『卑弥呼』第3話「断ち切れぬ欲望」
『ビッグコミックオリジナル』2018年10月20日号掲載分の感想です。前回は、ヤノハから手を組もうと持ち掛けられたモモソが了承したところで終了しました。今回は、暈(クマ)の国にある「日の巫女」集団の学舎である種智院で、神がかり状態となったモモソが人々の前で神託を告げる場面から始まります。戦部(イクサベ)の者たちの話によると、モモソは祈祷部(イノリベ)の許可を得て前日から東の楼観に籠っていました。戦部の一人が、ついに天照大御神が降ったようだ、と言うと、モモソは神託を告げ始めます。それは古代の言葉とのことで、種智院の人々も多くは理解していないようです。モモソの神託は次のようなものでした。
故是に須佐之男命言ひけらく「然らば天照大御神に請して罷らむ」といひて、乃ち天に参上る時、山川悉に動み国土皆震りき。爾に天照大御神聞き驚きて詔りたまひけらく・・・・・・
これはほぼ『古事記』の一節そのものなのですが、当時すでに『古事記』に見える神話の一部は整っていた、ということでしょうか。本作の舞台は弥生時代ですが、天照大御神は単なる普遍的性格の強い太陽神というよりは、すでに記紀神話で語られるような背景を少なくとも一部は有している、という設定のようです。個人的には同意できないのですが、じっさいのところは不明ですし、創作ものとしてはとくに問題ないと思います。祈祷部の身分のある程度高そうな巫女が、モモソは古代の言葉で神託を告げており、内容は須佐之男命(スサノオノミコト)と天照大御神との戦いだ、と解説します。側にいる巫女見習いと思われる女性に意味するところを訊かれた巫女は、いずれ倭国最後の戦いが始まる、と答えて周囲は動揺します。神託を告げていたモモソは我に返ります。演技ではなさそうなので、いわゆるトランス状態ということでしょうか。この様子を見たヤノハは、あれが神降りか、養母とあまり変わらないな、と呟きます。
場面は変わって、祈祷部の拠点と思われる建物の中です。祈祷部の長であるヒルメと副長であるウサメが話し合っています。ウサメはヒルメに、鬼国(キコク)が金砂(カナスナ)の国に侵攻し、越(コシ)の国は日ノ下(ヒノモト)の国に援軍を送っている、と報告します。地図が示されていないので不明ですが、越の国は北陸一帯で、金砂の国とは旧国名の陸奥でしょうか。鬼国は『三国志』に見えますが、どうもこれらの国々は東日本にあるという設定のようです。すでに九州地方から東北地方まである程度の政治・文化的一体性がある、ということでしょうか。
ウサメの報告を受けたヒルメは、戦争は鎮まるどころか、ますます激しさを増している、と言います。鹿屋(カヤ)にいるタケル王はまだ神託を受けに山杜(ヤマト)に入らないのか、とウサメに問われたヒルメは、タケル王にはその思いが強いようだが、タケル王が本当の日見彦(ヒミヒコ)ではないと知っている鞠智彦(ククチヒコ)が反対している、と答えます。倭国の行く末についてウサメに問われたヒルメは、新たなる日見彦もしくは日見子(ヒミコ)の出現を待つしかない、と答えます。
そのために祈祷部の見習いたちに「トンカラリン」の儀式を行なうのか、とウサメに問われたヒルメは、必要なのは祈祷女(イノリメ)ではなく、この百年顕われていない日見子だ、と答えます。存命者の誰も体験したことのない儀式で、見習い全員が死ぬ場合もある、とウサメはトンカラリンの実施に反対しますが、覚悟のうえだ、とヒルメは考えを変えません。今朝、楼観に籠ったモモソに神が降りたのだから、モモソが日見子であることに疑いの余地はなく、モモソが日見子と宣言すればトンカラリンという試練も不要なのでは、とウサメはあくまでもトンカラリンの実施に反対します。ヒルメは、モモソがトンカラリンを生き延びれば倭国中の国々の誰も文句は言えまい、とウサメを説得します。
それでもウサメは万が一の場合を不安視します。するとヒルメは、モモソが死ねば日見子ではないので、また新たに探すのみだ、と冷酷に言い放ち、ウサメもヒルメの説得を諦めたようです。日見子が顕われた場合、タケル王と鞠智彦はどうするのか、とウサメに問われたヒルメは、タケル王の日見彦としての尊厳が失われるので、日見子を殺そうとするだろう、と答えます。種智院の柵の外の男兵は鞠智彦の手勢なので攻めてくることを懸念するウサメは、山杜にいる戦部の精兵を呼び戻すことをヒルメに提案しますが、味方は隠れたところに大勢いるので案ずるな、とヒルメは落ち着いた様子でウサメを諭します。このヒルメの発言が今後の展開にどう活かされるのか、気になります。
場面は変わって、種智院の建物の中でヤノハとモモソが話しています。前回、ヤノハには天照大御神の声が聞こえるようだとヒルメに進言してもらいたい、とヤノハに頼まれていたモモソですが、継母たるヒルメはウサメと密談していることもあり、二人きりになる機会がないので、まだヒルメには話していない、とヤノハに謝ります。しかしヤノハは怒ることもなく、モモソを信じている、と言います。モモソはヤノハに感謝し、ヤノハを祈祷部の見習いに加えるよう、必ずヒルメに頼む、と笑顔で約束します。一安心したモモソは周囲を窺いながら、お願いがある、とヤノハに言います。モモソは戦友だから何でも聞くぞ、と言ったヤノハに、モモソはあることを頼みます。ここではその内容が明かされませんが、後述の展開から推測すると、前回密会した柵の外いる男兵のホオリと再度会いたい、ということのようです。人は欲望をなかなか断ち切れず、最も断ち切り難いのは男女の縁だ、とヤノハは内心ほくそ笑みます。
おそらくその晩のことと思われますが、ヤノハは戦部の師長であるククリに呼び出されます。ヤノハは戦部見習いのなかで最も優れた戦士(もののふ)なので、命が下った、とククリはヤノハに告げ、その内容を説明します。暈の国と那の国はかねてより敵対関係にあり、形勢は大川を挟んで暈の国が圧倒的に不利です。大川とは球磨川かもしれませんが、第1話の地図から推測すると、筑後川でしょうか。那国のトメという人物を知っているか、とククリに問われたヤノハですが、知りません。トメは那国の将軍で、元は平民でしたが、示斎(ジサイ)に志願し、なんども韓国(カラコク)への航海を成功させて出世した、とククリは説明します。示斎は『三国志』では「持衰」と表記され、倭国から中国への遣使のさいに選ばれる男性一人です。持衰(示斎)は、髪をすかず、虱も取らず、衣服も汚れたままで、肉を食べず、女性も近づけず、喪中の人のように振舞います。遣使の旅が無事であれば持衰には家畜や財物が与えられますが、病人が出たり災害にあったりすると、人々は持衰を殺そうとします。トメが指揮を執る限り暈の敗北は明らかなので、トメに近づき、女性の武器をすべて使って殺せ、とククリはヤノハに命じます。戦柱(イクサバシラ)なのか、とヤノハに問われたククリは、使命を果たして生還すれば、自分と同じ白の衣を授ける、と答え、数日後に旅立て、と命じます。
ククリの前から去ったヤノハは、そのまま(翌日の夜かもしれませんが)ホオリを誘惑しに行きます。全裸になったヤノハにたいして、今日こそ交らわせてくれ、と懇願するように言いますが、ヤノハはホオリに男根を出すよう促し、手でしごき始めます。しかしヤノハは、ここでは駄目だ、千数えたら柵を超えて邑(種智院)に忍び込め、楼観で待っている、楼観では自分をモモソと呼べ、とホオリに伝えます。呼合(よばい)なのだ、本当の名を言ってどうするのだ、とヤノハは不審に思うホオリを説得します。自分の要求を受け入れたら身体を好きにしてもよい、とヤノハに言われたホオリは、喜んで了承します。
楼観に忍び込んだホオリはモモソと呼びかけ、抱き着きますが、その相手はヤノハではなくモモソでした。ヤノハにホオリと再度密会できるよう頼んでいたモモソは、話をするだけだ、と言ってホオリを拒みます。暗い中、依然として相手をヤノハと勘違いしているホオリは、先ほどは抱かせてくれると言ったではないか、と言って強引にモモソに迫り、ヤノハと呼びかけてしまいます。すると、隠れて見張っていたヤノハがホオリを刺し殺し、危ないところだったな、とモモソに声をかけます。ホオリが死んだことで錯乱するモモソをヤノハは落ち着かせます。ホオリが突然自分に乱暴してきた、と説明するモモソに、これだから男は、と呆れた様子でヤノハは呟きます。獣のくせに死に顔は善人面だ、とホオリの死体に向かって言い放つヤノハですが、モモソはホオリを殺したことに批判的です。するとヤノハは、日の巫女の長の後継者の操を奪おうとしたのだ、死んで当然だ、とモモソに力強く言います。この時点から先のヤノハが、自分の謀はまた一段階目的に近づいたが、それが死への第一歩だったことを当時は知らなかった、と回想するところで今回は終了です。
今回も少しずつ作中設定が明かされつつ、ヤノハとモモソを中心に話が動いていき、楽しめました。このまま進んでいけば、『イリヤッド』や『天智と天武~新説・日本書紀~』以上に楽しめる作品になるのではないか、と期待しています。タケル王が本当の日見彦ではなく、支配層のみがそれを知っている、という前回の予想はほぼ的中したようです。ヒルメは、日見子が出現すれば、というか人々に認められれば、日見彦として建前上は崇敬されているだろうタケル王が日見子を殺そうとするだろう、と予想しています。これは、暈の国がおそらくは『三国志』の狗奴国で、狗奴国が卑弥呼と敵対していたこととつながるのでしょう。
そうだとすると、モモソとヤノハのどちらが卑弥呼となるのか、現時点では分かりませんが(他の人物が卑弥呼となる可能性もわずかにあるかもしれませんが)、どこかの時点で後の卑弥呼が暈の国から脱出することになるのでしょう。本作の邪馬台国は、ヤノハの出身地でもある日向(ヒムカ、おそらく現在の宮崎県)と設定されているように思われるので、ヤノハは暈の国から脱出すると予想しています。モモソが暈の国に留まるか日見子出現前に死ぬ場合は、ヤノハがモモソから得た知識を活用してもとに日見子となるのかもしれません。ただ、モモソの扱いが大きく、名前は卑弥呼に比定する見解もある倭迹迹日百襲姫命に由来するでしょうから、モモソが卑弥呼となり、ヤノハが陰から、もしくは「男弟」となってモモソを支える展開も考えられます。
歴史的な側面での謎解き要素も本作の魅力ですが、主人公であるヤノハの生き様も魅力になっていると思います。ヤノハは生きることに必死で、手段を選びません。巫女として稀有の才能を秘めているらしいモモソが、それ以外では世間知らずで純情なところのある普通の人物として描かれていることと対照的です。本作はヤノハを主人公とする悪漢小説のようでもあり、今後もヤノハの強烈な生き様が描かれることになりそうです。そこで気になるのは、時々入るヤノハの回想がどの時点のものなのか、ということです。回想場面でのヤノハはまだ若いようなのに、死が近いことを受け入れているようで、生に執着している現時点とは大きく異なるように思います。
今回、ヤノハは那国の将軍であるトメを殺すよう、ククリに命じられましたが、那国で囚われるということでしょうか。まあ、そうなるのか分かりませんが、手段を選ばないヤノハが、自らを死地に追いやった、という展開になるかもしれません。そうだとすると、今のところはヤノハがお人好しのモモソを操っているように見えて、未来が見えると称するモモソの掌で踊らされているのかもしれません。もっとも、ホオリに襲われたモモソの様子を見ると、モモソがヤノハの謀略を見抜けているとはとても思えません。しかし、ホオリが自分にヤノハと呼びかけたことから、何かおかしいと後で気づくことでしょう。そのホオリは、それになりに重要な人物としてずっと登場するのかと予想していたのですが、あっさりと退場しました。
ヤノハの意図がどうもよく分からなかったのですが、素直に考えれば、生還の見込みの薄い戦柱に選ばれて数日中に出立せねばならなくなったことから焦り、ホオリにモモソを抱かせることにより、モモソの決定的な弱みを握って、ヒルメにヤノハを祈祷部とするよう急いで進言させたかったが、ホオリがついモモソにヤノハと呼びかけてしまったため、自分の企みがモモソに知られるのを恐れてホオリを殺したのだと思います。ただ、暗がりとはいえ、ホオリが途中で相手はモモソだと気づく可能性は低くありませんから、モモソが危機に陥ったところでホオリを殺し、モモソからさらに信頼を得て自分に依存させることで、ヒルメにヤノハを祈祷部とするよう急いで進言させたかった、とも考えられます。次回以降で、ヤノハの意図も詳しく明かされるのでしょうか。今のところはヤノハに操られている感じのモモソが今後どう変わっていくのか、ということも気になります。当分はヤノハとモモソを中心に話が動きそうですが、暈の国以外の重要人物も今後登場するでしょうから、人間ドラマという観点からも楽しめそうです。
故是に須佐之男命言ひけらく「然らば天照大御神に請して罷らむ」といひて、乃ち天に参上る時、山川悉に動み国土皆震りき。爾に天照大御神聞き驚きて詔りたまひけらく・・・・・・
これはほぼ『古事記』の一節そのものなのですが、当時すでに『古事記』に見える神話の一部は整っていた、ということでしょうか。本作の舞台は弥生時代ですが、天照大御神は単なる普遍的性格の強い太陽神というよりは、すでに記紀神話で語られるような背景を少なくとも一部は有している、という設定のようです。個人的には同意できないのですが、じっさいのところは不明ですし、創作ものとしてはとくに問題ないと思います。祈祷部の身分のある程度高そうな巫女が、モモソは古代の言葉で神託を告げており、内容は須佐之男命(スサノオノミコト)と天照大御神との戦いだ、と解説します。側にいる巫女見習いと思われる女性に意味するところを訊かれた巫女は、いずれ倭国最後の戦いが始まる、と答えて周囲は動揺します。神託を告げていたモモソは我に返ります。演技ではなさそうなので、いわゆるトランス状態ということでしょうか。この様子を見たヤノハは、あれが神降りか、養母とあまり変わらないな、と呟きます。
場面は変わって、祈祷部の拠点と思われる建物の中です。祈祷部の長であるヒルメと副長であるウサメが話し合っています。ウサメはヒルメに、鬼国(キコク)が金砂(カナスナ)の国に侵攻し、越(コシ)の国は日ノ下(ヒノモト)の国に援軍を送っている、と報告します。地図が示されていないので不明ですが、越の国は北陸一帯で、金砂の国とは旧国名の陸奥でしょうか。鬼国は『三国志』に見えますが、どうもこれらの国々は東日本にあるという設定のようです。すでに九州地方から東北地方まである程度の政治・文化的一体性がある、ということでしょうか。
ウサメの報告を受けたヒルメは、戦争は鎮まるどころか、ますます激しさを増している、と言います。鹿屋(カヤ)にいるタケル王はまだ神託を受けに山杜(ヤマト)に入らないのか、とウサメに問われたヒルメは、タケル王にはその思いが強いようだが、タケル王が本当の日見彦(ヒミヒコ)ではないと知っている鞠智彦(ククチヒコ)が反対している、と答えます。倭国の行く末についてウサメに問われたヒルメは、新たなる日見彦もしくは日見子(ヒミコ)の出現を待つしかない、と答えます。
そのために祈祷部の見習いたちに「トンカラリン」の儀式を行なうのか、とウサメに問われたヒルメは、必要なのは祈祷女(イノリメ)ではなく、この百年顕われていない日見子だ、と答えます。存命者の誰も体験したことのない儀式で、見習い全員が死ぬ場合もある、とウサメはトンカラリンの実施に反対しますが、覚悟のうえだ、とヒルメは考えを変えません。今朝、楼観に籠ったモモソに神が降りたのだから、モモソが日見子であることに疑いの余地はなく、モモソが日見子と宣言すればトンカラリンという試練も不要なのでは、とウサメはあくまでもトンカラリンの実施に反対します。ヒルメは、モモソがトンカラリンを生き延びれば倭国中の国々の誰も文句は言えまい、とウサメを説得します。
それでもウサメは万が一の場合を不安視します。するとヒルメは、モモソが死ねば日見子ではないので、また新たに探すのみだ、と冷酷に言い放ち、ウサメもヒルメの説得を諦めたようです。日見子が顕われた場合、タケル王と鞠智彦はどうするのか、とウサメに問われたヒルメは、タケル王の日見彦としての尊厳が失われるので、日見子を殺そうとするだろう、と答えます。種智院の柵の外の男兵は鞠智彦の手勢なので攻めてくることを懸念するウサメは、山杜にいる戦部の精兵を呼び戻すことをヒルメに提案しますが、味方は隠れたところに大勢いるので案ずるな、とヒルメは落ち着いた様子でウサメを諭します。このヒルメの発言が今後の展開にどう活かされるのか、気になります。
場面は変わって、種智院の建物の中でヤノハとモモソが話しています。前回、ヤノハには天照大御神の声が聞こえるようだとヒルメに進言してもらいたい、とヤノハに頼まれていたモモソですが、継母たるヒルメはウサメと密談していることもあり、二人きりになる機会がないので、まだヒルメには話していない、とヤノハに謝ります。しかしヤノハは怒ることもなく、モモソを信じている、と言います。モモソはヤノハに感謝し、ヤノハを祈祷部の見習いに加えるよう、必ずヒルメに頼む、と笑顔で約束します。一安心したモモソは周囲を窺いながら、お願いがある、とヤノハに言います。モモソは戦友だから何でも聞くぞ、と言ったヤノハに、モモソはあることを頼みます。ここではその内容が明かされませんが、後述の展開から推測すると、前回密会した柵の外いる男兵のホオリと再度会いたい、ということのようです。人は欲望をなかなか断ち切れず、最も断ち切り難いのは男女の縁だ、とヤノハは内心ほくそ笑みます。
おそらくその晩のことと思われますが、ヤノハは戦部の師長であるククリに呼び出されます。ヤノハは戦部見習いのなかで最も優れた戦士(もののふ)なので、命が下った、とククリはヤノハに告げ、その内容を説明します。暈の国と那の国はかねてより敵対関係にあり、形勢は大川を挟んで暈の国が圧倒的に不利です。大川とは球磨川かもしれませんが、第1話の地図から推測すると、筑後川でしょうか。那国のトメという人物を知っているか、とククリに問われたヤノハですが、知りません。トメは那国の将軍で、元は平民でしたが、示斎(ジサイ)に志願し、なんども韓国(カラコク)への航海を成功させて出世した、とククリは説明します。示斎は『三国志』では「持衰」と表記され、倭国から中国への遣使のさいに選ばれる男性一人です。持衰(示斎)は、髪をすかず、虱も取らず、衣服も汚れたままで、肉を食べず、女性も近づけず、喪中の人のように振舞います。遣使の旅が無事であれば持衰には家畜や財物が与えられますが、病人が出たり災害にあったりすると、人々は持衰を殺そうとします。トメが指揮を執る限り暈の敗北は明らかなので、トメに近づき、女性の武器をすべて使って殺せ、とククリはヤノハに命じます。戦柱(イクサバシラ)なのか、とヤノハに問われたククリは、使命を果たして生還すれば、自分と同じ白の衣を授ける、と答え、数日後に旅立て、と命じます。
ククリの前から去ったヤノハは、そのまま(翌日の夜かもしれませんが)ホオリを誘惑しに行きます。全裸になったヤノハにたいして、今日こそ交らわせてくれ、と懇願するように言いますが、ヤノハはホオリに男根を出すよう促し、手でしごき始めます。しかしヤノハは、ここでは駄目だ、千数えたら柵を超えて邑(種智院)に忍び込め、楼観で待っている、楼観では自分をモモソと呼べ、とホオリに伝えます。呼合(よばい)なのだ、本当の名を言ってどうするのだ、とヤノハは不審に思うホオリを説得します。自分の要求を受け入れたら身体を好きにしてもよい、とヤノハに言われたホオリは、喜んで了承します。
楼観に忍び込んだホオリはモモソと呼びかけ、抱き着きますが、その相手はヤノハではなくモモソでした。ヤノハにホオリと再度密会できるよう頼んでいたモモソは、話をするだけだ、と言ってホオリを拒みます。暗い中、依然として相手をヤノハと勘違いしているホオリは、先ほどは抱かせてくれると言ったではないか、と言って強引にモモソに迫り、ヤノハと呼びかけてしまいます。すると、隠れて見張っていたヤノハがホオリを刺し殺し、危ないところだったな、とモモソに声をかけます。ホオリが死んだことで錯乱するモモソをヤノハは落ち着かせます。ホオリが突然自分に乱暴してきた、と説明するモモソに、これだから男は、と呆れた様子でヤノハは呟きます。獣のくせに死に顔は善人面だ、とホオリの死体に向かって言い放つヤノハですが、モモソはホオリを殺したことに批判的です。するとヤノハは、日の巫女の長の後継者の操を奪おうとしたのだ、死んで当然だ、とモモソに力強く言います。この時点から先のヤノハが、自分の謀はまた一段階目的に近づいたが、それが死への第一歩だったことを当時は知らなかった、と回想するところで今回は終了です。
今回も少しずつ作中設定が明かされつつ、ヤノハとモモソを中心に話が動いていき、楽しめました。このまま進んでいけば、『イリヤッド』や『天智と天武~新説・日本書紀~』以上に楽しめる作品になるのではないか、と期待しています。タケル王が本当の日見彦ではなく、支配層のみがそれを知っている、という前回の予想はほぼ的中したようです。ヒルメは、日見子が出現すれば、というか人々に認められれば、日見彦として建前上は崇敬されているだろうタケル王が日見子を殺そうとするだろう、と予想しています。これは、暈の国がおそらくは『三国志』の狗奴国で、狗奴国が卑弥呼と敵対していたこととつながるのでしょう。
そうだとすると、モモソとヤノハのどちらが卑弥呼となるのか、現時点では分かりませんが(他の人物が卑弥呼となる可能性もわずかにあるかもしれませんが)、どこかの時点で後の卑弥呼が暈の国から脱出することになるのでしょう。本作の邪馬台国は、ヤノハの出身地でもある日向(ヒムカ、おそらく現在の宮崎県)と設定されているように思われるので、ヤノハは暈の国から脱出すると予想しています。モモソが暈の国に留まるか日見子出現前に死ぬ場合は、ヤノハがモモソから得た知識を活用してもとに日見子となるのかもしれません。ただ、モモソの扱いが大きく、名前は卑弥呼に比定する見解もある倭迹迹日百襲姫命に由来するでしょうから、モモソが卑弥呼となり、ヤノハが陰から、もしくは「男弟」となってモモソを支える展開も考えられます。
歴史的な側面での謎解き要素も本作の魅力ですが、主人公であるヤノハの生き様も魅力になっていると思います。ヤノハは生きることに必死で、手段を選びません。巫女として稀有の才能を秘めているらしいモモソが、それ以外では世間知らずで純情なところのある普通の人物として描かれていることと対照的です。本作はヤノハを主人公とする悪漢小説のようでもあり、今後もヤノハの強烈な生き様が描かれることになりそうです。そこで気になるのは、時々入るヤノハの回想がどの時点のものなのか、ということです。回想場面でのヤノハはまだ若いようなのに、死が近いことを受け入れているようで、生に執着している現時点とは大きく異なるように思います。
今回、ヤノハは那国の将軍であるトメを殺すよう、ククリに命じられましたが、那国で囚われるということでしょうか。まあ、そうなるのか分かりませんが、手段を選ばないヤノハが、自らを死地に追いやった、という展開になるかもしれません。そうだとすると、今のところはヤノハがお人好しのモモソを操っているように見えて、未来が見えると称するモモソの掌で踊らされているのかもしれません。もっとも、ホオリに襲われたモモソの様子を見ると、モモソがヤノハの謀略を見抜けているとはとても思えません。しかし、ホオリが自分にヤノハと呼びかけたことから、何かおかしいと後で気づくことでしょう。そのホオリは、それになりに重要な人物としてずっと登場するのかと予想していたのですが、あっさりと退場しました。
ヤノハの意図がどうもよく分からなかったのですが、素直に考えれば、生還の見込みの薄い戦柱に選ばれて数日中に出立せねばならなくなったことから焦り、ホオリにモモソを抱かせることにより、モモソの決定的な弱みを握って、ヒルメにヤノハを祈祷部とするよう急いで進言させたかったが、ホオリがついモモソにヤノハと呼びかけてしまったため、自分の企みがモモソに知られるのを恐れてホオリを殺したのだと思います。ただ、暗がりとはいえ、ホオリが途中で相手はモモソだと気づく可能性は低くありませんから、モモソが危機に陥ったところでホオリを殺し、モモソからさらに信頼を得て自分に依存させることで、ヒルメにヤノハを祈祷部とするよう急いで進言させたかった、とも考えられます。次回以降で、ヤノハの意図も詳しく明かされるのでしょうか。今のところはヤノハに操られている感じのモモソが今後どう変わっていくのか、ということも気になります。当分はヤノハとモモソを中心に話が動きそうですが、暈の国以外の重要人物も今後登場するでしょうから、人間ドラマという観点からも楽しめそうです。
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