アフリカ北部の9万年前頃の骨製道具
アフリカ北部の9万年前頃の骨製道具に関する研究(Bouzouggar et al., 2018)が報道されました。本論文が取り上げているのは、モロッコ王国の大西洋岸にあるダルエスソルタン1(Dar es-Soltan 1)洞窟遺跡の9万年前頃の大型哺乳類の肋骨製の道具です。文化的な時代区分では中期石器時代となり、アテリアン(Aterian)に分類されています。アテリアンは、「現代的」行動・複雑な認知能力の出現をめぐる議論で重要な文化で、アフリカ北部において145000年前頃に出現します。
複雑な認知能力の考古学的指標の一つは特殊化された道具で、骨製道具は重要な指標となります。そうした骨製道具は、擦ったり削ったり溝を刻んだり磨いたりするような複雑な過程を経て製作されます。以前には、こうした特殊化された骨製道具の出現はおおむねヨーロッパの上部旧石器時代以降とされ、一部にヨーロッパの中部旧石器時代の事例も報告されています。近年では、アフリカにおいてヨーロッパの上部旧石器時代よりも古い中期石器時代の骨製道具の報告が蓄積されつつあり、現生人類(Homo sapiens)の起源地たるアフリカにおいて、中期石器時代に「現代的」行動・複雑な認知能力が発達していったことが窺えます。
ダルエスソルタン1遺跡の骨製道具は、複雑な過程を経て製作された確実な年代の骨製道具としては最古となります。本論文は、この骨製道具は柔らかい素材を切るナイフとして用いられたのではないか、と推測しています。本論文はさらに、こうした新技術を用いて骨製道具が製作されるようになったことと、資源戦略の変化が関連している可能性を指摘しています。9万年前頃にアフリカでは海洋資源の利用が増加したと推測されており、それが新技術の採用と関連しているのではないか、というわけです。ただ本論文は、この仮説の証明にはさらなる発見と実験考古学的検証が必要と指摘しています。
ダルエスソルタン1遺跡と同じくモロッコ王国の大西洋岸にあるエルムナスラ(El Mnasra)遺跡でも、アテリアン期の骨製道具が複数発見されていますが、そのうちの2個はダルエスソルタン1遺跡の「ナイフ」と技術的特徴が類似している、と本論文は指摘しています。一方、サハラ砂漠以南のアフリカでも、中期石器時代の骨製道具が複数報告されています。しかし本論文は、アフリカ北西部の中期石器時代となるアテリアンの骨製道具と、サハラ砂漠以南のアフリカの中期石器時代の骨製道具は技術的に明確に異なる、と指摘します。本論文は、後者の骨製道具は基本的に端を尖らせる形状に限定されていることを、大きな違いとして挙げています。ただ、南アフリカ共和国シブドゥ洞窟(Sibudu Cave)の骨製道具と、コンゴ民主共和国のカタンダ(Katanda)で発見された骨製道具(返しのある銛と推測されています)は例外とも指摘されています。
これらの知見は、「現代的」行動・複雑な認知能力の出現の指標となる複雑な道具製作技術が、アフリカ各地で独自に開発されていったことを示唆します。これらアフリカの中期石器時代の複雑な道具の製作者が現生人類のみとは限りませんが、その多くが現生人類の所産である可能性は高そうです。そうだとすると、これの考古学的知見は、現生人類の派生的な形態学的特徴がアフリカ各地で異なる年代・場所・集団に出現し、比較的孤立していた複数集団間の交雑も含まれる複雑な移住・交流により現生人類が形成された、という「アフリカ多地域進化説」(関連記事)と整合的かもしれません。
一方、ユーラシアまで比較対象を拡大すると、これらアフリカの中期石器時代の骨製道具よりは新しそうではあるものの、フランス共和国で発見された中部旧石器時代の特殊化された骨製道具が注目されます(関連記事)。これはアシューリアン伝統ムステリアン(Mousterian of Acheulean Tradition)層で発見され、ヨーロッパに拡散して来た当初の現生人類の骨製道具と技術的に異なることから、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の所産と考えられています。ネアンデルタール人と現生人類の認知能力に何らかの違いがあった可能性は高そうですが、ネアンデルタール人が複雑な道具を独自に開発したこともあったのではないか、と思います。
参考文献:
Bouzouggar A, Humphrey LT, Barton N, Parfitt SA, Clark Balzan L, Schwenninger J-L, et al. (2018) 90,000 year-old specialised bone technology in the Aterian Middle Stone Age of North Africa. PLoS ONE 13(10): e0202021.
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0202021
複雑な認知能力の考古学的指標の一つは特殊化された道具で、骨製道具は重要な指標となります。そうした骨製道具は、擦ったり削ったり溝を刻んだり磨いたりするような複雑な過程を経て製作されます。以前には、こうした特殊化された骨製道具の出現はおおむねヨーロッパの上部旧石器時代以降とされ、一部にヨーロッパの中部旧石器時代の事例も報告されています。近年では、アフリカにおいてヨーロッパの上部旧石器時代よりも古い中期石器時代の骨製道具の報告が蓄積されつつあり、現生人類(Homo sapiens)の起源地たるアフリカにおいて、中期石器時代に「現代的」行動・複雑な認知能力が発達していったことが窺えます。
ダルエスソルタン1遺跡の骨製道具は、複雑な過程を経て製作された確実な年代の骨製道具としては最古となります。本論文は、この骨製道具は柔らかい素材を切るナイフとして用いられたのではないか、と推測しています。本論文はさらに、こうした新技術を用いて骨製道具が製作されるようになったことと、資源戦略の変化が関連している可能性を指摘しています。9万年前頃にアフリカでは海洋資源の利用が増加したと推測されており、それが新技術の採用と関連しているのではないか、というわけです。ただ本論文は、この仮説の証明にはさらなる発見と実験考古学的検証が必要と指摘しています。
ダルエスソルタン1遺跡と同じくモロッコ王国の大西洋岸にあるエルムナスラ(El Mnasra)遺跡でも、アテリアン期の骨製道具が複数発見されていますが、そのうちの2個はダルエスソルタン1遺跡の「ナイフ」と技術的特徴が類似している、と本論文は指摘しています。一方、サハラ砂漠以南のアフリカでも、中期石器時代の骨製道具が複数報告されています。しかし本論文は、アフリカ北西部の中期石器時代となるアテリアンの骨製道具と、サハラ砂漠以南のアフリカの中期石器時代の骨製道具は技術的に明確に異なる、と指摘します。本論文は、後者の骨製道具は基本的に端を尖らせる形状に限定されていることを、大きな違いとして挙げています。ただ、南アフリカ共和国シブドゥ洞窟(Sibudu Cave)の骨製道具と、コンゴ民主共和国のカタンダ(Katanda)で発見された骨製道具(返しのある銛と推測されています)は例外とも指摘されています。
これらの知見は、「現代的」行動・複雑な認知能力の出現の指標となる複雑な道具製作技術が、アフリカ各地で独自に開発されていったことを示唆します。これらアフリカの中期石器時代の複雑な道具の製作者が現生人類のみとは限りませんが、その多くが現生人類の所産である可能性は高そうです。そうだとすると、これの考古学的知見は、現生人類の派生的な形態学的特徴がアフリカ各地で異なる年代・場所・集団に出現し、比較的孤立していた複数集団間の交雑も含まれる複雑な移住・交流により現生人類が形成された、という「アフリカ多地域進化説」(関連記事)と整合的かもしれません。
一方、ユーラシアまで比較対象を拡大すると、これらアフリカの中期石器時代の骨製道具よりは新しそうではあるものの、フランス共和国で発見された中部旧石器時代の特殊化された骨製道具が注目されます(関連記事)。これはアシューリアン伝統ムステリアン(Mousterian of Acheulean Tradition)層で発見され、ヨーロッパに拡散して来た当初の現生人類の骨製道具と技術的に異なることから、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の所産と考えられています。ネアンデルタール人と現生人類の認知能力に何らかの違いがあった可能性は高そうですが、ネアンデルタール人が複雑な道具を独自に開発したこともあったのではないか、と思います。
参考文献:
Bouzouggar A, Humphrey LT, Barton N, Parfitt SA, Clark Balzan L, Schwenninger J-L, et al. (2018) 90,000 year-old specialised bone technology in the Aterian Middle Stone Age of North Africa. PLoS ONE 13(10): e0202021.
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0202021
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