大河ドラマ『西郷どん』全体的な感想

 本作はネットで酷評されているように思いますが、当ブログではそれなりに肯定的に述べてきました。これは本作への期待値が低かったためです。一つには、1990年放送の『翔ぶが如く』に続いてまた西郷隆盛(吉之助)が主人公で、しかも、2008年放送の『篤姫』に続いてまたもや薩摩藩視点で、うんざりしていたからです(『篤姫』は幕府視点でもありますが)。もう一つは、同じ脚本家の『花子とアン』を視聴して、歴史ものが苦手なのではないか、と考えていたからです。そのため、近年では2015年放送の『花燃ゆ』と同じくらい放送開始前の期待値が低く、その分、当ブログでは本作への評価がやや甘くなってしまったかもしれません。

 とはいえ、あくまでも期待値が低すぎることに起因する評価の甘さなので、他の大河ドラマとの比較で本作がつまらなかったことに変わりはありません。本作の問題点は、歴史の大きな流れを描けていない、ということに尽きると思います。これは、家族間、また個人間の描写に時間を割きすぎであることに起因すると思いますが、それと関連して、時間配分に問題があり、明治編に入るのが遅すぎたと思います。その結果、隆盛と大久保利通(正助、一蔵)との対立の過程をはじめとして、西南戦争へと至る経過が駆け足的になってしまいました。これと関連しますが、大山綱良(格之助)が中央政府から敵視された理由も、明らかに描写不足だったと思います。この他にも、薩摩藩視点でありながら、文久の政変が会話の中で少し触れられただけなど、歴史ドラマとしては明らかに問題があったと思います。

 人物描写にも問題があり、主人公である隆盛や、準主人公とも言うべき利通の有能さが、よく描けていなかったように思います。隆盛がなぜ高名な人物となったのか、作中でも隆盛自身が不思議に思っていましたが、脚本家が隆盛のことをよく理解できなかったことを反映しているのでしょう。もっとも、隆盛は複雑な人物だったとはよく言われることで、その人物像・動機を理解するのは困難だとは思います。その意味で、本作のように、隆盛がなぜ偉大な人物とみなされるようになっていったのか、よく分からないような描写になっていたとしても、仕方のないところだとは思います。

 これとも関連しますが、大河ドラマにありがちな主人公美化はある程度仕方ないとしても、本作ではしばしば、それが敵対的な役割を担う人物の悪辣さや無能さの強調によるものだったことも、問題点だと思います。幕末編では徳川(一橋)慶喜、明治編では利通が敵対的な役割を担いましたが、とくに利通は、序盤からずっと重要人物として登場し続けたのに、闇落ちしていく過程の描写が弱かったように思います。利通の海外視察にもっと時間を割くべきだったのではないか、と思うのですが、これも時間配分の問題と関わってきます。

 色々と不満点を述べてきましたが、配役と演技は全体的になかなかよかったのではないか、と思います。不安要因だった天璋院(於一、篤姫)も華があってよかったのですが、隆盛と天璋院の絆が江戸開城につながる、という放送開始前の予告が実現しなかったのは、天璋院の描写が序盤は多かっただけに、疑問に思うところです。まあ、より史実に近づけた、と好意的に解釈できなくもありませんが。また、隆盛と島津久光に関しては、ともに島津斉彬を慕うあまりの対立という関係が描かれていて、なかなかよかったと思います。薩摩藩視点の幕末もので、天璋院が重要人物として登場したにも関わらず、平均視聴率は12.7%(関東地区)と低迷したので、これを機に、NHKには『篤姫』での(あくまでも視聴率的な意味での)成功体験への執着から脱却してもらいたいものです。

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