ヨーロッパ人に見られるネアンデルタール人由来の適応的遺伝子

 ヨーロッパ人に見られるネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)由来の適応的遺伝子に関する研究(Enard, and Petrov., 2018)が報道されました。ネアンデルタール人と現生人類の交雑は少なくとも2回起きました。最初は10万年以上前で、この交雑が現代人に遺伝的影響を残しているのか、あるいはこの時交雑した現生人類の子孫が現代にいるのか、不明です(関連記事)。2回目は、非アフリカ系現代人全員に遺伝的影響を及ぼした、54000~49000年前頃の交雑です(関連記事)。

 非アフリカ系現代人のゲノムにおけるネアンデルタール人由来の領域の割合は、各地域集団間でさほど変わらず、たとえば、ユーラシア西部系で1.8~2.4%、東アジア系で2.3~2.6%と推定されており、低くなっています(関連記事)。非アフリカ系現代人のゲノムにおけるネアンデルタール人由来の領域は、単なる遺伝的浮動の結果ではなく、適応度の違いによる選択も受けている、と推測されています。たとえば、アフリカ起源の現生人類にとって、ユーラシアへの拡散にさいして、ユーラシアで長く進化してきたネアンデルタール人の免疫関連遺伝子は適応度を向上させたので、非アフリカ系現代人のゲノムに一定以上の割合で保持されているのではないか、と推測されています(関連記事)。一方、ネアンデルタール人由来の遺伝子が現生人類にとって適応度を下げた場合も想定されており、たとえば、精巣に関わる遺伝子領域やX染色体上の何らかの遺伝子がその候補です(関連記事)。そうしたネアンデルタール人由来のゲノム領域は、現生人類系統において排除されたのではないか、と推測されています。

 本論文はそうした観点から、ウイルスとタンパク質の関係に注目しています。人類系統が他の大型類人猿系統と分岐して以降、タンパク質の適応の約30%はウイルスとの相互作用の結果だと推測されています。ウイルスへの抵抗性を有するタンパク質には正の選択が作用したのではないか、というわけです。DNA領域は世代が進むたびに断片化されていき、有害な遺伝子を含む領域は排除されやすくなりますが、正の選択が作用するような遺伝子を含むDNA領域は、頻度が高くなり、長さを比較的維持する傾向にあります。

 本論文は、ウイルスと相互作用するタンパク質(VIPs)と関連する遺伝子のうち、ネアンデルタール人由来と推測されるものを含む領域が、ヨーロッパ系現代人でも東アジア系現代人でも、比較的長く高頻度(東アジア系で32%、ヨーロッパ系で25%)で保持されていることを明らかにしました。ウイルスへの抵抗性を有するタンパク質と関連する遺伝子領域には、ネアンデルタール人由来であっても正の選択が作用することを改めて示した、というわけです。上述したように、アフリカ起源の現生人類にとって、ユーラシアの先住人類たるネアンデルタール人の遺伝子を交雑で獲得することは適応度を向上させたと推測されますが、ネアンデルタール人との直接的接触においてはとくに、ウイルスへの抵抗性を有するタンパク質は現生人類にとって有益だったと推測されます。

 本論文はさらに、ネアンデルタール人由来と推定される遺伝子領域に関して、ヨーロッパ系現代人と東アジア系現代人との比較では、DNAウイルスへの抵抗性を有するタンパク質と関連する遺伝子領域では大きな違いがないものの、RNAウイルスへの抵抗性を有するタンパク質と関連する遺伝子領域ではヨーロッパ系の方がずっとネアンデルタール人の影響が大きい、と明らかにしました。これは、出アフリカ現生人類系統でヨーロッパ系とアジア系が分岐した後の、ヨーロッパ系とネアンデルタール人との追加の交雑を反映しているのかもしれませんが、地域的なウイルスへの抵抗性に起因する適応度を反映しているのかもしれません。

 ただ本論文は、これらの知見はまだ統計的関連性のみを示している段階なので、今後の課題として、より機能的な研究が必要だと指摘しています。また本論文は、そうした研究の進展により古代の伝染病の発生を検出できるようになるかもしれない、との見通しを提示しています。更新世でも、ネアンデルタール人がまだ存在していた時代の人口密度は低かったでしょうが、それでもウイルスへの抵抗性が適応度に一定以上の影響を及ぼした可能性は高そうです。本論文が述べているように、今後、種区分未定のデニソワ人(Denisovan)に関しても、同様の研究の進展が期待されます。


参考文献:
Enard D, and Petrov DA.(2018): Evidence that RNA Viruses Drove Adaptive Introgression between Neanderthals and Modern Humans. Cell, 175, 2, 360-371.E13.
https://doi.org/10.1016/j.cell.2018.08.034

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