厳しい環境で育ったネアンデルタール人の子供(追記有)
ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と現生人類(Homo sapiens)の歯を分析した研究(Smith et al., 2018)が報道されました。『サイエンス』のサイトには解説記事が掲載されています。本論文は、ランス南東部のローヌ渓谷のペイール(Payre)遺跡で発見された、251000年前頃のペイール336(Payre 336)と247000年前頃のペイール6(Payre 6)というネアンデルタール人2個体の歯と、ペイール1(Payre 1)という5400年前頃の現生人類の歯を分析しました。歯に関しては、エナメル質の成長線が発達状況を、バリウムが乳の消費を、酸素同位体が気候を示し、その他に鉛など化学物質への暴露も確認できます。
気候に関しては、現生人類のペイール1の時期(中期完新世)と比較して、25万年前頃となるネアンデルタール人2個体の時期は全体的に寒冷であるとともに、気温変化も激しかった、と推測されています。25万年前頃は、比較的温暖な海洋酸素同位体ステージ(MIS)7の始まった頃かその直前で、まだ寒冷だったと推測されます。完新世の気候は更新世と比較して安定的だったと推測されており、完新世になって農耕が定着した要因かもしれません(関連記事)。
歯のバリウムの分析からは授乳期間が推定できますが、ペイール6の授乳期間は2年半ほどだった、と推測されています。これは、現代の狩猟採集社会の授乳期間とほぼ同じです。ペイール6は春に生まれたと推測されているので、2歳半となった秋に離乳したことになります。ベルギーの10万年前頃のネアンデルタール人の授乳期間は1年2ヶ月ほど(完全な授乳期間7ヶ月と母乳と離乳食で育てられた7ヶ月)と推測されていました(関連記事)。本論文は、解析事例の少なさから慎重な姿勢を示しつつも、ペイール6の2年半という授乳期間の方が、ネアンデルタール人社会では標準的だった可能性が高い、と推測しています。
ネアンデルタール人2個体(ペイール336および6)には、エナメル質の成長線の中断が冬に見られ、順調な成長が妨げられていた、と示唆されます。冬には病気になりやすかったことから、病気による成長遅延が示唆されていますが、冬には食料入手が他の季節より困難だった、という事情もあったのかもしれません。一方、現生人類の子供であるペイール1のエナメル質の成長線の中断は、ネアンデルタール人2個体よりも低頻度でした。25万年前頃のネアンデルタール人の子供は、5400年前頃の同じ地域の現生人類の子供よりも厳しい環境で育ったようです。これは、上述した、より寒冷な気候とより激しい気温変動が要因だと思われます。もちろん、技術・社会組織の水準の違いもあるでしょうが。
ネアンデルタール人2個体に関しては、たびたび鉛に暴露していたことも明らかになりました。これは、人類の鉛への暴露の直接的証拠としては最古の事例となります。ペイール遺跡から25kmほどの場所に鉛鉱山が2ヶ所あるので、ネアンデルタール人は食料または水から鉛を摂取したか、火災などにより鉛を含む煙を吸入したのではないか、と推測されています。鉛は母乳からも摂取されますが、バリウムと鉛の摂取パターンの比較から、母乳は鉛の主要な摂取源ではない、と推測されています。ネアンデルタール人の遺跡では人為的な重金属汚染が指摘されており、ペイール遺跡のネアンデルタール人2個体の鉛への暴露も、火事だけではなく、火を頻繁に利用したことも一因だったかもしれません(関連記事)。なお、ネアンデルタール人の煙の有毒物質にたいする耐性は現生人類よりも優れているとされており、現生人類の煙への耐性の低さは、人類進化史において派生的形質だったと推測されています(関連記事)。
参考文献:
Smith TM. et al.(2018): Wintertime stress, nursing, and lead exposure in Neanderthal children. Science Advances, 4, 10, eaau9483.
https://doi.org/10.1126/sciadv.aau9483
追記(2018年11月2日)
ナショナルジオグラフィックでも報道されました。
気候に関しては、現生人類のペイール1の時期(中期完新世)と比較して、25万年前頃となるネアンデルタール人2個体の時期は全体的に寒冷であるとともに、気温変化も激しかった、と推測されています。25万年前頃は、比較的温暖な海洋酸素同位体ステージ(MIS)7の始まった頃かその直前で、まだ寒冷だったと推測されます。完新世の気候は更新世と比較して安定的だったと推測されており、完新世になって農耕が定着した要因かもしれません(関連記事)。
歯のバリウムの分析からは授乳期間が推定できますが、ペイール6の授乳期間は2年半ほどだった、と推測されています。これは、現代の狩猟採集社会の授乳期間とほぼ同じです。ペイール6は春に生まれたと推測されているので、2歳半となった秋に離乳したことになります。ベルギーの10万年前頃のネアンデルタール人の授乳期間は1年2ヶ月ほど(完全な授乳期間7ヶ月と母乳と離乳食で育てられた7ヶ月)と推測されていました(関連記事)。本論文は、解析事例の少なさから慎重な姿勢を示しつつも、ペイール6の2年半という授乳期間の方が、ネアンデルタール人社会では標準的だった可能性が高い、と推測しています。
ネアンデルタール人2個体(ペイール336および6)には、エナメル質の成長線の中断が冬に見られ、順調な成長が妨げられていた、と示唆されます。冬には病気になりやすかったことから、病気による成長遅延が示唆されていますが、冬には食料入手が他の季節より困難だった、という事情もあったのかもしれません。一方、現生人類の子供であるペイール1のエナメル質の成長線の中断は、ネアンデルタール人2個体よりも低頻度でした。25万年前頃のネアンデルタール人の子供は、5400年前頃の同じ地域の現生人類の子供よりも厳しい環境で育ったようです。これは、上述した、より寒冷な気候とより激しい気温変動が要因だと思われます。もちろん、技術・社会組織の水準の違いもあるでしょうが。
ネアンデルタール人2個体に関しては、たびたび鉛に暴露していたことも明らかになりました。これは、人類の鉛への暴露の直接的証拠としては最古の事例となります。ペイール遺跡から25kmほどの場所に鉛鉱山が2ヶ所あるので、ネアンデルタール人は食料または水から鉛を摂取したか、火災などにより鉛を含む煙を吸入したのではないか、と推測されています。鉛は母乳からも摂取されますが、バリウムと鉛の摂取パターンの比較から、母乳は鉛の主要な摂取源ではない、と推測されています。ネアンデルタール人の遺跡では人為的な重金属汚染が指摘されており、ペイール遺跡のネアンデルタール人2個体の鉛への暴露も、火事だけではなく、火を頻繁に利用したことも一因だったかもしれません(関連記事)。なお、ネアンデルタール人の煙の有毒物質にたいする耐性は現生人類よりも優れているとされており、現生人類の煙への耐性の低さは、人類進化史において派生的形質だったと推測されています(関連記事)。
参考文献:
Smith TM. et al.(2018): Wintertime stress, nursing, and lead exposure in Neanderthal children. Science Advances, 4, 10, eaau9483.
https://doi.org/10.1126/sciadv.aau9483
追記(2018年11月2日)
ナショナルジオグラフィックでも報道されました。
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