門脇誠二「西アジアにおける新人の拡散・定着期の行動研究:南ヨルダンの遺跡調査(2017年度)」

 本論文は、文部科学省科学研究費補助金(新学術領域研究)2016-2020年度「パレオアジア文化史学」(領域番号1802)計画研究A02「ホモ・サピエンスのアジア定着期における行動様式の解明」の2017年度研究報告書(PaleoAsia Project Series 11)に所収されています。公式サイトにて本論文をPDFファイルで読めます(P19-27)。この他にも興味深そうな報告があるので、今後読んでいくつもりです。

 本論文は、ヨルダン南部アカバ県のカルハ山一帯(約3 ㎢、標高約1000 m)にある、中部旧石器時代から上部旧石器時代にかけての諸遺跡の調査結果を報告しています。カルハ山は死海地溝帯南部(アラバ渓谷)の東岸に位置し、隣接するヒスマ盆地がより東方のアラビア半島北西部に続いています。現在は年間降水量50mm以下の乾燥地帯で植生が乏しく、露出したカンブリア紀の砂岩に多くの岩陰が形成されており、その窪みに更新世以降の堆積物が残っています。

 トール・ファラジ(Tor Faraj)はカルハ山中心部の涸れ谷(ワディ・アガル)の北岸に位置する岩陰遺跡です。以前の調査で1.5 mほどの厚さの堆積が確認されており、そこから中部旧石器時代後葉の石器群が発見されています。D2層の遺物密度は低いものの、角礫が多く混じる堆積の下のE層では遺物密度が高く、堆積物に炭化物片や灰も混在しているので、炉址付近の居住痕跡と推測されています。有機物の保存は悪く、動物遺骸としては小さな破片のみが確認されています。D2層もE層も、C層と同様にルヴァロワ方式による剥片剥離が主体で、ポイントや石刃形態も発見されています。ただ、C層に比べると、単方向収束剥離によるルヴァロワ・ポイントが少なく、複数方向の剥離によってポイントや石刃、剥片形態を作り出す方式が多い、と指摘されています。この特徴はアムッド洞窟(Amud Cave)のB4層やウンム・エル・トゥレル遺跡のVI3層でも報告されています。

 トール・ファワズ(Tor Fawaz)は、カルハ山北部を北西から南東に延びる涸れ谷(ワディ・ヒュメイマ)の北岸に位置する岩陰遺跡です。以前の調査では、岩陰内の東端とテラス斜面の上部が発掘され、5千点以上の石器が収集されました。大型の石刃が特徴ですが、レヴァント地方上部旧石器時代の代表的文化であるアハマリアン(Ahmarian)やレヴァント地方オーリナシアン(Levantine Aurignacian)のどちらにも似ていないため、詳細な時期や文化が不明とされていました。再調査では、西側の発掘区で石器集中部が発見され、30~45 cmの厚さの堆積から数千点の石器資料が回収されました。その技術形態学的な特徴は、剥片や石刃の打面が大きく、形態的にルヴァロワ様の尖頭器が含まれ、エンドスクレーパーなどの上部旧石器的な器種があることです。これらは上部旧石器時代初頭の石器群に類似していますが、剥片剥離の方向や放射性炭素年代から上部旧石器時代前葉への過渡期と推測されています。有機物の保存が悪く動物遺骸骨などは発見されていませんが、貝殻が5点収集されました。

 また、2016年度までに調査された遺跡の堆積物から年代測定も試みられているそうです。2016・2017年度の現地調査の結果、カルハ山一帯は文化的には、中部旧石器時代後葉(Late Middle Paleolithic)→上部旧石器時代初頭(Initial Upper Paleolithic)→上部旧石器時代初頭~前葉への移行期(Initial‒Early Upper Paleolithic)→上部旧石器時代前葉(Early Upper Paleolithic)→終末期旧石器時代前葉(Early Epipaleolithic)と移行していくことが確認されました。カルハ山一帯では人類遺骸が発見されていませんが、レヴァントなど他地域の人類遺骸記録から、中部旧石器時代後葉にはネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)が存在していたものの、上部旧石器時代初頭以降は現生人類(Homo sapiens)の人口が増加し、遅くとも上部旧石器時代前葉までにネアンデルタール人は消滅していた可能性が高い、と本論文は推測しています。また本論文は、西アジアにおいても文化や行動の変化に地域差があった可能性は単位、とも指摘しています。


参考文献:
門脇誠二(2018)「西アジアにおける新人の拡散・定着期の行動研究:南ヨルダンの遺跡調査(2017年度)」『パレオアジア文化史学:ホモ・サピエンスのアジア定着期における行動様式の解明2017年度研究報告書(PaleoAsia Project Series 11)』P1-5

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