Eric H. Cline『B.C.1177 古代グローバル文明の崩壊』
エリック・H・クライン(Eric H. Cline)著、安原和見訳で、筑摩書房より2018年1月に刊行されました。原書の刊行は2014年です。本書は、後期青銅器時代となる紀元前1500~紀元前1200年頃の、エジプト・ギリシア・アナトリア半島・レヴァントなど東地中海地域~メソポタミア地域の諸勢力がいかに密接に結びついていたのか、詳しく解説していった後、紀元前13世紀末?~紀元前12世紀前半もしくは半ば頃までの、この地域の諸勢力の衰退・滅亡や都市の崩壊・放棄などの広範な破滅的事象を解説していきます。後期青銅器時代において、東地中海地域~メソポタミア地域まで「グローバル化」が進展していたものの、それが紀元前12世紀前半もしくは半ば頃までには崩壊し、鉄器時代へと移行していった、というのが本書の見通しです。
本書の主題は、おも東地中海地域~メソポタミア地域の古代「グローバル」文明の崩壊ですが、その前提となる紀元前1500~紀元前1200年頃の東地中海地域~メソポタミア地域の「グローバル」文明の解説が丁寧でたいへん面白く、有益だと思います。これは、後期青銅器時代のこの地域についてかなり解明されているからでしょう。それは、近代を主導したヨーロッパ系勢力(アメリカ合衆国も含みます)にとって、自らの起源とも関わるのでこの地域への関心が高く、研究が進展していることも一因なのでしょうが、当時この地域が世界で「最も先進的」だったので、複数言語の文字記録が多く残っているからでもある、と思います。
本書が描く後期青銅器時代の東地中海地域~メソポタミア地域像はたいへん魅力的です。後期青銅器時代におけるこの地域の、エジプト・ミュケナイ・ヒッタイト・ミタンニ・アッシリア・カッシートなどの諸勢力は、時に戦争・禁輸措置などで敵対しつつも、交易・外交交渉・婚姻などを通じて緊密なつながりを構築していました。本書はこうした状況を古代の「グローバル化」と呼んでいます。そこではある種の「国際社会」が成立していた、とも言えそうです。もっとも、解明が進んでいるとはいっても、3000年以上前のことですから、大きな限界はあり、見解の異なる問題は少なくありません。本書は、簡潔な根拠とともに丁寧に複数の見解を提示することが多く、この特徴は「古代グローバル文明」の「崩壊」についての解説で顕著です。単純明快な解説ではありませんが、一般向け書籍といえども、そうした良心的な姿勢が好ましいとは思います。
本書の主題となる「古代グローバル文明」の崩壊について、本書は具体的な状況とその解釈にかなりの分量を割きつつ、その要因について検証しています。要因を論じるのにまず必要なのは具体的な状況の解明ですが、本書からは、各遺跡の崩壊状況とその要因、さらには年代についても、さまざまな議論がある、と了解されます。じっさい、全域が一律に崩壊したわけでもないようです。本書は、そうした具体的な状況に関するさまざまな解釈とその根拠を解説していきますが、まだはっきりしない点も多いようで、もどかしさもあります。
後期青銅器時代の東地中海地域の「崩壊」について、それぞれの遺跡で崩壊年代について少なからずそれぞれ議論はあるものの、紀元前13世紀末?~紀元前12世紀前半もしくは半ば頃にかけて、東地中海地域で多くの都市が破壊されたり放棄されたりしたことは確かなようです。この間、ミュケナイやヒッタイトのような当時の「大国」も崩壊し、エジプトも衰退した、と本書は論じます。古典的学説では、この崩壊をもたらしたのは「海の民」とされていましたが、現在では、地震・旱魃などの天災説や、「海の民」も含む諸集団の侵略や戦術の変化といった人災説など、さまざまな仮説が提示されており、本書はそれらの説を丁寧に取り上げています。
本書はこうしたさまざまな仮説にたいして、慎重な表現を用いていますが、東地中海地域の「古代グローバル文明の崩壊」を旱魃や「海の民」の襲来など単一の要因に帰するのは間違いだろう、と主張します。本書の見解は妥当だと思いますが、一方で、一般向け書籍における単純明快な説明ではないだけに、不満を抱く読者は少なくないかもしれません。本書は、単一ではなく一連の災厄が複合的に作用して増幅されていき、緊密につながった「国際社会」が崩壊したのではないか、との見解(システム崩壊説)を提示しています。
しかし本書は、システム崩壊説でも単純すぎるかもしれない、と指摘します。本書は代わりに複雑性理論を提示し、後期青銅器時代末期の東地中海地域の「崩壊」は、一部に変化があるとシステム全体が不安定になる事例として解釈できるかもしれない、と指摘します。ともかく、この「古代グローバル文明の崩壊」過程と要因が、たいへん複雑だった可能性は高く、今後の研究の進展により、さらに説得力のある仮説が提示されるのではないか、と期待されます。
本書は広範な地域の多様な議論を取り上げてまとめており、著者が博学で整理能力に長けた人である、と了解されます。本書でも言及されていますが、「グローバル化社会」の崩壊の実例として、現代との類似性を見たり、現代への教訓を引き出したりする読者も少なくないでしょう。私も、現代社会の生活・文化水準が、天災・人災などにより大打撃を受けて低下する可能性を、常に懸念しておくべきだとは思います。まあ、天災とはいっても、その備えや事後の救済・復旧活動など人災的側面もあるのは、東日本大震災の事例からも現代日本人には分かりやすいと思います。また、人災とはいっても、戦争やテロや国内弾圧などだけではなく、政策も大きな影響を及ぼし得ることは、現在のベネズエラの事例からも明らかでしょう。
ただ、本書を読んでも、「古代グローバル文明」の「崩壊」との評価がどこまで妥当なのか、やや疑問も残りました。それは、「崩壊」の前後でどれだけ具体的に変わったのか、本書の解説ではどうもはっきりしないように思えたからです。それは、本書に引用された膨大な参考文献を読んでいくべきなのかもしれませんが、「崩壊」の前後の比較について、もっと分量を割いて具体的に解説すべきだったのではないか、と思います。この点では、ローマ帝国西方の崩壊を論じた見解の方が、ずっと具体的で説得力があったように思います(関連記事)。もっとも、後期青銅器時代よりもローマ帝国の方がずっと史実は解明されているので、仕方のないところではありますが。
本書の主題は、おも東地中海地域~メソポタミア地域の古代「グローバル」文明の崩壊ですが、その前提となる紀元前1500~紀元前1200年頃の東地中海地域~メソポタミア地域の「グローバル」文明の解説が丁寧でたいへん面白く、有益だと思います。これは、後期青銅器時代のこの地域についてかなり解明されているからでしょう。それは、近代を主導したヨーロッパ系勢力(アメリカ合衆国も含みます)にとって、自らの起源とも関わるのでこの地域への関心が高く、研究が進展していることも一因なのでしょうが、当時この地域が世界で「最も先進的」だったので、複数言語の文字記録が多く残っているからでもある、と思います。
本書が描く後期青銅器時代の東地中海地域~メソポタミア地域像はたいへん魅力的です。後期青銅器時代におけるこの地域の、エジプト・ミュケナイ・ヒッタイト・ミタンニ・アッシリア・カッシートなどの諸勢力は、時に戦争・禁輸措置などで敵対しつつも、交易・外交交渉・婚姻などを通じて緊密なつながりを構築していました。本書はこうした状況を古代の「グローバル化」と呼んでいます。そこではある種の「国際社会」が成立していた、とも言えそうです。もっとも、解明が進んでいるとはいっても、3000年以上前のことですから、大きな限界はあり、見解の異なる問題は少なくありません。本書は、簡潔な根拠とともに丁寧に複数の見解を提示することが多く、この特徴は「古代グローバル文明」の「崩壊」についての解説で顕著です。単純明快な解説ではありませんが、一般向け書籍といえども、そうした良心的な姿勢が好ましいとは思います。
本書の主題となる「古代グローバル文明」の崩壊について、本書は具体的な状況とその解釈にかなりの分量を割きつつ、その要因について検証しています。要因を論じるのにまず必要なのは具体的な状況の解明ですが、本書からは、各遺跡の崩壊状況とその要因、さらには年代についても、さまざまな議論がある、と了解されます。じっさい、全域が一律に崩壊したわけでもないようです。本書は、そうした具体的な状況に関するさまざまな解釈とその根拠を解説していきますが、まだはっきりしない点も多いようで、もどかしさもあります。
後期青銅器時代の東地中海地域の「崩壊」について、それぞれの遺跡で崩壊年代について少なからずそれぞれ議論はあるものの、紀元前13世紀末?~紀元前12世紀前半もしくは半ば頃にかけて、東地中海地域で多くの都市が破壊されたり放棄されたりしたことは確かなようです。この間、ミュケナイやヒッタイトのような当時の「大国」も崩壊し、エジプトも衰退した、と本書は論じます。古典的学説では、この崩壊をもたらしたのは「海の民」とされていましたが、現在では、地震・旱魃などの天災説や、「海の民」も含む諸集団の侵略や戦術の変化といった人災説など、さまざまな仮説が提示されており、本書はそれらの説を丁寧に取り上げています。
本書はこうしたさまざまな仮説にたいして、慎重な表現を用いていますが、東地中海地域の「古代グローバル文明の崩壊」を旱魃や「海の民」の襲来など単一の要因に帰するのは間違いだろう、と主張します。本書の見解は妥当だと思いますが、一方で、一般向け書籍における単純明快な説明ではないだけに、不満を抱く読者は少なくないかもしれません。本書は、単一ではなく一連の災厄が複合的に作用して増幅されていき、緊密につながった「国際社会」が崩壊したのではないか、との見解(システム崩壊説)を提示しています。
しかし本書は、システム崩壊説でも単純すぎるかもしれない、と指摘します。本書は代わりに複雑性理論を提示し、後期青銅器時代末期の東地中海地域の「崩壊」は、一部に変化があるとシステム全体が不安定になる事例として解釈できるかもしれない、と指摘します。ともかく、この「古代グローバル文明の崩壊」過程と要因が、たいへん複雑だった可能性は高く、今後の研究の進展により、さらに説得力のある仮説が提示されるのではないか、と期待されます。
本書は広範な地域の多様な議論を取り上げてまとめており、著者が博学で整理能力に長けた人である、と了解されます。本書でも言及されていますが、「グローバル化社会」の崩壊の実例として、現代との類似性を見たり、現代への教訓を引き出したりする読者も少なくないでしょう。私も、現代社会の生活・文化水準が、天災・人災などにより大打撃を受けて低下する可能性を、常に懸念しておくべきだとは思います。まあ、天災とはいっても、その備えや事後の救済・復旧活動など人災的側面もあるのは、東日本大震災の事例からも現代日本人には分かりやすいと思います。また、人災とはいっても、戦争やテロや国内弾圧などだけではなく、政策も大きな影響を及ぼし得ることは、現在のベネズエラの事例からも明らかでしょう。
ただ、本書を読んでも、「古代グローバル文明」の「崩壊」との評価がどこまで妥当なのか、やや疑問も残りました。それは、「崩壊」の前後でどれだけ具体的に変わったのか、本書の解説ではどうもはっきりしないように思えたからです。それは、本書に引用された膨大な参考文献を読んでいくべきなのかもしれませんが、「崩壊」の前後の比較について、もっと分量を割いて具体的に解説すべきだったのではないか、と思います。この点では、ローマ帝国西方の崩壊を論じた見解の方が、ずっと具体的で説得力があったように思います(関連記事)。もっとも、後期青銅器時代よりもローマ帝国の方がずっと史実は解明されているので、仕方のないところではありますが。
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