更新世ホモ属の発達異常の多さ
更新世ホモ属の発達「異常」の多さに関する研究(Trinkaus., 2018)が報道されました。『サイエンス』のサイトには解説記事が掲載されています。この研究はオンライン版での先行公開となります。本論文は、複数の種もしくは分類群から構成される更新世ホモ属遺骸66個体を分析し、発達「異常」や「奇形」が多かった、と報告しています。対象となるのはおもに20万年前移行の若い成人個体ですが、150万年前頃の個体や子供も含んでいます。これらの「異常」は、頭蓋・歯・脊椎・手根骨・腕・脚など多様な部位で見られ、たとえば上腕部の湾曲や水頭症などですが、稀ではあるものの全身性「障害」も確認されます。本論文は、66個体から75ヶ所の「異常」もしくは「障害」を報告しています。これらの「障害」のうち約2/3は現代人では1%未満で現れます。残りの約1/3は、現代人ではひじょうに低いか、既知の「障害」では説明できません。
本論文は、現代人と比較して更新世ホモ属には骨格「異常」が多く、その理由を有効に説明できる単一の要因は存在しない、と指摘します。以前の研究では、何らかの「障害者」はシャーマンとみなされて注意深く埋葬されたので、保存されて後に発見されやすくなった可能性が指摘されています。しかし本論文は、更新世の「障害者」には埋葬にさいしての特別な儀式の痕跡は見られない、と指摘します。また以前の研究では、妊娠した女性がじゅうぶんな栄養を摂取できなかったため、「障害者」が生まれた可能性も指摘されています。しかし本論文は、たとえば、おもに栄養不足に起因する「くる病」のような骨格障害は全身に影響を及ぼすのにたいして、更新世の「障害者」骨格の多くは体の一部にのみ「異常」が見られる、と指摘します。たとえば、右上腕が湾曲していた男性の左上腕には「異常」は見られませんでした。
本論文は、更新世ホモ属における骨格「異常」の多さの要因の一つとして可能性が高いのは、近親交配だと指摘してます。更新世のホモ属集団は小規模で孤立しがちだったので、近親交配の頻度が高くなり、発達「異常」の多さをもたらしたのではないか、というわけです。古代DNA研究では更新世ホモ属の遺伝的多様性が低いと示されていることから、バックレイ(Hallie Buckley)氏も本論文の見解を支持しています。これらの遺骸のDNA解析に成功すれば、そのうちのいくつかで近親交配が確認されるかもしれません。一方、バックレイ氏の同僚であるハルクロウ(Siân Halcrow)氏は、本論文を高く評価しつつも、これらの「異常」が現代人でどの程度一般的かという推定や、それを更新世に当てはめることについて、本論文には弱点がある、と慎重な姿勢を示しています。更新世の「障害者」の比率を、先史時代もしくは初期歴史時代の人類集団と比較するのがより適切ではあるものの、そうしたデータはまだ存在しない、とハルクロウ氏は指摘します。
何が更新世ホモ属の「障害者」の多さの要因なのか、まだ不明ですが、子供時代を生き残った更新世ホモ属の「障害者」が一定以上存在したことは、更新世ホモ属が社会的支援と治療知識を相互に提供していたに違いないことを示唆します。たとえば、イスラエルのカフゼー(Qafzeh)洞窟で発見された初期現生人類(Homo sapiens)の子供の頭蓋には、水頭症と一致する頭蓋の膨張が見られます。水頭症は未治療のまま放置すると致命的です。しかし、この子供は3~4歳まで生きていましたから、もちろん当時は現代のような治療はないとしても、何らかの介護はあった可能性が高いでしょう。そもそも、更新世ホモ属全体の遺骸において、「障害者」が現代人の事例から想定されるよりも高い比率で発見されるのは、「障害者」への介護が一般的だったから、と考えるのが妥当なように思います。本論文の著者は大御所だけに、更新世ホモ属の在り様について色々と考えさせられる問題提起になっていると思います。
更新世も含めて古代の近親交配については、以前当ブログで取り上げました(関連記事)。人口密度が希薄で、交通手段の未発達やそれとも関連する1世代での活動範囲の狭さなどにより、他集団との接触機会が少なかったことから、ホモ属においては、完新世よりも更新世の方が近親交配の頻度は高かっただろう、と推測されます。じっさい、アルタイ地域のネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)個体に関しては、両親が半きょうだい(片方の親のみが同じきょうだい)のような近親関係で、近い祖先でも近親交配が一般的だっただろう、と推測されています(関連記事)。ただ、だからといって、更新世のホモ属社会では近親交配が一般的だったわけではないでしょう。クロアチアのネアンデルタール人個体では近親交配の痕跡が確認されていませんし(関連記事)、上部旧石器時代の現生人類社会(の少なくとも一部)においては、近親交配が意図的に回避されていたのではないか、と推定されています(関連記事)。ホモ属に限らず人類系統においては、近親交配を避けるような認知メカニズムが生得的に備わっているものの、それはさほど強い抑制ではなく、人類の配偶行動は状況により柔軟に変わるのだと思います。
参考文献:
Trinkaus E.(2018): An abundance of developmental anomalies and abnormalities in Pleistocene people. PNAS, 115, 47, 11941–11946.
https://doi.org/10.1073/pnas.1814989115
本論文は、現代人と比較して更新世ホモ属には骨格「異常」が多く、その理由を有効に説明できる単一の要因は存在しない、と指摘します。以前の研究では、何らかの「障害者」はシャーマンとみなされて注意深く埋葬されたので、保存されて後に発見されやすくなった可能性が指摘されています。しかし本論文は、更新世の「障害者」には埋葬にさいしての特別な儀式の痕跡は見られない、と指摘します。また以前の研究では、妊娠した女性がじゅうぶんな栄養を摂取できなかったため、「障害者」が生まれた可能性も指摘されています。しかし本論文は、たとえば、おもに栄養不足に起因する「くる病」のような骨格障害は全身に影響を及ぼすのにたいして、更新世の「障害者」骨格の多くは体の一部にのみ「異常」が見られる、と指摘します。たとえば、右上腕が湾曲していた男性の左上腕には「異常」は見られませんでした。
本論文は、更新世ホモ属における骨格「異常」の多さの要因の一つとして可能性が高いのは、近親交配だと指摘してます。更新世のホモ属集団は小規模で孤立しがちだったので、近親交配の頻度が高くなり、発達「異常」の多さをもたらしたのではないか、というわけです。古代DNA研究では更新世ホモ属の遺伝的多様性が低いと示されていることから、バックレイ(Hallie Buckley)氏も本論文の見解を支持しています。これらの遺骸のDNA解析に成功すれば、そのうちのいくつかで近親交配が確認されるかもしれません。一方、バックレイ氏の同僚であるハルクロウ(Siân Halcrow)氏は、本論文を高く評価しつつも、これらの「異常」が現代人でどの程度一般的かという推定や、それを更新世に当てはめることについて、本論文には弱点がある、と慎重な姿勢を示しています。更新世の「障害者」の比率を、先史時代もしくは初期歴史時代の人類集団と比較するのがより適切ではあるものの、そうしたデータはまだ存在しない、とハルクロウ氏は指摘します。
何が更新世ホモ属の「障害者」の多さの要因なのか、まだ不明ですが、子供時代を生き残った更新世ホモ属の「障害者」が一定以上存在したことは、更新世ホモ属が社会的支援と治療知識を相互に提供していたに違いないことを示唆します。たとえば、イスラエルのカフゼー(Qafzeh)洞窟で発見された初期現生人類(Homo sapiens)の子供の頭蓋には、水頭症と一致する頭蓋の膨張が見られます。水頭症は未治療のまま放置すると致命的です。しかし、この子供は3~4歳まで生きていましたから、もちろん当時は現代のような治療はないとしても、何らかの介護はあった可能性が高いでしょう。そもそも、更新世ホモ属全体の遺骸において、「障害者」が現代人の事例から想定されるよりも高い比率で発見されるのは、「障害者」への介護が一般的だったから、と考えるのが妥当なように思います。本論文の著者は大御所だけに、更新世ホモ属の在り様について色々と考えさせられる問題提起になっていると思います。
更新世も含めて古代の近親交配については、以前当ブログで取り上げました(関連記事)。人口密度が希薄で、交通手段の未発達やそれとも関連する1世代での活動範囲の狭さなどにより、他集団との接触機会が少なかったことから、ホモ属においては、完新世よりも更新世の方が近親交配の頻度は高かっただろう、と推測されます。じっさい、アルタイ地域のネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)個体に関しては、両親が半きょうだい(片方の親のみが同じきょうだい)のような近親関係で、近い祖先でも近親交配が一般的だっただろう、と推測されています(関連記事)。ただ、だからといって、更新世のホモ属社会では近親交配が一般的だったわけではないでしょう。クロアチアのネアンデルタール人個体では近親交配の痕跡が確認されていませんし(関連記事)、上部旧石器時代の現生人類社会(の少なくとも一部)においては、近親交配が意図的に回避されていたのではないか、と推定されています(関連記事)。ホモ属に限らず人類系統においては、近親交配を避けるような認知メカニズムが生得的に備わっているものの、それはさほど強い抑制ではなく、人類の配偶行動は状況により柔軟に変わるのだと思います。
参考文献:
Trinkaus E.(2018): An abundance of developmental anomalies and abnormalities in Pleistocene people. PNAS, 115, 47, 11941–11946.
https://doi.org/10.1073/pnas.1814989115
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