ネアンデルタール人とデニソワ人の交雑第一世代に関する補足
ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と種区分未定のデニソワ人(Denisovan)の交雑第一世代個体に関する研究(Slon et al., 2018)は、この分野としては大きな話題となり、当ブログでも取り上げました(関連記事)。この記事では、補足として、以前のブログ記事で取り上げていなかったことを中心に、この研究をやや詳しく見ていくことにします。
デニソワ人はロシアの南シベリアのアルタイ地域のデニソワ洞窟(Denisova Cave)でしか確認されておらず(関連記事)、デニソワ洞窟ではネアンデルタール人の遺骸も発見されています。デニソワ人の形態についてはほとんど知られていませんが、その臼歯にはネアンデルタール人に典型的な派生的特徴が見られません。デニソワ人に分類されている遺骸では、唯一高品質なゲノム配列が得られているデニソワ3(Denisova 3)のみで、ネアンデルタール人との交雑の痕跡が確認されています(関連記事)。また、デニソワ人・ネアンデルタール人・現生人類(Homo sapiens)の共通祖先系統と400万~100万年前頃に分岐したと推定される、遺伝学的に未知の人類系統とデニソワ人との交雑の可能性が指摘されています(関連記事)。
デニソワ洞窟では小さく断片的な骨が2000個以上発見されており、その多くは形態からの種の同定が難しいため、研究の進展の妨げになっています。しかし、DNAやペプチドの特異的配列パターンから物質を同定するコラーゲンフィンガープリント法を用いて、これら小さく断片的な骨の種を同定することができ、2000個以上の小さく断片的な骨の中から、重量1.68g・長さ24.7mm・幅8.89mの骨(DC1227)がデニソワ人のものと同定でき、デニソワ11(Denisova 11)と命名されたその骨は、ミトコンドリアDNA(mtDNA)解析の結果、ネアンデルタール人と分類されました(関連記事)。デニソワ11は「デニー(Denny)」と呼ばれています。本論文はデニソワ11のゲノム解析に成功し、平均網羅率が2.6倍(高品質のゲノム配列とは言えません)で、X染色体と常染色体の網羅率が類似しているため、デニソワ11は女性と推定されています。また、デニソワ11は13歳以上で、年代は9万年前頃と推定されています。高網羅率の信頼性の高いゲノム配列は、デニソワ洞窟のデニソワ人(デニソワ3)およびネアンデルタール人(デニソワ5)と、クロアチアのヴィンディヤ洞窟(Vindija Cave)遺跡で発見されたネアンデルタール人(Vindija 33.19)から得られています。
本論文は、デニソワ11がゲノム配列ではどの系統に分類されるのか決定するために、アフリカ系現代人・デニソワ5(ネアンデルタール人)・デニソワ3(デニソワ人)と比較しました。その結果、デニソワ11のゲノムのうち、ネアンデルタール人は38.6%、デニソワ人は42.3%、アフリカ系現代人は1.2%一致しました。デニソワ11のゲノムのごくわずかなアフリカ系現代人要素は、ユーラシア東西のネアンデルタール人で確認されている現生人類との交雑を反映していると考えられます(関連記事)。デニソワ11のゲノムにおけるデニソワ人とネアンデルタール人の要素はほぼ同等で、ともに40%前後と50%近くになっています。これは、デニソワ11がネアンデルタール人とデニソワ人の交雑第一世代であることを示唆しています。
ただ、デニソワ11の両親自体が、デニソワ人とネアンデルタール人の交雑集団に属していた可能性もあります。本論文はこの問題の検証のため、デニソワ11のアレル(対立遺伝子)において、ネアンデルタール人由来のものとデニソワ人由来のものとがどのような比率で存在するのか、ネアンデルタール人とデニソワ人の交雑第一世代、および交雑第一世代同士の子である交雑第二世代で予想されるパターンと比較しました。その結果、デニソワ11は交雑第二世代より交雑第一世代のパターンの方にずっと近い、と明らかになりました。デニソワ11はmtDNAではネアンデルタール人に分類されますから、父親がデニソワ人で母親がネアンデルタール人となります。デニソワ11のゲノムにおけるネアンデルタール人由来の領域とデニソワ人の由来の領域が50%ずつにならないのは、比較対象となったネアンデルタール人個体(デニソワ5)とデニソワ人個体(デニソワ3)が直接の両親ではなく、それぞれ近縁ではあるものの、やや異なった系統の個体二人が両親となったからです。
上述したように、デニソワ人のデニソワ3には、ネアンデルタール人の遺伝的影響が見られます。デニソワ11のゲノム解析でも、デニソワ人の父親は300~600世代前にネアンデルタール人の遺伝的影響を受けた、と推定されました。異型接合性の比較から、デニソワ11の父親(デニソワ人)の系統に遺伝的影響を及ぼしたネアンデルタール人は、デニソワ11の母親であるネアンデルタール人とは異なる系統に由来した、と推測されています。
本論文は次に、デニソワ11の母親であるネアンデルタール人が、東方系(デニソワ5)と西方系(Vindija 33.19)のどちらに近縁なのか、検証するために東方系と西方系の派生的アレルと合致する、デニソワ11のアレルの割合が評価されました。その結果、デニソワ11が共有する派生的アレルの割合は、東方系とは12.4%、西方系とは19.6%です。デニソワ11の母親は、娘が東方系と同じ地域に居住していたにも関わらず、遠く離れた西方系の方と遺伝的に近縁だったわけです。デニソワ11の母親のネアンデルタール人系統は、東方系とはデニソワ5の存在した2万年前頃、西方系とは西方系個体(Vindija 33.19)の存在した4万年前頃に分岐した、と推定されています。デニソワ11の父親のデニソワ人系統とデニソワ3のデニソワ人系統との推定分岐年代は、デニソワ3の存在した7000年前頃です。ただ、これらの推定年代については、追加の交雑の影響を受けた可能性も考えられる、と指摘されています。そのため、今後これらの推定分岐年代が修正される可能性もありますが、現時点では、東方系ネアンデルタール人が9万年前頃以降にヨーロッパ西部へと拡散したか、西方系ネアンデルタール人が9万年前頃までにシベリア到達して、地域的なネアンデルタール人集団を部分的に置換した、と示唆されます。この問題の検証には、ヨーロッパ西部の早期ネアンデルタール人のゲノム解析が必要となります。
デニソワ11は、ネアンデルタール人系統とデニソワ人系統との少なくとも2回の交雑の直接的証拠を提示します。デニソワ11の父親の300~600世代前の交雑と、デニソワ11の両親の交雑です。デニソワ11の存在は、異なる系統の人類間の交雑が高頻度で起きていたことを示唆します。しかし、デニソワ人の分布範囲にはまだ不明な点が多いものの、大まかには、ネアンデルタール人はユーラシア西部、デニソワ人はユーラシア東部に居住しており、この地理的分布の違いが、両系統の高頻度の交雑にも関わらず、遺伝的に両系統が異なったまま存続した理由かもしれません。また、ネアンデルタール人とデニソワ人の交雑個体の適応度が、両系統の個体よりも低かった可能性があり、それも両系統が異なったまま存続した一因かもしれません。
参考文献:
Slon V. et al.(2018): The genome of the offspring of a Neanderthal mother and a Denisovan father. Nature, 561, 7721, 113–116.
https://doi.org/10.1038/s41586-018-0455-x
デニソワ人はロシアの南シベリアのアルタイ地域のデニソワ洞窟(Denisova Cave)でしか確認されておらず(関連記事)、デニソワ洞窟ではネアンデルタール人の遺骸も発見されています。デニソワ人の形態についてはほとんど知られていませんが、その臼歯にはネアンデルタール人に典型的な派生的特徴が見られません。デニソワ人に分類されている遺骸では、唯一高品質なゲノム配列が得られているデニソワ3(Denisova 3)のみで、ネアンデルタール人との交雑の痕跡が確認されています(関連記事)。また、デニソワ人・ネアンデルタール人・現生人類(Homo sapiens)の共通祖先系統と400万~100万年前頃に分岐したと推定される、遺伝学的に未知の人類系統とデニソワ人との交雑の可能性が指摘されています(関連記事)。
デニソワ洞窟では小さく断片的な骨が2000個以上発見されており、その多くは形態からの種の同定が難しいため、研究の進展の妨げになっています。しかし、DNAやペプチドの特異的配列パターンから物質を同定するコラーゲンフィンガープリント法を用いて、これら小さく断片的な骨の種を同定することができ、2000個以上の小さく断片的な骨の中から、重量1.68g・長さ24.7mm・幅8.89mの骨(DC1227)がデニソワ人のものと同定でき、デニソワ11(Denisova 11)と命名されたその骨は、ミトコンドリアDNA(mtDNA)解析の結果、ネアンデルタール人と分類されました(関連記事)。デニソワ11は「デニー(Denny)」と呼ばれています。本論文はデニソワ11のゲノム解析に成功し、平均網羅率が2.6倍(高品質のゲノム配列とは言えません)で、X染色体と常染色体の網羅率が類似しているため、デニソワ11は女性と推定されています。また、デニソワ11は13歳以上で、年代は9万年前頃と推定されています。高網羅率の信頼性の高いゲノム配列は、デニソワ洞窟のデニソワ人(デニソワ3)およびネアンデルタール人(デニソワ5)と、クロアチアのヴィンディヤ洞窟(Vindija Cave)遺跡で発見されたネアンデルタール人(Vindija 33.19)から得られています。
本論文は、デニソワ11がゲノム配列ではどの系統に分類されるのか決定するために、アフリカ系現代人・デニソワ5(ネアンデルタール人)・デニソワ3(デニソワ人)と比較しました。その結果、デニソワ11のゲノムのうち、ネアンデルタール人は38.6%、デニソワ人は42.3%、アフリカ系現代人は1.2%一致しました。デニソワ11のゲノムのごくわずかなアフリカ系現代人要素は、ユーラシア東西のネアンデルタール人で確認されている現生人類との交雑を反映していると考えられます(関連記事)。デニソワ11のゲノムにおけるデニソワ人とネアンデルタール人の要素はほぼ同等で、ともに40%前後と50%近くになっています。これは、デニソワ11がネアンデルタール人とデニソワ人の交雑第一世代であることを示唆しています。
ただ、デニソワ11の両親自体が、デニソワ人とネアンデルタール人の交雑集団に属していた可能性もあります。本論文はこの問題の検証のため、デニソワ11のアレル(対立遺伝子)において、ネアンデルタール人由来のものとデニソワ人由来のものとがどのような比率で存在するのか、ネアンデルタール人とデニソワ人の交雑第一世代、および交雑第一世代同士の子である交雑第二世代で予想されるパターンと比較しました。その結果、デニソワ11は交雑第二世代より交雑第一世代のパターンの方にずっと近い、と明らかになりました。デニソワ11はmtDNAではネアンデルタール人に分類されますから、父親がデニソワ人で母親がネアンデルタール人となります。デニソワ11のゲノムにおけるネアンデルタール人由来の領域とデニソワ人の由来の領域が50%ずつにならないのは、比較対象となったネアンデルタール人個体(デニソワ5)とデニソワ人個体(デニソワ3)が直接の両親ではなく、それぞれ近縁ではあるものの、やや異なった系統の個体二人が両親となったからです。
上述したように、デニソワ人のデニソワ3には、ネアンデルタール人の遺伝的影響が見られます。デニソワ11のゲノム解析でも、デニソワ人の父親は300~600世代前にネアンデルタール人の遺伝的影響を受けた、と推定されました。異型接合性の比較から、デニソワ11の父親(デニソワ人)の系統に遺伝的影響を及ぼしたネアンデルタール人は、デニソワ11の母親であるネアンデルタール人とは異なる系統に由来した、と推測されています。
本論文は次に、デニソワ11の母親であるネアンデルタール人が、東方系(デニソワ5)と西方系(Vindija 33.19)のどちらに近縁なのか、検証するために東方系と西方系の派生的アレルと合致する、デニソワ11のアレルの割合が評価されました。その結果、デニソワ11が共有する派生的アレルの割合は、東方系とは12.4%、西方系とは19.6%です。デニソワ11の母親は、娘が東方系と同じ地域に居住していたにも関わらず、遠く離れた西方系の方と遺伝的に近縁だったわけです。デニソワ11の母親のネアンデルタール人系統は、東方系とはデニソワ5の存在した2万年前頃、西方系とは西方系個体(Vindija 33.19)の存在した4万年前頃に分岐した、と推定されています。デニソワ11の父親のデニソワ人系統とデニソワ3のデニソワ人系統との推定分岐年代は、デニソワ3の存在した7000年前頃です。ただ、これらの推定年代については、追加の交雑の影響を受けた可能性も考えられる、と指摘されています。そのため、今後これらの推定分岐年代が修正される可能性もありますが、現時点では、東方系ネアンデルタール人が9万年前頃以降にヨーロッパ西部へと拡散したか、西方系ネアンデルタール人が9万年前頃までにシベリア到達して、地域的なネアンデルタール人集団を部分的に置換した、と示唆されます。この問題の検証には、ヨーロッパ西部の早期ネアンデルタール人のゲノム解析が必要となります。
デニソワ11は、ネアンデルタール人系統とデニソワ人系統との少なくとも2回の交雑の直接的証拠を提示します。デニソワ11の父親の300~600世代前の交雑と、デニソワ11の両親の交雑です。デニソワ11の存在は、異なる系統の人類間の交雑が高頻度で起きていたことを示唆します。しかし、デニソワ人の分布範囲にはまだ不明な点が多いものの、大まかには、ネアンデルタール人はユーラシア西部、デニソワ人はユーラシア東部に居住しており、この地理的分布の違いが、両系統の高頻度の交雑にも関わらず、遺伝的に両系統が異なったまま存続した理由かもしれません。また、ネアンデルタール人とデニソワ人の交雑個体の適応度が、両系統の個体よりも低かった可能性があり、それも両系統が異なったまま存続した一因かもしれません。
参考文献:
Slon V. et al.(2018): The genome of the offspring of a Neanderthal mother and a Denisovan father. Nature, 561, 7721, 113–116.
https://doi.org/10.1038/s41586-018-0455-x
この記事へのコメント