が真の日見彦ではないと知りつつ、タケル王を日見彦として立てており、日見彦の失脚につながる日見子の出現を強硬手段によっても阻止するつもりのようです。その真意はまだ定かではなく、今後明かされていくのでしょうか。アカメがどうなるのか分かりませんが、ヤノハはトンカラリンの洞窟から脱出するでしょうから、その時鞠智彦がどのように動くのか、またそれをすでに予期しているヒルメがどう防ぐのか、本作序盤の見どころになりそうです。また、今回改めて描かれましたが、ヒルメとタケル王や鞠智彦との関係が、潜在的には敵対的側面が強いことも注目されます。これは単にタケル王とヒルメとの個人的な関係というよりは、暈の国の王と種智院の祈祷部の長との間に、構造的な対立関係があるのではないか、と推測しています。そうした事情も、やがて描かれるのでしょうか。金砂の国を攻める鬼国に対して吉備が宣戦布告し、その背後には日下国がいる、との情報も気になるところです。金砂の国は後の陸奥と推測していたのですが、吉備が山陽地方だとすると、そこまで地理的範囲を拡大して考えるのではなく、西日本内での争いなのかもしれません。これについても、やがて明らかになっていくでしょう。今後は、ヤノハの洞窟からの脱出が描かれ、その後は、ヌカデが戦柱(イクサバシラ)として向かった那国の様子が描かれるのでしょうか。ともかく、まだ序盤でしょうし、今後語られるべき話は多そうですから、大いに期待できそうです。なお、次回は巻頭カラーとのことで、たいへん楽しみです。

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