人類進化における介護と社会構造
人類進化における介護と社会構造に関する研究(Kessler et al., 2018)が公表されました。現代人(Homo sapiens)は疾患管理戦略として協力的介護を発達させてきた唯一の種です。しかし、人類化石は多数見つかっているものの、介護は化石証拠に残らないので、介護の起源は不明確です。重病もしくは重傷状態から回復した痕跡は少なからぬ人類化石で確認されているものの、介護なしでも病気や負傷から回復することもある、というわけです。化石記録・古代DNA研究・ヒト生態学・疾病伝播モデルからの証拠を統合した研究では、介護はホモ属の特性である一そろいの認知・社会的専門化の一部として進化した、と示唆されています。
本論文は、社会的構造と介護の進化の関係を、非有効的介護と有効的介護という2通りのモデルを作成し、50~200人規模となる4種類の社会システム(霊長類の基礎的社会システム、ペア結合、間接的互恵性、親族関係)における介護の進化を再現することで検証しました。その結果、ヒト系統において有効な介護法が確立されるまでの間、介護の進化を促進してきたのは、両親やきょうだいなど親族が介護にあたるという血縁に基づいたシステムであった可能性がひじょうに高い、と明らかになりました。
本論文はその理由として、親族システムにおいて、家族の構成員一人一人が介護とそれに伴う病気への曝露のコストを分担することで、個人として病気に感染するリスクを低く抑えたと考えられることを挙げています。それと同時に、病気にかかるリスクは家族内に限定され、外の社会へ広がることを防止できました。有効な介護法が確立されると、介護のネットワークが柔軟性を持つようになり、ヒトの社会システムの複雑性と多様性に寄与するようになりました。
本論文は、次のように指摘しています。まず、介護は親族に基づく協調的繁殖集団において進化的に安定した戦略でした。次に、介護は小規模で低密度の集団で確立するようになるのであり、それは新石器時代の農耕開始時期の共同体の規模および人口密度と類似しています。最後に、一度有効な介護が確立すると、共同体の規模と人口密度が増加しても、介護は社会的システムにおける疾患を制御する成功した方法となりました。
また本論文は、ヒト系統の進化にともない、介護により選択圧が作用するようにもなって、特定の典型的なヒトの形質が進化した可能性を指摘しています。本論文はそのような形質として、疾患の認識と協調的な介護を支える心理的・社会的・認知的属性、症状を発見しやすくする身体的特徴、介護を行なう宿主の間で蔓延する病原体に適応した免疫系を挙げています。つまり、介護はヒト系統の繁栄と関連する心理的・行動的形質の重要な要素で、病気の蔓延を抑制できたことが、ヒト社会の複雑性の進化の基盤となった可能性がある、というわけです。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
【人類学】病人の介護がヒトの進化に寄与した可能性
先史時代のヒトが病人を介護していたために、社会的ネットワークが複雑化し、社会で伝播する疾患の脅威が増大した時に疾患の伝播を防止できた可能性があることを報告する論文が、今週掲載される。
今回、Sharon Kesslerたちの研究グループは、コンピューターによるモデル化を用いて、4種類の社会システムにおける介護の進化のシミュレーションを行った。それぞれの社会システムは、50~200人規模で、初期ヒト属、ホモ・ハビリス、ホモ・エレクトゥス、ハイデルベルク人、ネアンデルタール人、ホモ・サピエンスのコミュニティーが再現された。その結果、ヒト系統において有効な介護法が確立されるまでの間、介護の進化を促進してきたのは、両親、きょうだい、いとことその他の親族が介護にあたるという血縁に基づいたシステムであった可能性が非常に高いことが明らかになった。Kesslerたちは、その理由として、このシステムにおいて、家族の構成員一人一人が介護とそれに伴う病気への曝露のコストを分担することで、個人として病気に感染するリスクを低く抑えたと考えられることを挙げている。それと同時に、病気にかかるリスクは、家族内に限定され、外の社会へ広がることを防止できた。そして、有効な介護法が確立されると、介護のネットワークが柔軟性を持つようになり、ヒトの社会システムの複雑性と多様性に寄与するようになった。
Kesslerたちは、ヒト族の進化に伴って、介護によって選択圧が働くようにもなり、特定の典型的なヒトの形質が進化した可能性があるという考えを示している。そのような形質として、(1)疾患の認識と協調的な介護を支える心理的、社会的、および認知的属性、(2)症状を発見しやすくする身体的特徴、(3)介護を行う宿主の間で蔓延する病原体に適応した免疫系、を挙げている。
従って、介護は、ヒト系統の繁栄と関連する心理的・行動的形質の重要な要素であり、疾患の蔓延を抑制できたことが、ヒト社会の複雑性の進化の基盤となった可能性がある、とKesslerたちは結論付けている。
参考文献:
Kessler SE. et al.(2018): Social Structure Facilitated the Evolution of Care-giving as a Strategy for Disease Control in the Human Lineage. Scientific Reports, 8, 13997.
https://doi.org/10.1038/s41598-018-31568-2
本論文は、社会的構造と介護の進化の関係を、非有効的介護と有効的介護という2通りのモデルを作成し、50~200人規模となる4種類の社会システム(霊長類の基礎的社会システム、ペア結合、間接的互恵性、親族関係)における介護の進化を再現することで検証しました。その結果、ヒト系統において有効な介護法が確立されるまでの間、介護の進化を促進してきたのは、両親やきょうだいなど親族が介護にあたるという血縁に基づいたシステムであった可能性がひじょうに高い、と明らかになりました。
本論文はその理由として、親族システムにおいて、家族の構成員一人一人が介護とそれに伴う病気への曝露のコストを分担することで、個人として病気に感染するリスクを低く抑えたと考えられることを挙げています。それと同時に、病気にかかるリスクは家族内に限定され、外の社会へ広がることを防止できました。有効な介護法が確立されると、介護のネットワークが柔軟性を持つようになり、ヒトの社会システムの複雑性と多様性に寄与するようになりました。
本論文は、次のように指摘しています。まず、介護は親族に基づく協調的繁殖集団において進化的に安定した戦略でした。次に、介護は小規模で低密度の集団で確立するようになるのであり、それは新石器時代の農耕開始時期の共同体の規模および人口密度と類似しています。最後に、一度有効な介護が確立すると、共同体の規模と人口密度が増加しても、介護は社会的システムにおける疾患を制御する成功した方法となりました。
また本論文は、ヒト系統の進化にともない、介護により選択圧が作用するようにもなって、特定の典型的なヒトの形質が進化した可能性を指摘しています。本論文はそのような形質として、疾患の認識と協調的な介護を支える心理的・社会的・認知的属性、症状を発見しやすくする身体的特徴、介護を行なう宿主の間で蔓延する病原体に適応した免疫系を挙げています。つまり、介護はヒト系統の繁栄と関連する心理的・行動的形質の重要な要素で、病気の蔓延を抑制できたことが、ヒト社会の複雑性の進化の基盤となった可能性がある、というわけです。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
【人類学】病人の介護がヒトの進化に寄与した可能性
先史時代のヒトが病人を介護していたために、社会的ネットワークが複雑化し、社会で伝播する疾患の脅威が増大した時に疾患の伝播を防止できた可能性があることを報告する論文が、今週掲載される。
今回、Sharon Kesslerたちの研究グループは、コンピューターによるモデル化を用いて、4種類の社会システムにおける介護の進化のシミュレーションを行った。それぞれの社会システムは、50~200人規模で、初期ヒト属、ホモ・ハビリス、ホモ・エレクトゥス、ハイデルベルク人、ネアンデルタール人、ホモ・サピエンスのコミュニティーが再現された。その結果、ヒト系統において有効な介護法が確立されるまでの間、介護の進化を促進してきたのは、両親、きょうだい、いとことその他の親族が介護にあたるという血縁に基づいたシステムであった可能性が非常に高いことが明らかになった。Kesslerたちは、その理由として、このシステムにおいて、家族の構成員一人一人が介護とそれに伴う病気への曝露のコストを分担することで、個人として病気に感染するリスクを低く抑えたと考えられることを挙げている。それと同時に、病気にかかるリスクは、家族内に限定され、外の社会へ広がることを防止できた。そして、有効な介護法が確立されると、介護のネットワークが柔軟性を持つようになり、ヒトの社会システムの複雑性と多様性に寄与するようになった。
Kesslerたちは、ヒト族の進化に伴って、介護によって選択圧が働くようにもなり、特定の典型的なヒトの形質が進化した可能性があるという考えを示している。そのような形質として、(1)疾患の認識と協調的な介護を支える心理的、社会的、および認知的属性、(2)症状を発見しやすくする身体的特徴、(3)介護を行う宿主の間で蔓延する病原体に適応した免疫系、を挙げている。
従って、介護は、ヒト系統の繁栄と関連する心理的・行動的形質の重要な要素であり、疾患の蔓延を抑制できたことが、ヒト社会の複雑性の進化の基盤となった可能性がある、とKesslerたちは結論付けている。
参考文献:
Kessler SE. et al.(2018): Social Structure Facilitated the Evolution of Care-giving as a Strategy for Disease Control in the Human Lineage. Scientific Reports, 8, 13997.
https://doi.org/10.1038/s41598-018-31568-2
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