ネアンデルタール人と現生人類の複数回の交雑

 ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と現生人類(Homo sapiens)の交雑回数に関する研究(Villanea, and Schraiber., 2019)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。非アフリカ系現代人は全員、ネアンデルタール人から遺伝的影響を受けています。当初は、非アフリカ系現代人の各地域集団において、ネアンデルタール人からの遺伝的影響にほとんど違いはないと推定されたことから、非アフリカ系現代人の祖先集団が、ヨーロッパ・東アジア・オセアニアなど各地域集団に分岐する前に1回、ネアンデルタール人と交雑した、と推測されていました。しかしその後、非アフリカ系現代人でも、ヨーロッパ系も含む西ユーラシア系よりも、東アジア系の方がゲノムに占めるネアンデルタール人由来と推定される領域の割合が高い、と明らかになり、その割合は最近では、西ユーラシア系は1.8~2.4%、東アジア系は2.3~2.6%と推定されています(関連記事)。

 この理由についてはさまざまな仮説が提示されています。たとえば、ネアンデルタール人由来の遺伝子のなかには、ヨーロッパでは有害だったものの東アジアでは中立的に作用したものがあるとか、東アジア系現代人の祖先集団はヨーロッパ系現代人の祖先集団よりも強いボトルネック(瓶首効果)を経験したので、遺伝的浮動により有害な対立遺伝子を効果的に除去する仕組みが作用しにくかったとか、東アジア系現代人の祖先集団とネアンデルタール人の間に(非アフリカ系現代人全員の祖先集団とネアンデルタール人との交雑の後の)追加の交雑があった、とかいうような仮説です(関連記事)。また、ヨーロッパ系現代人の祖先集団が、まだ化石の確認されていない仮定的な存在(ゴースト集団)で、ネアンデルタール人の遺伝的影響をほとんど受けていなかったと推測される「基底部ユーラシア人」と交雑したからだ、との仮説(希釈仮説)も提示されています(関連記事)。

 本論文はこの理由について、ヨーロッパ系現代人と東アジア系現代人のゲノムにおけるネアンデルタール人由来と推定される領域を比較し、模擬実験と機械学習の手法を用いて、5通りの仮説を検証しました。それは、ネアンデルタール人と現生人類の間の交雑に関して、1回のみ説、東アジア系のみが複数回説、東アジア系とヨーロッパ系がともに複数回説、交雑は1回のみでヨーロッパ系に「希釈」が起きたとする説、東アジア系とヨーロッパ系がともに複数回交雑して「希釈」も起きたとする説です。その結果、最も可能性が高いと推測されたのは、ヨーロッパ系現代人および東アジア系現代人双方の祖先集団で複数回の交雑があった、とする仮説でした。また、「希釈」が起きたとしても、その影響は小さかった、とも推測されています。ただ、東アジア系現代人のゲノムのネアンデルタール人由来と推定されている領域の中には、種区分未定のデニソワ人(Denisovan)由来のものがあるかもしれません。そのため、ネアンデルタール人と現生人類との追加の交雑を誤認してしまう可能性もあります。本論文は既知のデータを利用しつつこの懸念にも対処し、完全に誤分類を避けられたとは信じていないものの、ネアンデルタール人と現生人類の追加の交雑を誤認するほどの分類の間違いはないと思う、と主張しています。

 デニソワ人と現生人類との複数回の交雑が指摘されているように(関連記事)、後期ホモ属において異なる系統間の交雑は一般的でした。現生人類とネアンデルタール人の交雑に関しても、現代人への遺伝的影響はほとんど残っていないと推定されていますが、(おそらくは)ヨーロッパで追加の交雑があった、と推測されています(関連記事)。本論文の見解が妥当だとすると、ヨーロッパにおいても複数回の交雑があり、その中には現代人に影響を残しているものもあるのではないか、と考えられます。

 本論文は、ヨーロッパ系現代人と東アジア系現代人の祖先集団がそれぞれ、ネアンデルタール人と追加の交雑をした可能性が高い、と明らかにしましたが、なぜ東アジア系現代人の方がネアンデルタール人由来のゲノム領域は多いのか、という問題は解決できませんでした。本論文は、ユーラシアの現生人類と交雑したネアンデルタール人の集団は、比較的密接に関連していたに違いない、と示唆します。これは、ネアンデルタール人の長期にわたる小さな有効人口規模という有力な推論(関連記事)と整合的です。本論文は、ネアンデルタール人と現生人類の間の遺伝子流動は断続的かつ継続的ではあるものの、やや地理的に制限されていた可能性が高い、と推測しています。非アフリカ系現代人集団間でネアンデルタール人の遺伝的影響がわずかながら異なっている理由は、おもにそれらの祖先集団がどのくらい長く該当地域でネアンデルタール人と共存していたかを反映しているかもしれない、と本論文は指摘しています。この分野の研究の進展は目覚ましく、今後より詳細で説得力のある見解が次々と提示されていくでしょうから、できるだけ最新の動向を追いかけていきたいものです。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


ネアンデルタール人と初期人類との交雑が評価された

 現代の東アジア人とヨーロッパ人において、ネアンデルタール人のDNA断片の大規模な遺伝子解析が行われ、解剖学的現生人類の祖先とネアンデルタール人が複数の時点で確かに交雑していたことを明らかにした論文が、今週掲載される。

 アフリカから拡散した解剖学的現生人類は、ユーラシア西部でネアンデルタール人と遭遇した。この遭遇は、現代の非アフリカ人集団のゲノムに痕跡を残した。解剖学的現生人類のゲノムには、ネアンデルタール人の要素が約2%含まれているのである。当初、現生人類とネアンデルタール人との間の交雑事象は1回だけであったと考えられていたが、東アジア人においてネアンデルタール人祖先の割合が、ヨーロッパ人よりも12~20%高いという知見から、遭遇は複数回であった可能性が示唆されていた。

 Fernando VillaneaとJoshua Schraiberは、現生人類ゲノムの大規模なデータセットにおいて、東アジア系の人々とヨーロッパ系の人々の、ネアンデルタール人由来DNAのパターンに見られる非対称性を分析した。そして、異なる回数の交雑事象に関して解剖学的現生人類のゲノムに対するネアンデルタール人DNAの寄与をシミュレーションし、これらのパラメーターの多い複雑なモデルを機械学習の手法を用いて検討した。その結果、現生人類ゲノムに見られたネアンデルタール人由来DNAのパターンは、ネアンデルタール人集団と、東アジア人集団とヨーロッパ人集団の両方との間の複数回の交雑事象によって最もよく説明される、と結論付けられた。

 著者たちは、現生人類とネアンデルタール人との複数回の遭遇は、異なるヒト族集団の間でたびたび複雑な相互作用が生じていたという新たな見方に符合する、と結んでいる。



参考文献:
Villanea FA, and Schraiber JG.(2019): Multiple episodes of interbreeding between Neanderthal and modern humans. Nature Ecology & Evolution, 3, 1, 39–44.
https://doi.org/10.1038/s41559-018-0735-8

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