上部旧石器時代~青銅器時代のヨーロッパと近東のイヌのmtDNA
上部旧石器時代~青銅器時代のヨーロッパと近東のイヌのミトコンドリアDNA(mtDNA)に関する研究(Ollivier et al., 2018)が報道されました。ヨーロッパにおいては、9000~6000年前頃に各地で農耕が始まりました。ヨーロッパの農耕の起源は近東にあり、近東から初期農耕民がヨーロッパへと拡散してきたことで、ヨーロッパでも農耕が定着していきました。その過程は一様ではなく、ヨーロッパ西部および北部では狩猟採集社会が比較的遅くまで続きました。新石器時代以降のヨーロッパにおいて、近東系農耕民は在来のヨーロッパ狩猟採集民と混合していきましたが、その程度は各地で異なります(関連記事)。
近東起源の農耕民は、ヒツジ・ヤギ・ブタといった家畜動物や、コムギ・オオムギ・エンドウマメ・ソラマメ・レンズマメといった栽培植物をヨーロッパに導入しました。しかし、農耕民の移住と関連した動物の地理的起源に関しては、常に単純化できるわけではありません。たとえば、ヨーロッパにはヒツジとヤギの野生原種は存在しませんでしたが、ブタとウシの野生原種は新石器時代が始まった頃には存在しており、それら在来種がヨーロッパで家畜化された、との見解も提示されていました。さらに、近東から導入された家畜が、ヨーロッパの在来野生種と交雑した痕跡が確認されており、問題は複雑です。
イヌの場合、新石器時代よりも前に近東とヨーロッパのどちらにも、家畜イヌもイヌの野生原種であるオオカミも存在していたので、問題はもっと複雑です。近年、イヌはユーラシアの東西で相互に独立してオオカミから家畜化された、との見解が提示されました(関連記事)。ただ、その研究はmtDNAハプロタイプの置換も示しましたが、いつその置換が起きたのかは不明でした。デンプンの多い食餌への適応を示唆する、イヌの家畜化に関連するゲノムの特徴からは、イヌと農耕との密接な関連が窺え(関連記事)、近東起源の農耕民が他の家畜動物と共にヨーロッパへとイヌを連れてきた、と考えることも可能です。ただ、イヌの家畜化の地理的起源は単一との見解も提示されています(関連記事)。
本論文は、上部旧石器時代~青銅器時代のユーラシアの37ヶ所の遺跡からの合計99頭のイヌのmtDNAを分析しました。新石器時代よりも前のヨーロッパのイヌのmtDNAハプログループは全頭Cでした。新石器時代以降のヨーロッパのイヌのmtDNAハプログループは、Aが6頭、Dが21頭、Cが38頭となります。近東系はおもにハプログループDおよびAなので、近東からヨーロッパへと新石器時代にイヌが導入された、と推測されます。
地域単位での相違も、近東からヨーロッパへの新石器時代以降のイヌの導入を示唆します。近東からヨーロッパへの初期農耕民の移住は、ヨーロッパ南東部から始まったと考えられます。ヨーロッパ南東部では、新石器時代の早い段階で、イヌのmtDNAハプログループがおおむねCからDへと置換されますが、ヨーロッパの他地域では新石器時代以降もハプログループDの頻度が低く、中央西部では20.8%、北西部では3.8%です。また、ヨーロッパのハプログループAに関しては、早期新石器時代よりも後に、草原地帯の遊牧移住民から導入された可能性が指摘されています。
本論文は、中東からヨーロッパに農耕をもたらした初期農耕民はブタ・ウシ・ヒツジ・ヤギといった他の家畜とともにイヌを伴って拡散してきたのであり、イヌは初期農耕民にとって不可欠の存在だったのではないか、と指摘しています。ただ本論文は、対象としたイヌの頭数が少ないことと、より詳細なイヌの移動および在来のイヌとの融合パターンの解明には、核DNA研究が必要であることを、今後の課題として挙げています。また本論文は、オオカミのDNAデータを用いることができなかったので、オオカミとの交雑がイヌにどれだけの影響を及ぼしたのか、検証できなかったことも課題として挙げています。
参考文献:
Ollivier M. et al.(2018): Dogs accompanied humans during the Neolithic expansion into Europe. Biology Letters, 14, 10, 20180286.
https://doi.org/10.1098/rsbl.2018.0286
近東起源の農耕民は、ヒツジ・ヤギ・ブタといった家畜動物や、コムギ・オオムギ・エンドウマメ・ソラマメ・レンズマメといった栽培植物をヨーロッパに導入しました。しかし、農耕民の移住と関連した動物の地理的起源に関しては、常に単純化できるわけではありません。たとえば、ヨーロッパにはヒツジとヤギの野生原種は存在しませんでしたが、ブタとウシの野生原種は新石器時代が始まった頃には存在しており、それら在来種がヨーロッパで家畜化された、との見解も提示されていました。さらに、近東から導入された家畜が、ヨーロッパの在来野生種と交雑した痕跡が確認されており、問題は複雑です。
イヌの場合、新石器時代よりも前に近東とヨーロッパのどちらにも、家畜イヌもイヌの野生原種であるオオカミも存在していたので、問題はもっと複雑です。近年、イヌはユーラシアの東西で相互に独立してオオカミから家畜化された、との見解が提示されました(関連記事)。ただ、その研究はmtDNAハプロタイプの置換も示しましたが、いつその置換が起きたのかは不明でした。デンプンの多い食餌への適応を示唆する、イヌの家畜化に関連するゲノムの特徴からは、イヌと農耕との密接な関連が窺え(関連記事)、近東起源の農耕民が他の家畜動物と共にヨーロッパへとイヌを連れてきた、と考えることも可能です。ただ、イヌの家畜化の地理的起源は単一との見解も提示されています(関連記事)。
本論文は、上部旧石器時代~青銅器時代のユーラシアの37ヶ所の遺跡からの合計99頭のイヌのmtDNAを分析しました。新石器時代よりも前のヨーロッパのイヌのmtDNAハプログループは全頭Cでした。新石器時代以降のヨーロッパのイヌのmtDNAハプログループは、Aが6頭、Dが21頭、Cが38頭となります。近東系はおもにハプログループDおよびAなので、近東からヨーロッパへと新石器時代にイヌが導入された、と推測されます。
地域単位での相違も、近東からヨーロッパへの新石器時代以降のイヌの導入を示唆します。近東からヨーロッパへの初期農耕民の移住は、ヨーロッパ南東部から始まったと考えられます。ヨーロッパ南東部では、新石器時代の早い段階で、イヌのmtDNAハプログループがおおむねCからDへと置換されますが、ヨーロッパの他地域では新石器時代以降もハプログループDの頻度が低く、中央西部では20.8%、北西部では3.8%です。また、ヨーロッパのハプログループAに関しては、早期新石器時代よりも後に、草原地帯の遊牧移住民から導入された可能性が指摘されています。
本論文は、中東からヨーロッパに農耕をもたらした初期農耕民はブタ・ウシ・ヒツジ・ヤギといった他の家畜とともにイヌを伴って拡散してきたのであり、イヌは初期農耕民にとって不可欠の存在だったのではないか、と指摘しています。ただ本論文は、対象としたイヌの頭数が少ないことと、より詳細なイヌの移動および在来のイヌとの融合パターンの解明には、核DNA研究が必要であることを、今後の課題として挙げています。また本論文は、オオカミのDNAデータを用いることができなかったので、オオカミとの交雑がイヌにどれだけの影響を及ぼしたのか、検証できなかったことも課題として挙げています。
参考文献:
Ollivier M. et al.(2018): Dogs accompanied humans during the Neolithic expansion into Europe. Biology Letters, 14, 10, 20180286.
https://doi.org/10.1098/rsbl.2018.0286
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