ネアンデルタール人の胸郭の復元
ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の胸郭の復元に関する研究(Gómez-Olivencia et al., 2018B)が報道されました。『サイエンス』のサイトには解説記事が掲載されています。ネアンデルタール人の胸郭のサイズと形状については、現生人類(Homo sapiens)との比較で違いがあるのか否か、という点をめぐって150年以上議論が続いてきました。本論文は、現在のイスラエル領北部にあるカルメル山のケバラ(Kebara)洞窟遺跡で発見されたネアンデルタール人遺骸である、ケバラ2(Kebara 2)の胸郭の3次元仮想復元を報告しています。ケバラ2は、既知のネアンデルタール人遺骸のなかでは、胸郭が最も完全に残っています。ケバラ2は、年代が60000±3500年前頃、死亡時の年齢が32歳前後の男性、身長が168.7~170.3cm、体重が75.6kgと推定されていました。本論文では、ケバラ2の身長は165.45cmと推定されています。
ケバラ2の胸郭の3次元仮想復元は、同じくらいの身長の現代人男性16人のそれと比較されました。その結果、サイズには大きな違いがなさそうではあるものの、形状には違いがあると明らかになりました。ケバラ2の胸郭は現代人と比較して、下部の幅が広くなっています。これは、ケバラ2の横隔膜の表面積が現代人よりも大きかったことを示唆します。現代人では、胸郭下部の幅が広いと、吸息時の胸郭全体のサイズの増分(呼吸容量)が大きくなる、と明らかになっています。本論文は、ケバラ2の軟組織が見つかっていないので、ネアンデルタール人の肺容量が現代人と変わらなかった可能性は否定できないものの、横隔膜の違いが肺容量の違いと関連している可能性もある、と指摘しています。
本論文はホモ属における胸郭の進化について、ケバラ2と、さまざまな部位の豊富な人骨が一括して発見されている中期更新世の遺跡として有名な、スペイン北部の通称「骨の穴(Sima de los Huesos)洞窟」遺跡(以下、SHと省略)の43万年前頃の人骨群とを比較しています。SH集団は、頭蓋(関連記事)および頭蓋以外(関連記事)の形態でも、遺伝学的にも(関連記事)、現生人類や種区分未定のデニソワ人(Denisovan)といったホモ属との比較で、ネアンデルタール人との近縁性が指摘されており、ネアンデルタール人の祖先集団(の一部)か、そのきわめて近縁な集団と推測されます。ネアンデルタール人の派生的特徴は、全てではないものの、いくつかでSH集団にも見られます。
SH集団の完全な第一肋骨は既知のネアンデルタール人のいかなる完全な第一肋骨よりも大きく、SH集団の胸郭はネアンデルタール人より大きかった、と推測されます。しかし、SH集団の完全な第一肋骨はネアンデルタール人のそれよりも湾曲しており、SH集団がネアンデルタール人の派生的特徴を全て有しているわけではない、というじゅうらいの見解と一致します。後期更新世のネアンデルタール人の胸郭の形状・サイズは、中期更新世の祖先集団から進化していった可能性が高そうです。
前期更新世の成人の比較的完全な肋骨は発見されていないので、ホモ属における胸郭の進化には不明なところがありますが、現代人の胸郭も中期更新世の祖先集団と比較して派生的だった可能性は高いだろう、と本論文は推測しています。胸郭の形態は、身長や骨盤および背骨の形状といったいくつかの特徴と相互依存にあるようなので、モザイク状の複雑な進化を示したかもしれず、こうした形態の進化の理解には、さらなる化石と研究が必要である、と本論文は指摘しています。なお、現生人類とは異なるネアンデルタール人の胸郭や骨盤の形状の進化については、高タンパク質の食性に依存したことにより、肝臓・腎臓・膀胱の拡大が適応度を高めるような選択圧が作用した結果ではないか、との見解も提示されています(関連記事)。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
【古生物学】ネアンデルタール人の胸郭の復元
ネアンデルタール人の成人男性の胸郭の3次元仮想復元について報告する論文が、今週掲載される。この復元結果の分析では、ネアンデルタール人の胸郭は、現生人類の胸郭と比較すると、サイズは近いが、形状が異なることが示唆された。この結果から著者たちは、ネアンデルタール人の呼吸の機構が現生人類のものとは微妙に異なっていた可能性があるという仮説を提案している。
ネアンデルタール人の肋骨が初めて発見されたのは、今から150年以上前であり、それ以来、その胸郭のサイズと形状が科学的論争の1つのテーマとなってきた。胸郭の形態を巡っては、現生人類とほとんど変わらないとする説から有意な差があるとする説まで、解釈論が幅広く展開されている。
今回、Asier Gomez-Olivenciaたちの研究グループは、これまでに発見されたネアンデルタール人の胸郭の中で最も完全な形で残っているケバラ2(K2)の胸郭の仮想復元を行った。その結果、復元された胸郭の骨格のサイズは現生人類のものと同じくらいだが、胸郭の下部の幅が広いことが分かった。
Gomez-Olivenciaたちは、K2の胸郭下部の直径が大きいことから、横隔膜の表面積が大きかったと示唆している。胸郭下部の幅が広いと、吸息時の胸郭全体のサイズの増分(呼吸容量)が大きくなるという分析結果から、Gomez-Olivenciaたちは、ネアンデルタール人の呼吸の機構は、現生人類よりも横隔膜の収縮に対する依存度が高いという仮説を提起している。
Gomez-Olivenciaたちは、胸郭の進化を解明するためには、新たな化石の発見と研究の積み重ねが必要なことを指摘している。
参考文献:
Gómez-Olivencia A. et al.(2018B): 3D virtual reconstruction of the Kebara 2 Neandertal thorax. Nature Communications, 9, 4387.
https://doi.org/10.1038/s41467-018-06803-z
ケバラ2の胸郭の3次元仮想復元は、同じくらいの身長の現代人男性16人のそれと比較されました。その結果、サイズには大きな違いがなさそうではあるものの、形状には違いがあると明らかになりました。ケバラ2の胸郭は現代人と比較して、下部の幅が広くなっています。これは、ケバラ2の横隔膜の表面積が現代人よりも大きかったことを示唆します。現代人では、胸郭下部の幅が広いと、吸息時の胸郭全体のサイズの増分(呼吸容量)が大きくなる、と明らかになっています。本論文は、ケバラ2の軟組織が見つかっていないので、ネアンデルタール人の肺容量が現代人と変わらなかった可能性は否定できないものの、横隔膜の違いが肺容量の違いと関連している可能性もある、と指摘しています。
本論文はホモ属における胸郭の進化について、ケバラ2と、さまざまな部位の豊富な人骨が一括して発見されている中期更新世の遺跡として有名な、スペイン北部の通称「骨の穴(Sima de los Huesos)洞窟」遺跡(以下、SHと省略)の43万年前頃の人骨群とを比較しています。SH集団は、頭蓋(関連記事)および頭蓋以外(関連記事)の形態でも、遺伝学的にも(関連記事)、現生人類や種区分未定のデニソワ人(Denisovan)といったホモ属との比較で、ネアンデルタール人との近縁性が指摘されており、ネアンデルタール人の祖先集団(の一部)か、そのきわめて近縁な集団と推測されます。ネアンデルタール人の派生的特徴は、全てではないものの、いくつかでSH集団にも見られます。
SH集団の完全な第一肋骨は既知のネアンデルタール人のいかなる完全な第一肋骨よりも大きく、SH集団の胸郭はネアンデルタール人より大きかった、と推測されます。しかし、SH集団の完全な第一肋骨はネアンデルタール人のそれよりも湾曲しており、SH集団がネアンデルタール人の派生的特徴を全て有しているわけではない、というじゅうらいの見解と一致します。後期更新世のネアンデルタール人の胸郭の形状・サイズは、中期更新世の祖先集団から進化していった可能性が高そうです。
前期更新世の成人の比較的完全な肋骨は発見されていないので、ホモ属における胸郭の進化には不明なところがありますが、現代人の胸郭も中期更新世の祖先集団と比較して派生的だった可能性は高いだろう、と本論文は推測しています。胸郭の形態は、身長や骨盤および背骨の形状といったいくつかの特徴と相互依存にあるようなので、モザイク状の複雑な進化を示したかもしれず、こうした形態の進化の理解には、さらなる化石と研究が必要である、と本論文は指摘しています。なお、現生人類とは異なるネアンデルタール人の胸郭や骨盤の形状の進化については、高タンパク質の食性に依存したことにより、肝臓・腎臓・膀胱の拡大が適応度を高めるような選択圧が作用した結果ではないか、との見解も提示されています(関連記事)。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
【古生物学】ネアンデルタール人の胸郭の復元
ネアンデルタール人の成人男性の胸郭の3次元仮想復元について報告する論文が、今週掲載される。この復元結果の分析では、ネアンデルタール人の胸郭は、現生人類の胸郭と比較すると、サイズは近いが、形状が異なることが示唆された。この結果から著者たちは、ネアンデルタール人の呼吸の機構が現生人類のものとは微妙に異なっていた可能性があるという仮説を提案している。
ネアンデルタール人の肋骨が初めて発見されたのは、今から150年以上前であり、それ以来、その胸郭のサイズと形状が科学的論争の1つのテーマとなってきた。胸郭の形態を巡っては、現生人類とほとんど変わらないとする説から有意な差があるとする説まで、解釈論が幅広く展開されている。
今回、Asier Gomez-Olivenciaたちの研究グループは、これまでに発見されたネアンデルタール人の胸郭の中で最も完全な形で残っているケバラ2(K2)の胸郭の仮想復元を行った。その結果、復元された胸郭の骨格のサイズは現生人類のものと同じくらいだが、胸郭の下部の幅が広いことが分かった。
Gomez-Olivenciaたちは、K2の胸郭下部の直径が大きいことから、横隔膜の表面積が大きかったと示唆している。胸郭下部の幅が広いと、吸息時の胸郭全体のサイズの増分(呼吸容量)が大きくなるという分析結果から、Gomez-Olivenciaたちは、ネアンデルタール人の呼吸の機構は、現生人類よりも横隔膜の収縮に対する依存度が高いという仮説を提起している。
Gomez-Olivenciaたちは、胸郭の進化を解明するためには、新たな化石の発見と研究の積み重ねが必要なことを指摘している。
参考文献:
Gómez-Olivencia A. et al.(2018B): 3D virtual reconstruction of the Kebara 2 Neandertal thorax. Nature Communications, 9, 4387.
https://doi.org/10.1038/s41467-018-06803-z
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