大型動物の長距離移動を可能にする効率的な筋肉
大型動物の長距離移動を可能にする効率的な筋肉についての研究(Curtin et al., 2018)が公表されました。乾燥環境や砂漠環境に生息する大型哺乳類は、長距離を移動することによって降雨・食物・気候の季節的・地域的な変動に対処できますが、そうした移動では多くの場合、途中で水や食物を確実に得られません。このような長距離移動を行なう動物個体の能力はエネルギー利用率に大きく依存し、移動運動行動中の熱発生(移動コスト)に左右されます。陸上での移動コストは他の移動手段よりはるかに大きく、飛行の移動コストの7.5倍、遊泳の移動コストの20倍となります。移動コストはサイズおよび四肢長が大きいほど小さくなるため、陸上移動動物は一般に大型で、効率的な移動運動行動を行なうのに特化した体を有しています。しかし、生きた筋繊維を直接調べるのは、小型動物の場合であっても難しく、ウサギより大きな動物で調べられたことはありません。
この研究は、運動センサーおよび環境センサーを搭載した追跡用GPS首輪を用いて、ボツワナ北部の高温乾燥環境に生息するオグロヌー(Connochaetes taurinus;体重220 kg)が、水を飲まずに5日間にわたって最長80 km歩いたことを報告しています。首輪を装着したオグロヌーはおもに日中に移動し、若干の行動的体温調節は明らかだったものの、移動運動行動は温度および湿度には影響されないように見受けられました。この研究は、オグロヌーと、オグロヌーに似ているものの、比較的定住性の反芻類である体重約760 kgの家畜ウシ(Bos taurus)の前肢の尺側手根屈筋に由来する無損傷の筋生検検体において、周期的な収縮中の仕事生成のパワーおよび効率(機械的仕事および熱発生)を測定しました。
その結果、オグロヌーおよびウシの等尺性収縮のエネルギーコスト(活性化および力の発生)は、より小型の哺乳類で報告されている値と同等でした。オグロヌーの筋肉の効率(62.6%)は、はるかに大型であるウシの同じ筋肉の効率(41.8%)、また、より小型の哺乳類から得られている同種の測定値(マウスで34%、およびウサギで27%)を大きく上回りました。この研究は、無損傷の筋繊維で直接的なエネルギーを測定し、これを用いて、オグロヌーの筋肉の高い仕事効率が、高温乾燥条件下での長距離移動における体温調節の課題を最小にするのに貢献していることを示しています。オグロヌーは筋肉の効率がよいため熱産生量が最小限に抑えられていることから、頻繁に息を吐いても失われる水分量が少なく、そのために水を飲む頻度が低いのではないか、というわけです。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。
【動物学】ヌーが遠くまで移動できるのは効率的に働く筋肉のおかげ
ヌーは、効率の良い筋繊維のおかげで、オーバーヒートを起こさずに長距離移動ができることを報告する論文が、今週掲載される。この新知見は、大型哺乳類の筋繊維のエネルギーを初めて直接測定した結果であり、砂漠環境に生息する動物が、降水量や食料、気候の季節変動と局地的変動にどのように対処しているかを示唆している。
動物の長距離移動能力は、移動中のエネルギー利用と熱産生量に依存している。大型動物は小型動物よりも効率よく陸上で長距離を移動するが、個々の筋繊維の効率についての研究は進んでいない。マウスの場合、エネルギーの3分の1が運動に変換され、残りの3分の2が熱として消費されることが知られている。生きた筋繊維を直接調べるのは、小型動物の場合であっても難しく、ウサギより大きな動物で調べられたことはない。
今回、Alan Wilsonたちの研究グループは、移動性のヌーの筋繊維の効率を調べた。Wilsonたちは、動作センサーと環境センサーの付いたGPS追跡首輪を用いて、ボツワナ北部の高温乾燥環境に生息するオグロヌー(Connochaetes taurinus)が、5日間水を飲まずに80キロメートル移動したことを明らかにした。オグロヌーの筋繊維は、エネルギーの3分の2を仕事量に変換し、熱として消費されたのは残りの3分の1のみであり、同じような大きさの動物(ウシなど)や小型動物(ウサギなど)よりも相当に効率が良いことが報告されている。このように、オグロヌーは筋肉の効率が良いため熱産生量が最小限に抑えられており、このことから、頻繁に息を吐いても失われる水分量が少なく、そのために水を飲む頻度が低いことが示唆される。
バイオメカニクス:砂漠に生息するヌーの優れた筋肉と優れたロコモーション
バイオメカニクス:効率的な筋肉が大型動物の長距離移動を可能にする
体重に対して補正すると、マウスの移動コストはウマの移動コストの20倍にもなる。陸上を長距離移動する動物に大型のものが多いのはそのためで、そうした長距離移動動物には他にも長い四肢や大きなストライド長といった省エネルギー装置が備わっている。では、個々の筋繊維レベルでは何が起こっているのか。マウスの筋繊維は、効率が約3分の1、つまりエネルギーの3分の1が運動へと変換され、残りの3分の2は熱として直接消費されることが知られている。生きた状態の筋繊維を直接調べることは小型の動物でも非常に困難であり、ウサギより大型の動物で試みられたことはない。今回A Wilsonたちは、移動性動物であるヌーの筋繊維を生きた状態で調べた(ヌーは、小さな個体でもマウスよりはるかに大きい)。その結果、ヌーの筋繊維がエネルギーの3分の2を仕事に変換し、熱として消えるのは3分の1にすぎないことが明らかになった。こうした効率の高さによって、ヌーは余剰な熱発生を最小にしながら移動コストを低く抑えることができる。これは、息を吐く回数が少なくて済むことを意味しており、従って息を吐くたびに失われてしまう水分量も少なくて済む。こうした理由により、ヌーは、日中の焼け付くような暑さの中を移動するにもかかわらず、3~4日に1回しか水を飲む必要がないのである。
参考文献:
Curtin NA. et al.(2018): Remarkable muscles, remarkable locomotion in desert-dwelling wildebeest. Nature, 563, 7731, 393–396.
https://doi.org/10.1038/s41586-018-0602-4
この研究は、運動センサーおよび環境センサーを搭載した追跡用GPS首輪を用いて、ボツワナ北部の高温乾燥環境に生息するオグロヌー(Connochaetes taurinus;体重220 kg)が、水を飲まずに5日間にわたって最長80 km歩いたことを報告しています。首輪を装着したオグロヌーはおもに日中に移動し、若干の行動的体温調節は明らかだったものの、移動運動行動は温度および湿度には影響されないように見受けられました。この研究は、オグロヌーと、オグロヌーに似ているものの、比較的定住性の反芻類である体重約760 kgの家畜ウシ(Bos taurus)の前肢の尺側手根屈筋に由来する無損傷の筋生検検体において、周期的な収縮中の仕事生成のパワーおよび効率(機械的仕事および熱発生)を測定しました。
その結果、オグロヌーおよびウシの等尺性収縮のエネルギーコスト(活性化および力の発生)は、より小型の哺乳類で報告されている値と同等でした。オグロヌーの筋肉の効率(62.6%)は、はるかに大型であるウシの同じ筋肉の効率(41.8%)、また、より小型の哺乳類から得られている同種の測定値(マウスで34%、およびウサギで27%)を大きく上回りました。この研究は、無損傷の筋繊維で直接的なエネルギーを測定し、これを用いて、オグロヌーの筋肉の高い仕事効率が、高温乾燥条件下での長距離移動における体温調節の課題を最小にするのに貢献していることを示しています。オグロヌーは筋肉の効率がよいため熱産生量が最小限に抑えられていることから、頻繁に息を吐いても失われる水分量が少なく、そのために水を飲む頻度が低いのではないか、というわけです。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。
【動物学】ヌーが遠くまで移動できるのは効率的に働く筋肉のおかげ
ヌーは、効率の良い筋繊維のおかげで、オーバーヒートを起こさずに長距離移動ができることを報告する論文が、今週掲載される。この新知見は、大型哺乳類の筋繊維のエネルギーを初めて直接測定した結果であり、砂漠環境に生息する動物が、降水量や食料、気候の季節変動と局地的変動にどのように対処しているかを示唆している。
動物の長距離移動能力は、移動中のエネルギー利用と熱産生量に依存している。大型動物は小型動物よりも効率よく陸上で長距離を移動するが、個々の筋繊維の効率についての研究は進んでいない。マウスの場合、エネルギーの3分の1が運動に変換され、残りの3分の2が熱として消費されることが知られている。生きた筋繊維を直接調べるのは、小型動物の場合であっても難しく、ウサギより大きな動物で調べられたことはない。
今回、Alan Wilsonたちの研究グループは、移動性のヌーの筋繊維の効率を調べた。Wilsonたちは、動作センサーと環境センサーの付いたGPS追跡首輪を用いて、ボツワナ北部の高温乾燥環境に生息するオグロヌー(Connochaetes taurinus)が、5日間水を飲まずに80キロメートル移動したことを明らかにした。オグロヌーの筋繊維は、エネルギーの3分の2を仕事量に変換し、熱として消費されたのは残りの3分の1のみであり、同じような大きさの動物(ウシなど)や小型動物(ウサギなど)よりも相当に効率が良いことが報告されている。このように、オグロヌーは筋肉の効率が良いため熱産生量が最小限に抑えられており、このことから、頻繁に息を吐いても失われる水分量が少なく、そのために水を飲む頻度が低いことが示唆される。
バイオメカニクス:砂漠に生息するヌーの優れた筋肉と優れたロコモーション
バイオメカニクス:効率的な筋肉が大型動物の長距離移動を可能にする
体重に対して補正すると、マウスの移動コストはウマの移動コストの20倍にもなる。陸上を長距離移動する動物に大型のものが多いのはそのためで、そうした長距離移動動物には他にも長い四肢や大きなストライド長といった省エネルギー装置が備わっている。では、個々の筋繊維レベルでは何が起こっているのか。マウスの筋繊維は、効率が約3分の1、つまりエネルギーの3分の1が運動へと変換され、残りの3分の2は熱として直接消費されることが知られている。生きた状態の筋繊維を直接調べることは小型の動物でも非常に困難であり、ウサギより大型の動物で試みられたことはない。今回A Wilsonたちは、移動性動物であるヌーの筋繊維を生きた状態で調べた(ヌーは、小さな個体でもマウスよりはるかに大きい)。その結果、ヌーの筋繊維がエネルギーの3分の2を仕事に変換し、熱として消えるのは3分の1にすぎないことが明らかになった。こうした効率の高さによって、ヌーは余剰な熱発生を最小にしながら移動コストを低く抑えることができる。これは、息を吐く回数が少なくて済むことを意味しており、従って息を吐くたびに失われてしまう水分量も少なくて済む。こうした理由により、ヌーは、日中の焼け付くような暑さの中を移動するにもかかわらず、3~4日に1回しか水を飲む必要がないのである。
参考文献:
Curtin NA. et al.(2018): Remarkable muscles, remarkable locomotion in desert-dwelling wildebeest. Nature, 563, 7731, 393–396.
https://doi.org/10.1038/s41586-018-0602-4
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