前期更新世のヨーロッパのホモ属の臼歯に見られるネアンデルタール人的特徴
前期更新世のヨーロッパのホモ属の臼歯に関する研究(Martín-Francés et al., 2018)が報道されました。本論文が分析対象としたのは、スペイン北部のアタプエルカ山地のグランドリナTD6(Gran Dolina-TD6)遺跡で発見された、前期更新世後期となる90万~80万年前頃のホモ属の臼歯です。このホモ属化石はアンテセッサー(Homo antecessor)と分類されています。アンテセッサーの形態的特徴はモザイク状とされ、ホモ属の進化系統樹において、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と現生人類(Homo sapiens)の分岐点近くに位置するのではないか、と推測されています。
本論文は、マイクロCTスキャンと高解像度画像を用いて、アンテセッサーの臼歯17個を、他のホモ属の臼歯と比較しました。対象となったのは、東南アジアのエレクトス(Homo erectus)、アフリカ東部および北部のホモ属、ヨーロッパの中期更新世のホモ属、ネアンデルタール人、化石および現在の現生人類です。比較の基準となったのは、臼歯の組織構造やエナメル質の厚さおよび分布です。歯冠組織の構造やエナメル質の厚さの分布は、人類系統の分類・系統的関係・食性・行動を推測するさいの信頼できる特徴とされています。
エナメル質の厚さに関しては、更新世人類のほとんどはおおむね厚く、なかにはひじょうに厚い標本も存在します。しかし、ネアンデルタール人は例外的に比較的薄いエナメル質を有しています。アンテセッサーのエナメル質も、他の大半のホモ属と同様に、比較的厚いエナメル質を有しています。一方、ネアンデルタール人といくつかの孤立した標本では、比較的薄いエナメル質が確認されました。しかし、象牙質とエナメル質の分布に関しては、アンテセッサーは他のホモ属よりもネアンデルタール人の方と類似している、と明らかになりました。つまり、90万~80万年前頃に存在したアンテセッサーには、ネアンデルタール人の歯の派生的特徴の一部はすでに出現していたものの、ネアンデルタール人の歯の特徴一式はそろっておらず、他のホモ属との共通する特徴を有していた、というわけです。
本論文の知見は、ホモ属の進化過程や、進化系統樹におけるアンテセッサーの位置づけに関する議論にも役立ちそうです。イタリアで発見された45万年前頃のホモ属の歯は、総合的にほぼネアンデルタール人の変異内に収まります(関連記事)。ネアンデルタール人のような歯の特徴は、90万年前頃にはヨーロッパでその一部が出現し、しだいに典型的なネアンデルタール人的特徴が形成されていったのでしょう。おそらく歯に限らず、ネアンデルタール人の派生的特徴は、ヨーロッパ各地で異なる年代・場所・集団に出現し、比較的孤立していた複数集団間の交雑も含まれる複雑な移住・交流により、典型的なネアンデルタール人が形成されたのではないか、と思います。
一方で上述したように、アンテセッサーはホモ属の進化系統樹においてネアンデルタール人と現生人類の分岐点近くに位置する、と推測されています。じっさい、アンテセッサーの頬骨上顎については現代人との類似性が指摘されています。じゅうらい、ネアンデルタール人と現生人類の最終共通祖先にはネアンデルタール人や現生人類の派生的特徴はなく、祖先的特徴のみを有する、と想定されていました。しかし、ネアンデルタール人と現生人類の最終共通祖先には祖先的特徴と派生的特徴が混在しており、特定の派生的特徴が一方の系統のみに継承された可能性もある、との見解も提示されています(関連記事)。ホモ属の進化はたいへん複雑だったようで、把握するのは容易ではありませんが、地道に情報を収集して、少しでも的確に理解していきたいものです。
参考文献:
Martín-Francés L, Martinón-Torres M, Martínez de Pinillos M, García-Campos C, Modesto-Mata M, Zanolli C, et al. (2018) Tooth crown tissue proportions and enamel thickness in Early Pleistocene Homo antecessor molars (Atapuerca, Spain). PLoS ONE 13(10): e0203334.
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0203334
本論文は、マイクロCTスキャンと高解像度画像を用いて、アンテセッサーの臼歯17個を、他のホモ属の臼歯と比較しました。対象となったのは、東南アジアのエレクトス(Homo erectus)、アフリカ東部および北部のホモ属、ヨーロッパの中期更新世のホモ属、ネアンデルタール人、化石および現在の現生人類です。比較の基準となったのは、臼歯の組織構造やエナメル質の厚さおよび分布です。歯冠組織の構造やエナメル質の厚さの分布は、人類系統の分類・系統的関係・食性・行動を推測するさいの信頼できる特徴とされています。
エナメル質の厚さに関しては、更新世人類のほとんどはおおむね厚く、なかにはひじょうに厚い標本も存在します。しかし、ネアンデルタール人は例外的に比較的薄いエナメル質を有しています。アンテセッサーのエナメル質も、他の大半のホモ属と同様に、比較的厚いエナメル質を有しています。一方、ネアンデルタール人といくつかの孤立した標本では、比較的薄いエナメル質が確認されました。しかし、象牙質とエナメル質の分布に関しては、アンテセッサーは他のホモ属よりもネアンデルタール人の方と類似している、と明らかになりました。つまり、90万~80万年前頃に存在したアンテセッサーには、ネアンデルタール人の歯の派生的特徴の一部はすでに出現していたものの、ネアンデルタール人の歯の特徴一式はそろっておらず、他のホモ属との共通する特徴を有していた、というわけです。
本論文の知見は、ホモ属の進化過程や、進化系統樹におけるアンテセッサーの位置づけに関する議論にも役立ちそうです。イタリアで発見された45万年前頃のホモ属の歯は、総合的にほぼネアンデルタール人の変異内に収まります(関連記事)。ネアンデルタール人のような歯の特徴は、90万年前頃にはヨーロッパでその一部が出現し、しだいに典型的なネアンデルタール人的特徴が形成されていったのでしょう。おそらく歯に限らず、ネアンデルタール人の派生的特徴は、ヨーロッパ各地で異なる年代・場所・集団に出現し、比較的孤立していた複数集団間の交雑も含まれる複雑な移住・交流により、典型的なネアンデルタール人が形成されたのではないか、と思います。
一方で上述したように、アンテセッサーはホモ属の進化系統樹においてネアンデルタール人と現生人類の分岐点近くに位置する、と推測されています。じっさい、アンテセッサーの頬骨上顎については現代人との類似性が指摘されています。じゅうらい、ネアンデルタール人と現生人類の最終共通祖先にはネアンデルタール人や現生人類の派生的特徴はなく、祖先的特徴のみを有する、と想定されていました。しかし、ネアンデルタール人と現生人類の最終共通祖先には祖先的特徴と派生的特徴が混在しており、特定の派生的特徴が一方の系統のみに継承された可能性もある、との見解も提示されています(関連記事)。ホモ属の進化はたいへん複雑だったようで、把握するのは容易ではありませんが、地道に情報を収集して、少しでも的確に理解していきたいものです。
参考文献:
Martín-Francés L, Martinón-Torres M, Martínez de Pinillos M, García-Campos C, Modesto-Mata M, Zanolli C, et al. (2018) Tooth crown tissue proportions and enamel thickness in Early Pleistocene Homo antecessor molars (Atapuerca, Spain). PLoS ONE 13(10): e0203334.
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0203334
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