チンパンジーとボノボについての簡略なまとめ

 現代人(Homo sapiens)にとって最近縁の現生種がチンパンジー属のチンパンジー(Pan troglodytes)とボノボ(Pan paniscus)であることは、よく知られているように思います。チンパンジー属について、当ブログで取り上げた記事を本格的にまとめるだけの準備はまだ整っていないのですが、とりあえず、系統関係を中心に簡略にまとめて、配偶行動など社会構造については今後の課題としておきます。まず、前提知識となる系統関係についてですが、現代人(ホモ属)・チンパンジー属・ゴリラ属の最終共通祖先からまずゴリラ属系統が分岐し、次に現代人の祖先系統とチンパンジー属の祖先系統が分岐しました。現代人の祖先系統と分岐した後、チンパンジー属の系統はチンパンジーとボノボの系統に分岐しました。

 ゴリラ属もチンパンジー属も移動様式はナックル歩行(手を丸めて手の甲の側を地面に当てつつ移動する歩き方)なので、上述の系統関係からは、現代人系統・チンパンジー属系統・ゴリラ属系統の最終共通祖先の移動様式もナックル歩行だった、と考えるのが節約的です。しかし、初期人類のアルディピテクス・ラミダス(Ardipithecus ramidus)の包括的な研究(関連記事)からは、最初期の人類がナックル歩行をしていなかった可能性が示唆されています。つまり、現代人系統・チンパンジー属系統・ゴリラ属系統の最終共通祖先はナックル歩行をしていなかったかもしれない、というわけです。そうすると、チンパンジー属系統とゴリラ属系統で独立してナックル歩行の進化が起きた(収斂進化)ことになり、進化史においてあり得ないことではないとしても、可能性は低そうです。しかし、チンパンジーとゴリラの大腿骨の発生パターンが著しく異なることから、現代人系統・チンパンジー属系統・ゴリラ属系統は「普通のサルのような四足歩行」をしており、チンパンジー属系統とゴリラ属系統のナックル歩行は収斂進化だった、との見解が提示されています(関連記事)。おそらくこの見解は妥当だと思います。

 これらの系統の分岐年代については、現在でも議論が続いています。20世紀後半には、現代人系統とチンパンジー属系統の遺伝学的な推定分岐年代は600万~400万年前頃でした。しかし、20世紀末~21世紀初頭に相次いで人類系統(候補の)化石が発見され、現代人系統とチンパンジー属系統との分岐年代は700万年以上前までさかのぼるのではないか、と主張されるようになり、化石証拠と遺伝学的証拠との間で、食い違いが生じていました。化石記録の推定分岐年代に依拠しない遺伝学的推定分岐年代の必要性を指摘した研究では、現代人系統とチンパンジー属系統との分岐年代は1345万~678万年前頃と推定されています(関連記事)。なお、この研究における各系統間の推定分岐年代は、現代人・チンパンジーの共通祖先系統とゴリラ系統の間で2000万~831万年前頃、チンパンジー系統とボノボ系統の間で255万~145万年前頃、東西のゴリラ間で301万~120万年前頃となります。

 チンパンジー系統とボノボ系統の推定分岐年代については諸説ありますが、大きく範囲をとると250万~80万年前頃の間に落ち着きそうです。現在、チンパンジーはコンゴ川の北側に、ボノボはコンゴ川の南側に生息しています。じゅうらい、コンゴ川の形成年代はチンパンジーとボノボの推定分岐年代と同じ頃と考えられており、コンゴ川の形成によりチンパンジーとボノボの共通祖先集団は隔離され、分岐したと推測されていました。しかし、コンゴ川の形成は新しくとも約3400万年前と推定されるようになり、ボノボとチンパンジーの共通祖先の一部集団が、180万もしくは100万年前頃のひじょうに乾燥した期間に水量の低下したコンゴ川の浅瀬を渡ってコンゴ川の南側に達し、ボノボに進化したのではないか、と推測されています(関連記事)。子作りに関係のないニセ発情と性行動の社会的利用や平和的な集団間・集団内の関係など、ボノボはチンパンジーと異なる特徴を有していますが、これらはボトルネック(瓶首)効果として説明できるかもしれません。

 チンパンジーとボノボについては、自然状態でも飼育下でも交雑の決定的な証拠はない、と考えられていました(関連記事)。上述したように、そもそも「自然状態」では、チンパンジーとボノボの生息範囲はコンゴ川で分断されているので、交雑が起きるはずはありません。しかし、同じ霊長類では、500万年前頃に分岐したヒヒ属(Papio)とゲラダヒヒ属(Theropithecus)とのに繁殖力のある混血児が生まれることを考えると、チンパンジーとボノボの間でも過去に交雑があっても不思議ではありません。もちろん、分岐年代が新しければ交雑は可能だと一概に言えるものではありませんが、じっさい2年前(2016年)に、チンパンジーとボノボの間で交雑があった、との見解が提示されています(関連記事)。

 この見解の前提知識として、チンパンジーの亜種区分が重要となります。チンパンジーは、西部集団(Pan troglodytes verus)・ナイジェリア-カメルーン集団(Pan troglodytes ellioti)・中央部集団(Pan troglodytes troglodytes)・東部集団(Pan troglodytes schweinfurthii)という4系統(亜種)に区分されます。まず、633000~544000年前頃に、東部集団および中央部集団の共通祖先系統と西部集団およびナイジェリア-カメルーン集団の共通祖先系統が分岐した、と推定されています。その後、25万年前頃に西部集団系統とナイジェリア-カメルーン集団系統が分岐し、182000~139000年前頃に東部集団系統と中央部集団系統が分岐した、と推定されています。この中では中央部集団の遺伝的多様性が最も高く、他の3集団ではボトルネックが起きたようです。

 チンパンジーとボノボの高品質なゲノム配列の比較の結果、両系統の間に交雑があった、と推定されています。ボノボ系統は、まず55万~20万年前頃に、チンパンジーの東部集団および中央部集団の共通祖先系統と交雑し、その後でさらにチンパンジーのナイジェリア-カメルーン集団の系統と交雑しました。また、20万年前頃以降にボノボ系統とチンパンジーの中央部集団の系統が交雑した、と推定されています。一方、チンパンジーの西部集団のゲノムにはボノボ由来の領域が確認されませんでした。チンパンジーの4亜種のうち、東部集団および中央部集団がコンゴ川沿いに隣接して生息し、ナイジェリア-カメルーン集団が中央部集団と隣接しているのにたいして、西部集団が他の3亜種と離れた地域に生息していることと関連しているのでしょう。上述したように、コンゴ川はチンパンジー系統とボノボ系統を隔離する障壁として作用していたようなのですが、55万年前頃以降のある時期には乾燥化が進み、ほとんど泳がずとも渡れるくらい、コンゴ川の水位が低下していたのかもしれません。

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