イギリスのバイオバンクの遺伝学的データ

 イギリスのバイオバンクの遺伝学的データに関する二つの研究が公表されました。イギリスのバイオバンクは、登録時に40~69歳だった約50万人のイギリス人の遺伝的データと臨床データの情報資源で、健康と各種疾患の遺伝的基盤の研究に役立っています。参加者は2006~2010年に集められ、モニタリングは今後も継続されます。バイオバンクに登録された最大のデータセットは遺伝子型と脳スキャンのデータで、これにより脳の構造と機能に影響を及ぼす遺伝子の研究が可能となります。

 一方の研究(Elliott et al., 2018)は、遺伝学的データとMRI脳画像データを解析しました。脳の構造と機能の遺伝的構成については、ほとんど分かっていません。本論文はこれを調べるために、イギリスのバイオバンクの8428人分の発見データセットを用いて、3144の機能的および構造的な脳の画像表現型(構造容量や病変の大きさや脳の白質の結合能と微細構造など)について、ゲノム規模関連研究を行ない、これらの表現型の多くが遺伝性であることを示しています。本論文は、一塩基多型と画像表現型の間に関連性の見られるクラスターを148個特定し、とくに顕著で説明可能な関連性としては以下のようなものが含まれていました。鉄の輸送と貯蔵の遺伝子は皮質下の脳組織の磁化率(アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患に関係します)に、細胞外マトリックスや上皮増殖因子の遺伝子は白質の微細構造や病変に、正中線の軸索発生を調節する遺伝子は脳橋の交差路の組織化に、全部で17個の遺伝子が発生・経路シグナル伝達および可塑性に関連していました。これらの知見は、神経および精神疾患(鬱病・多発性硬化症・脳卒中など)・脳の発生・加齢と関連する脳の遺伝的構成についての手掛かりを示しています。

 もう一方の研究(Bycroft et al., 2018)は、バイオバンクに登録された約50万人全員分のデータ(生物学的測定結果・生活様式の指標・画像データなど)を説明しています。イギリスのバイオバンクの遺伝学的データは、その規模と範囲において類を見ないものです。各参加者について、ひじょうに多様な表現型や健康関連の情報が利用可能で、その中には生物学的測定値・生活様式の指標・血中や尿中のバイオマーカー・体や脳の画像などの情報が含まれています。追跡情報は、健康記録と医療記録を結びつけることにより提供されます。全参加者からゲノム規模の遺伝子型データが集められており、新しい遺伝的関連や複合形質の遺伝的基盤を発見するための多くの機会を提供しています。本論文は、遺伝子型の品質・集団構造や遺伝的データの近縁性の特性・効率的なフェージングや遺伝子型のインピューテーション(これにより調べられる多様体の数が約9600万まで増加しました)などの遺伝的データの集中解析について報告しています。11のヒト白血球抗原遺伝子の古典的対立遺伝子変動について欠測値補完が行なわれた結果、ヒト白血球抗原対立遺伝子と多くの疾患との間の関連が知られているシグナルを回復できました。

 以上二つの研究は、人類進化の観点からも大いに注目されます。今後は、より広範な地域を対象に同様の研究が進展することを期待しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。


【遺伝学】英国バイオバンクからの見返りは数々の遺伝学的知見

 英国バイオバンクの遺伝学的データを中心に据えた2編の論文が、今週掲載される。これらの論文には、約50万人分のゲノム規模の遺伝学的データ、臨床測定結果、保健記録を含む全データセットに関する説明があり、脳の遺伝的構造に関する知見が示されている。

 英国バイオバンクは、登録時に40~69歳だった約50万人の英国人の遺伝的データと臨床データの情報資源であり、健康と各種疾患の遺伝的基盤の研究に役立っている。参加者は2006~2010年に集められ、モニタリングは今後も継続される。バイオバンクに登録された最大のデータセットは、遺伝子型と脳スキャンのデータで、これによって脳の構造と機能に影響を及ぼす遺伝子の研究ができる。

 今回、Jonathan Marchiniたちの研究グループは、バイオバンクに登録された8428人の遺伝学的データとMRI脳画像データの解析を行い、遺伝的バリアントとMRIスキャンで同定された特徴(構造容量、病変の大きさ、脳の白質の結合能と微細構造など)の関連を調べた。その結果、鉄分の輸送と貯蔵に関与する遺伝子が、アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患に関係することがあるなど、さまざまな遺伝的関連が特定された。また、Marchiniたちは、シナプス可塑性と神経繊維の修復に関係すると考えられているタンパク質をコードする遺伝子や、うつ病、多発性硬化症および脳卒中に関与する遺伝子との関連を明らかにした。MRIスキャンにおいて同定された形質の多くには、遺伝性が認められた。この新知見は、脳の発生過程と老化過程だけでなく、さまざまな精神・神経疾患の生物学的基盤に関する我々の理解を深めるものとなっている。

 Marchiniたちのもう1編の論文では、バイオバンクに登録された約50万人全員分のデータ(生物学的測定結果、生活様式の指標、画像データなど)の説明が初めて示されている。この情報資源は、関係者以外の研究者にも公開されている。

 また、上記論文に関連したNews & Viewsでは、Nancy Cox が「英国バイオバンクには、ゲノムのバリエーションとヒトのありふれた病気との関係性の発見を助け、こうした関連の根底にある機構に関する我々の理解を進めることが期待できる」との見解を示している。


ヒトゲノミクス:高深度表現型解析とゲノムデータを含んだ英国バイオバンク情報源

ヒトゲノミクス:英国バイオバンクの脳画像表現型のゲノム規模関連研究

Cover Story:英国バイオバンク:英国の50万人の人々から得られた遺伝学的データと健康データ

 英国バイオバンクは、前向きコホート研究で、これまでに英国全域の40~69歳の約50万人の人々から遺伝学的データと表現型データが集められている。参加者たちは、健康測定を受け、血液、尿、唾液の試料の他、自身の詳細な情報を提供するとともに、その後の健康追跡に同意している。J MarchiniとP Donnellyたちは今回、高分解能の遺伝学的データと遺伝学的関連研究におけるその使用の実証結果を含む、全コホートのデータセットを報告している。S SmithとJ Marchiniたちは別の論文で英国バイオバンク参加者の最初の8428人の脳画像、そして3144の機能的および構造的な脳画像の表現型についてのゲノム規模関連研究の結果を報告している。彼らは、形質の多くが遺伝性であることを見いだすとともに、こうした構造的・機能的測定の結果に関連する多くの領域を明らかにした。英国バイオバンクのデータセットと研究結果は全て、オープンアクセスリソースとして利用できる。



参考文献:
Bycroft C. et al.(2018): The UK Biobank resource with deep phenotyping and genomic data. Nature, 562, 7726, 203–209.
https://doi.org/10.1038/s41586-018-0579-z

Elliott LT. et al.(2018): Genome-wide association studies of brain imaging phenotypes in UK Biobank. Nature, 562, 7726, 210–216.
https://doi.org/10.1038/s41586-018-0571-7

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