ネアンデルタール人と現生人類の頭蓋外傷受傷率(追記有)
ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と現生人類(Homo sapiens)の頭蓋外傷受傷率を比較した研究(Beier et al., 2018)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。ネアンデルタール人は一般的に、現生人類よりも危険な生活を送っていた、と考えられています。その要因として、暴力的社会行動、雪と氷に覆われていた環境における高度に遊動性の狩猟採集生活様式、肉食獣の攻撃、接近戦による大型獣の狩猟などが想定されていました。しかし、その根拠は、おもに記述的で各事例に基づいた証拠に依拠しています。また、ネアンデルタール人が現生人類と比較して危険な生活を送っていたとはいうものの、その根拠となった比較対象として、同時代もしくは近い年代の現生人類である必要があります。たとえば、現代の産業社会の現生人類との比較は適切ではありません。
本論文は、ユーラシア西部の8万~2万年前頃のネアンデルタール人(114標本から295点の頭蓋要素)と上部旧石器時代の初期現生人類(90標本から541点の頭蓋要素)の頭蓋外傷受傷率を定量的に比較しました。ネアンデルタール人と同じく、遊動性の狩猟採集生活を送っていただろう現生人類が比較対象となったわけです。比較の結果、ネアンデルタール人と上部旧石器時代の初期現生人類との間で、頭蓋外傷の受傷率は類似している、と明らかになりました。また、ネアンデルタール人でも上部旧石器時代の初期現生人類でも、男性の方が女性よりも受傷率が高い、と明らかになりました。これは、もっと後の現生人類においても見られる傾向で、両分類群で共通する役割の性差を示唆しているのかもしれません。
ただ、年齢別の区分では、ネアンデルタール人と上部旧石器時代の初期現生人類との間で有意な違いが見られました。ネアンデルタール人では、受傷率は高齢層より若年層の方が高かったのですが、上部旧石器時代の初期現生人類ではそこまでの違いは見られませんでした。これは、加齢による受傷リスクの差と、受傷後の生存率の差を反映している可能性があります。ネアンデルタール人社会では狩猟に参加するのは若年層が主体で、現生人類社会では高齢層も狩猟に参加していたのかもしれません。あるいは、現生人類社会ではネアンデルタール人社会よりも、負傷者の生存率が高く、若い時に負傷しても高齢層まで生き続ける個体が多かったのかもしれません。これは、現生人類社会において、負傷者の治療・世話がネアンデルタール人社会よりも手厚かったためかもしれません。
本論文は今後の課題として、頭蓋以外の検証の必要性を挙げています。また本論文は、骨格残存率により偏りが生じている可能性も指摘しています。頭蓋残存率により受傷率は異なっていて、25%以下→25~50%→50~75%の順で受傷率が高くなりますが、75~100%では、25~50%より高いものの、50~75%よりは低くなります。これは、残存率が低いとそれだけ受傷個所が失われやすい、ということなのでしょう。また、頭蓋を負傷するような場合、頭蓋も失われやすい、という点も考慮しないといけないでしょう。残存率75~100%では50~75%より低くなるのは、残存率の高い個体の負傷率が低かったことを反映しているのでしょう。
具体的にどの文献だったか忘れましたが、確か日本語文献(翻訳本だったかもしれません)で、ネアンデルタール人は受傷率が高く、性別・年齢による違いがないので、現生人類と比較して、女性も若年個体もより危険な狩猟に従事していた、との見解を読んだ記憶があります。現生人類社会ではネアンデルタール人社会よりも性別・年齢別の分業が進んでおり、それがネアンデルタール人絶滅と現生人類繁栄の要因になった、というわけです。しかし本論文は、頭蓋受傷率に関して、定量的研究により、ネアンデルタール人と上部旧石器時代の初期現生人類との間の類似性を示したわけで、たいへん意義深く、教えられるところが多々ありました。今後、頭蓋以外での研究も進展するよう、期待しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
【考古学】ネアンデルタール人はケガの多い生活を送っていたわけではなかった
8万~2万年前に生きていたネアンデルタール人と後期旧石器時代の現生人類は、同じような割合で頭部外傷を受けていたことを報告する論文が、今週掲載される。この新知見は、ネアンデルタール人の方が暴力的な生活を送っていたという既成概念に疑問を投げ掛けている。
ネアンデルタール人は、同時代の現生人類より危険な生活を送っていたと一般的に描かれているが、その証拠のほとんどは裏付けに乏しく、定量的な集団レベルの研究ではなく、ケガをしたネアンデルタール人の骨格化石の事例研究に基づいている。また、これらの事例は、同時代の現生人類ではなく、現代人におけるケガと比較されることが多かった。
今回、Katerina Harvatiたちの研究グループは、現在利用可能な最大の化石データセット(約8万~2万年前のものと年代決定された)の試料800点以上を用いて、ネアンデルタール人と後期旧石器時代の現生人類の頭部外傷を集団レベルで比較した。Harvatiたちは、それぞれの事例について、頭蓋外傷の存否、性別、死亡年齢、骨格の保存状態、および発掘地点を記録し、集団間で頭蓋外傷の受傷率の違いを評価した。その結果、ネアンデルタール人と後期旧石器時代の現生人類の間に頭蓋外傷受傷率の差はないが、いずれの集団においても男性の方が女性より受傷率が高いことが明らかになった。Harvatiたちによれば、このような差は、性特異的な行動と活動によって説明可能だとしている。
また、ネアンデルタール人の骨格化石では頭蓋外傷の受傷率は若年者の方が高かったが、後期旧石器時代の現生人類では受傷率に年齢群による差はなかった。このことは、この2つの集団における加齢関連の受傷リスクの差と受傷後の生存率の差を反映している可能性があると、Harvatiたちは考えている。
参考文献:
Beier J. et al.(2018): Similar cranial trauma prevalence among Neanderthals and Upper Palaeolithic modern humans. Nature, 563, 7733, 686–690.
https://doi.org/10.1038/s41586-018-0696-8
追記(2018年11月29日)
論文が『ネイチャー』本誌に掲載されたので、以下に『ネイチャー』の日本語サイトから引用します。
古人類学:ネアンデルタール人と後期旧石器時代の現生人類の頭蓋外傷受傷率は同等だった
古人類学:ネアンデルタール人の生活はそれほど過酷ではなかった
世間一般の通念では、初期の現生人類がフライフィッシングや編物を行う繊細な生物であったのに対し、ネアンデルタール人は争いにおいて互いの頭を殴ったり、近距離武器でマンモスを狩ったり、「密着」としか形容できないような至近距離から獰猛な剣歯虎類と戦ったりして日常を過ごす、乱暴で粗野な存在だったと考えられてきた。ところが、K Harvatiたちは今回、ネアンデルタール人と後期旧石器時代の現生人類の頭蓋損傷をデータベース化することでこれを否定し、これら2つの集団間では頭蓋外傷の出現頻度にそれほど違いはないことを明らかにしている。
本論文は、ユーラシア西部の8万~2万年前頃のネアンデルタール人(114標本から295点の頭蓋要素)と上部旧石器時代の初期現生人類(90標本から541点の頭蓋要素)の頭蓋外傷受傷率を定量的に比較しました。ネアンデルタール人と同じく、遊動性の狩猟採集生活を送っていただろう現生人類が比較対象となったわけです。比較の結果、ネアンデルタール人と上部旧石器時代の初期現生人類との間で、頭蓋外傷の受傷率は類似している、と明らかになりました。また、ネアンデルタール人でも上部旧石器時代の初期現生人類でも、男性の方が女性よりも受傷率が高い、と明らかになりました。これは、もっと後の現生人類においても見られる傾向で、両分類群で共通する役割の性差を示唆しているのかもしれません。
ただ、年齢別の区分では、ネアンデルタール人と上部旧石器時代の初期現生人類との間で有意な違いが見られました。ネアンデルタール人では、受傷率は高齢層より若年層の方が高かったのですが、上部旧石器時代の初期現生人類ではそこまでの違いは見られませんでした。これは、加齢による受傷リスクの差と、受傷後の生存率の差を反映している可能性があります。ネアンデルタール人社会では狩猟に参加するのは若年層が主体で、現生人類社会では高齢層も狩猟に参加していたのかもしれません。あるいは、現生人類社会ではネアンデルタール人社会よりも、負傷者の生存率が高く、若い時に負傷しても高齢層まで生き続ける個体が多かったのかもしれません。これは、現生人類社会において、負傷者の治療・世話がネアンデルタール人社会よりも手厚かったためかもしれません。
本論文は今後の課題として、頭蓋以外の検証の必要性を挙げています。また本論文は、骨格残存率により偏りが生じている可能性も指摘しています。頭蓋残存率により受傷率は異なっていて、25%以下→25~50%→50~75%の順で受傷率が高くなりますが、75~100%では、25~50%より高いものの、50~75%よりは低くなります。これは、残存率が低いとそれだけ受傷個所が失われやすい、ということなのでしょう。また、頭蓋を負傷するような場合、頭蓋も失われやすい、という点も考慮しないといけないでしょう。残存率75~100%では50~75%より低くなるのは、残存率の高い個体の負傷率が低かったことを反映しているのでしょう。
具体的にどの文献だったか忘れましたが、確か日本語文献(翻訳本だったかもしれません)で、ネアンデルタール人は受傷率が高く、性別・年齢による違いがないので、現生人類と比較して、女性も若年個体もより危険な狩猟に従事していた、との見解を読んだ記憶があります。現生人類社会ではネアンデルタール人社会よりも性別・年齢別の分業が進んでおり、それがネアンデルタール人絶滅と現生人類繁栄の要因になった、というわけです。しかし本論文は、頭蓋受傷率に関して、定量的研究により、ネアンデルタール人と上部旧石器時代の初期現生人類との間の類似性を示したわけで、たいへん意義深く、教えられるところが多々ありました。今後、頭蓋以外での研究も進展するよう、期待しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
【考古学】ネアンデルタール人はケガの多い生活を送っていたわけではなかった
8万~2万年前に生きていたネアンデルタール人と後期旧石器時代の現生人類は、同じような割合で頭部外傷を受けていたことを報告する論文が、今週掲載される。この新知見は、ネアンデルタール人の方が暴力的な生活を送っていたという既成概念に疑問を投げ掛けている。
ネアンデルタール人は、同時代の現生人類より危険な生活を送っていたと一般的に描かれているが、その証拠のほとんどは裏付けに乏しく、定量的な集団レベルの研究ではなく、ケガをしたネアンデルタール人の骨格化石の事例研究に基づいている。また、これらの事例は、同時代の現生人類ではなく、現代人におけるケガと比較されることが多かった。
今回、Katerina Harvatiたちの研究グループは、現在利用可能な最大の化石データセット(約8万~2万年前のものと年代決定された)の試料800点以上を用いて、ネアンデルタール人と後期旧石器時代の現生人類の頭部外傷を集団レベルで比較した。Harvatiたちは、それぞれの事例について、頭蓋外傷の存否、性別、死亡年齢、骨格の保存状態、および発掘地点を記録し、集団間で頭蓋外傷の受傷率の違いを評価した。その結果、ネアンデルタール人と後期旧石器時代の現生人類の間に頭蓋外傷受傷率の差はないが、いずれの集団においても男性の方が女性より受傷率が高いことが明らかになった。Harvatiたちによれば、このような差は、性特異的な行動と活動によって説明可能だとしている。
また、ネアンデルタール人の骨格化石では頭蓋外傷の受傷率は若年者の方が高かったが、後期旧石器時代の現生人類では受傷率に年齢群による差はなかった。このことは、この2つの集団における加齢関連の受傷リスクの差と受傷後の生存率の差を反映している可能性があると、Harvatiたちは考えている。
参考文献:
Beier J. et al.(2018): Similar cranial trauma prevalence among Neanderthals and Upper Palaeolithic modern humans. Nature, 563, 7733, 686–690.
https://doi.org/10.1038/s41586-018-0696-8
追記(2018年11月29日)
論文が『ネイチャー』本誌に掲載されたので、以下に『ネイチャー』の日本語サイトから引用します。
古人類学:ネアンデルタール人と後期旧石器時代の現生人類の頭蓋外傷受傷率は同等だった
古人類学:ネアンデルタール人の生活はそれほど過酷ではなかった
世間一般の通念では、初期の現生人類がフライフィッシングや編物を行う繊細な生物であったのに対し、ネアンデルタール人は争いにおいて互いの頭を殴ったり、近距離武器でマンモスを狩ったり、「密着」としか形容できないような至近距離から獰猛な剣歯虎類と戦ったりして日常を過ごす、乱暴で粗野な存在だったと考えられてきた。ところが、K Harvatiたちは今回、ネアンデルタール人と後期旧石器時代の現生人類の頭蓋損傷をデータベース化することでこれを否定し、これら2つの集団間では頭蓋外傷の出現頻度にそれほど違いはないことを明らかにしている。
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