さかのぼるマダガスカル島における人類の痕跡

 マダガスカル島における人類の痕跡は有力説よりさかのぼるかもしれない、と指摘した研究(Hansford et al., 2018)が報道されました。これまで、マダガスカル島への人類の到達は後期更新世になってからで、遅くとも2500年前までにはさかのぼる、とされていました。2400年以上前のキツネザルの骨には人為的な屠殺の痕跡が見られ、北部で発見された少数の細石器は4000年以上前と推定されています。ただ、アフリカ南部および東部のものと形態が類似したこれらの細石器の年代に関しては、直接的ではないことと、光刺激ルミネッセンス法(OSL)と放射性炭素測定法との間で年代が一致しない場合もあることから、確定的ではないとされています。マダガスカル島における人類の定住の考古学的証拠は1300年前から継続し、海岸の大半の居住は900年前から確認されています。考古学・遺伝学・言語学的データはすべて、マダガスカル島の住民は基本的にオーストロネシア人とアフリカ東部の人類集団に起源がある、と示しています(関連記事)。

 マダガスカル島における後期完新世人類到達説は、大型動物の絶滅の関連でも支持されています。完新世のマダガスカル島にはかつて、巨大キツネザル・カバ・ゾウガメ・巨大鳥などの大型動物が存在していましたが、体重10kg以上の動物は絶滅しました。これら大型動物の絶滅年代はすべて、2400~500年前頃と推定されており、人類の関与が想定されています。おそらく、マダガスカル島における大型動物の絶滅要因として、(卵の採集も含めて)狩猟など人類の活動の影響は大きかったと推測されますが、その程度について詳細は不明で、環境変動との関連も想定されます。また、湖底堆積物コアからは、マダガスカル島において後期完新世にかなりの生態系の変化が示唆されており、これも後期完新世人類到達説と整合的と言えるかもしれません。

 しかし本論文は、マダガスカル島の2ヶ所の地点で発見された、死亡前後の骨に加撃痕(chop mark)や解体痕(cut mark)や陥没骨折(depression fractures)といった人為的痕跡の見られる大型鳥の放射性炭素測定法による較正年代を報告し、後期完新世人類到達説に疑問を呈しています。対象となったのは、一方の場所で10721~10511年前のエピオルニス(Aepyornis maximus)で、もう一方の場所では6415~6282年前となる同じ科の別の大型鳥(Mullerornis sp.)です。マダガスカル島における人類の痕跡は、じゅうらいの有力説よりも、少なくとも6000年以上さかのぼることになります。

 本論文は、マダガスカル島における人類の到達が初期完新世となる1万年前頃までさかのぼるとすれば、人類と後に絶滅した大型動物との共存期間がじゅうらいの想定よりもずっと長くなる、と指摘します。じゅうらいは、たとえば人類の最初の到達から150年以内に絶滅したと推測されているニュージーランドのモアのように、マダガスカル島でも、人類の到達から比較的短い期間で大型動物が絶滅し、それは人類の関与が要因だった、と考えられていました。しかし、マダガスカル島における人類の居住が1万年以上前までさかのぼり、かりに居住が継続的だったとしたら、大型動物絶滅の様相は異なったものだった可能性があります。完新世のほとんどの期間で、絶滅した大型動物にたいして、人類はさほど悪影響を及ぼしていなかったことになるわけです。

 一方、マダガスカル島に1万年以上前から人類が存在したとすれば、なぜその痕跡がこれまで確認されなかったのか、また初期完新世の人類はどこから来て、マダガスカル島や他地域の現代の人々とどのような関係があるのか、またはないのか、といった新たな問題が生じます。本論文は、マダガスカル島において前期完新世の人類の痕跡が考古学的に検出されてこなかった要因として、マダガスカル島の考古学的調査が開地遺跡に比較的集中しており、前期完新世の堆積層は稀にしか検証されてこなかったので、前期完新世の人類の存在が見逃されてきた可能性を指摘しています。また本論文は、前期完新世のマダガスカル島の人類はモザンビーク海峡を横断した短期間の移住民なので、考古学的痕跡が発見されにくい、という可能性も提示しています。これらの問題の解明には、今後の発掘調査を俟たねばならないのでしょう。

 マダガスカル島の初期完新世の人類の起源も不明です。かりに、上述した短期間滞在説が妥当だとすると、アフリカ東部説が正しそうですが、人類遺骸の発見は期待できそうにないだけに、石器など遺物の発見と分析・比較が解明の手がかりになりそうです。かりに、マダガスカル島において初期完新世からかなりの期間継続的に人類の居住があったとすると、その起源はアフリカ東部である可能性が高そうではあるものの、マダガスカル島や他地域の現代の人々とどのような関係があるのか、またはないのか、といった問題も注目されます。

 現時点では、遺伝学的研究からは、マダガスカル島の住民に初期完新世に移住してきた人類の影響が残っている、との知見は得られていませんが、あるいは今後、こうした観点から検証が進めば、マダガスカル島において、初期完新世人類集団が現代人に遺伝的影響を及ぼしている可能性も、指摘されるようになるのかもしれません。もちろん、マダガスカル島の初期完新世人類集団が、ある程度の期間マダガスカル島に継続して居住したとしても、どこかの時点で絶滅したか、アフリカ東部やその他の地域に移住した可能性も考えられます。マダガスカル島の人類史は今後大きく修正されるかもしれず、研究の進展が注目されます。


参考文献:
Hansford J. et al.(2018): Early Holocene human presence in Madagascar evidenced by exploitation of avian megafauna. Science Advances, 4, 9, eaat6925.
http://doi.org/10.1126/sciadv.aat6925

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