アウストラロピテクス属化石「リトルフット」の頭蓋内組織

 アウストラロピテクス属化石「リトルフット(StW 573)」の頭蓋内組織に関する研究(Beaudet et al., 2018)が報道されました。リトルフットは1994年に南アフリカ共和国のスタークフォンテン(Sterkfontein)洞窟で発見されましたが、固い角礫岩に埋まっていたので、長い時間をかけて慎重に取り出され、復元されました。人類に限らず哺乳類の化石は脆いので、長期間を経て良好な状態で保存されていることはほとんどないのですが、リトルフットは固い角礫岩に埋まっていたため、たいへん良好な状態で発見されました。昨年(2017年)、リトルフットの復元が公開され(関連記事)、今年になってリトルフットに関する重要な研究が相次いで公表されているのですが、まだまったく追えていません。まずは本論文を取り上げ、時間をかけて他の論文も読んでいこう、と考えています。

 人類系統における脳の派生的な特徴の進化には大きな関心が寄せられていますが、初期人類の化石は少ないうえに保存状態の良好なものがきわめて少なく、その初期過程には不明なところが多く残されています。しかし、上述したようにリトルフットの保存状態はきわめて良好なため、初期人類の脳進化の解明に重要な役割を果たすことが期待されます。本論文は、リトルフットのマイクロCTスキャンにより、その頭蓋内の特徴を詳細に調べ、他系統の人類と比較しました。比較対象となったのはアフリカ南部の初期人類と現代人(Homo sapiens)およびチンパンジー(Pan troglodytes)です。頭蓋容量についてはアフリカ東部の初期人類も比較対象となっています。比較対象となった初期人類はアウストラロピテクス属とパラントロプス属で、アウストラロピテクス属ではアフリカヌス(Australopithecus africanus)やセディバ(Australopithecus sediba)や種区分未定標本、パラントロプス属ではボイセイ(Paranthropus boisei)です。

 リトルフットの頭蓋は変形を受けており、まだじゅうぶんには修正されていないので、408㎤という頭蓋容量の推定値はあくまでも暫定的で最小限となりますが、これはアウストラロピテクス属としては最小級となります。リトルフットの年代は367万年前頃と推定されており(関連記事)、同年代やその前の年代の初期人類と同程度の頭蓋容量で、後の人類よりはおおむね小さいことになります。そのため本論文では、リトルフットの頭蓋容量はその年代と整合的とされていますが、リトルフットの年代は367万年前頃ではなく280万年前頃以降ではないか、との指摘もあります(関連記事)。

 リトルフットの保存状態はきわめて良好で、脳溝と脳血管系の痕跡も確認できました。リトルフットの脳には、現代人や現生類人猿と同様に左右非対称の構造が見られ、以前から指摘されていたように、現代人と現生類人猿(現代人も類人猿の一系統ではありますが)の最終共通祖先において、脳の構造が左右非対称だったことを示唆します。脳溝に関しては、リトルフットや初期人類とチンパンジーとの類似性も指摘されています。しかし、これらの系統間の違いもあり、たとえば大脳の後頭葉の脳溝である月状溝の位置は、リトルフットとチンパンジーとで類似している一方で、アウストラロピテクス・アフリカヌスやパラントロプス・ボイセイとは異なります。本論文は、リトルフットの頭蓋内構造は全体的に、後期鮮新世~前期更新世のアフリカ南部の初期人類と比較して、より派生的ではない、と指摘しています。

 リトルフットと現代人との比較では、大脳領域において違いが見られます。リトルフットの視覚野は現代人より大きく、チンパンジーや初期人類の方と類似しています。現代人においては、縮小した視覚野は、知覚処理や感覚運動の統合も担う頭頂葉皮質の拡大と関連しています。しかし、リトルフットも含めてアウストラロピテクス属の頭蓋内血管系は以前の想定よりも複雑だと推測されています。アウストラロピテクス属の頭蓋内容量は現代人よりもずっと少ないのですが、大きくて複雑な脳に必要な、血液と酸素を脳に供給して脳の温度を制御する脳内血管系は、初期アウストラロピテクス属の時点で潜在的にはすでに存在していたのではないか、というわけです。初期アウストラロピテクス属よりも新しいパラントロプス属の頭蓋内血管系よりも、初期アウストラロピテクス属の方が現代人と類似しているわけで、パラントロプス属の頭蓋内血管系は派生的なのでしょう。

 全体的に、リトルフットの頭蓋内構造は、後期鮮新世~前期更新世のアフリカ南部の初期人類と比較して、より派生的ではない、と本論文は指摘します。本論文は、後期鮮新世~前期更新世の人類系統における頭蓋内構造の進化要因として、環境変化を挙げています。気候変動などに伴う動物相・植物相の変化といった大規模な環境変化が、人類系統も含めて霊長類の生態的地位や群れの規模などを変容させて潜在的により複雑な社会的相互作用をもたらし、それが脳の重要な組織再編を促す選択圧になったのではないか、というわけです。現代人系統の頭蓋内構造の進化も大まかにはその延長線上にある、と言えるでしょう。


参考文献:
Beaudet A. et al.(2019): The endocast of StW 573 (“Little Foot”) and hominin brain evolution. Journal of Human Evolution, 126, 112–123.
https://doi.org/10.1016/j.jhevol.2018.11.009

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