ネアンデルタール人との交雑から推測される現生人類の頭蓋形状の遺伝的基盤
現生人類(Homo sapiens)の頭蓋形状の遺伝的基盤に関する研究(Gunz et al., 2019)が報道されました。『サイエンス』のサイトには解説記事が掲載されています。この研究はオンライン版での先行公開となります。現代人の頭蓋は球状で、前後に長いネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)などの近縁系統や、現代人の祖先系統とは異なります。また、ネアンデルタール人の頭蓋は小脳のある後頭部が膨らんでいるという点でも、現代人とは異なります。ただ、現代人も誕生時にはやや前後に長い頭蓋形状でネアンデルタール人と類似していますが、誕生後1年で脳容量がほぼ2倍となり、頭蓋は球状となります。現代人的な形態の人類はアフリカで30万年前頃には出現しており(関連記事)、脳容量も現代人の変異内に収まっているのですが、頭蓋形状が現代人の変異内に収まったのは100000~35000年前頃と推測されています(関連記事)。
本論文は、現代人の球状の頭蓋形状の遺伝的基盤を調べるために、現代人のゲノムに見られるネアンデルタール人由来の領域を調べました。以前の研究で、ネアンデルタール人の遺伝的影響のより高いヨーロッパ系現代人は、後頭部および頭頂部においてネアンデルタール人との形態的類似性が確認されています(関連記事)。そこで本論文は、ヨーロッパ系現代人4468人のMRIスキャンデータから頭蓋の球状性指数を定量化し、より前後に長い頭蓋形状の現代人はネアンデルタール人の特定の遺伝子多様体の影響を受けているのではないか、との仮説を立てて検証しました。
その結果、有意な相関性が見られたのは、1番および18番染色体上のネアンデルタール人由来の領域でした。1番染色体のネアンデルタール人由来の遺伝子多様体は神経の発達の制御に関わっているUBR4遺伝子の近くに位置し、大脳基底核においてUBR4の発現を減少させます。18番染色体のネアンデルタール人由来の遺伝子多様体は、軸索を囲む絶縁体である髄鞘の発達に関わるPHLPP1遺伝子の近くに位置し、小脳におけるPHLPP1の発現を増大させます。以前の研究では、ネアンデルタール人由来の遺伝子の発現は大脳基底核や小脳において顕著な下方制御が見られる、と指摘されていましたが(関連記事)、小脳に関してはそうとも限らないようです。UBR4またはPHLPP1を完全に破壊すると、脳の発達に大きな影響を及ぼす、と明らかになっています。ただ、頭蓋形態の球状化は多種多様な特徴の組み合わせで、多数の遺伝子が関わっているだろう、と本論文は指摘しています。その意味で、ネアンデルタール人由来の遺伝子多様体のヨーロッパ系現代人における影響を過大評価することには慎重でなければならないでしょう。
ヨーロッパ系現代人において、ネアンデルタール人の遺伝的影響が頭蓋形状や脳の発達にも影響を及ぼしているとなると、現代人(の一部)の認知能力にネアンデルタール人が影響を及ぼしているのではないか、と考えたくなります。ただ、本論文で識別されたネアンデルタール人の遺伝子多様体が、頭蓋形状以外の言語または他の特徴に影響を及ぼしたとする証拠はない、とも指摘されています。じっさい、発話関連遺伝子と考えられるFOXP2遺伝子を取り囲んでいる膨大なゲノム領域については、現代人のゲノムにおいてネアンデルタール人由来のそれが発見されていない、と指摘されています(関連記事)。
また、上述したように、ネアンデルタール人由来の遺伝子多様体は、大脳基底核においてUBR4の発現を減少させ、頭蓋形状をより前後に細長くすると推定されていますが、それは現生人類特有の遺伝子多様体が、頭蓋の球状化と、大脳基底核における神経発達の制御を促進する、ということでもあると思います。大脳基底核は記憶・計画・学習など多様な認知機能に関わっており、潜在的には会話と言語の進化にも関わっているだろう、という点で、脳頭蓋の形状の球状化は注目されます。
形態学的データと遺伝学的データの組み合わせによる研究という点で、本論文は大いに注目されます。今後、10万人の脳スキャンとゲノムデータを収集しているイギリスのバイオバンクデータベースに基づく検証も予定されるそうで、さらに地域・人数ともに対象を拡大しての研究の進展が期待されます。種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)の遺伝的情報も豊富なのですが、ネアンデルタール人とは異なり、形態学的データはほとんど得られていません(関連記事)。保存状態の良好なデニソワ人遺骸が発見されれば、さらに現生人類特有の遺伝的基盤を明らかにしやすくなるでしょうから、保存状態の良好なデニソワ人遺骸の発見が待ち望まれます。
参考文献:
Gunz P. et al.(2019): Neandertal Introgression Sheds Light on Modern Human Endocranial Globularity. Current Biology, 29, 1, 120–127.E5.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2018.10.065
本論文は、現代人の球状の頭蓋形状の遺伝的基盤を調べるために、現代人のゲノムに見られるネアンデルタール人由来の領域を調べました。以前の研究で、ネアンデルタール人の遺伝的影響のより高いヨーロッパ系現代人は、後頭部および頭頂部においてネアンデルタール人との形態的類似性が確認されています(関連記事)。そこで本論文は、ヨーロッパ系現代人4468人のMRIスキャンデータから頭蓋の球状性指数を定量化し、より前後に長い頭蓋形状の現代人はネアンデルタール人の特定の遺伝子多様体の影響を受けているのではないか、との仮説を立てて検証しました。
その結果、有意な相関性が見られたのは、1番および18番染色体上のネアンデルタール人由来の領域でした。1番染色体のネアンデルタール人由来の遺伝子多様体は神経の発達の制御に関わっているUBR4遺伝子の近くに位置し、大脳基底核においてUBR4の発現を減少させます。18番染色体のネアンデルタール人由来の遺伝子多様体は、軸索を囲む絶縁体である髄鞘の発達に関わるPHLPP1遺伝子の近くに位置し、小脳におけるPHLPP1の発現を増大させます。以前の研究では、ネアンデルタール人由来の遺伝子の発現は大脳基底核や小脳において顕著な下方制御が見られる、と指摘されていましたが(関連記事)、小脳に関してはそうとも限らないようです。UBR4またはPHLPP1を完全に破壊すると、脳の発達に大きな影響を及ぼす、と明らかになっています。ただ、頭蓋形態の球状化は多種多様な特徴の組み合わせで、多数の遺伝子が関わっているだろう、と本論文は指摘しています。その意味で、ネアンデルタール人由来の遺伝子多様体のヨーロッパ系現代人における影響を過大評価することには慎重でなければならないでしょう。
ヨーロッパ系現代人において、ネアンデルタール人の遺伝的影響が頭蓋形状や脳の発達にも影響を及ぼしているとなると、現代人(の一部)の認知能力にネアンデルタール人が影響を及ぼしているのではないか、と考えたくなります。ただ、本論文で識別されたネアンデルタール人の遺伝子多様体が、頭蓋形状以外の言語または他の特徴に影響を及ぼしたとする証拠はない、とも指摘されています。じっさい、発話関連遺伝子と考えられるFOXP2遺伝子を取り囲んでいる膨大なゲノム領域については、現代人のゲノムにおいてネアンデルタール人由来のそれが発見されていない、と指摘されています(関連記事)。
また、上述したように、ネアンデルタール人由来の遺伝子多様体は、大脳基底核においてUBR4の発現を減少させ、頭蓋形状をより前後に細長くすると推定されていますが、それは現生人類特有の遺伝子多様体が、頭蓋の球状化と、大脳基底核における神経発達の制御を促進する、ということでもあると思います。大脳基底核は記憶・計画・学習など多様な認知機能に関わっており、潜在的には会話と言語の進化にも関わっているだろう、という点で、脳頭蓋の形状の球状化は注目されます。
形態学的データと遺伝学的データの組み合わせによる研究という点で、本論文は大いに注目されます。今後、10万人の脳スキャンとゲノムデータを収集しているイギリスのバイオバンクデータベースに基づく検証も予定されるそうで、さらに地域・人数ともに対象を拡大しての研究の進展が期待されます。種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)の遺伝的情報も豊富なのですが、ネアンデルタール人とは異なり、形態学的データはほとんど得られていません(関連記事)。保存状態の良好なデニソワ人遺骸が発見されれば、さらに現生人類特有の遺伝的基盤を明らかにしやすくなるでしょうから、保存状態の良好なデニソワ人遺骸の発見が待ち望まれます。
参考文献:
Gunz P. et al.(2019): Neandertal Introgression Sheds Light on Modern Human Endocranial Globularity. Current Biology, 29, 1, 120–127.E5.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2018.10.065
この記事へのコメント