髙橋昌明『武士の日本史』

 岩波新書(赤版)の一冊として、岩波書店より2018年5月に刊行されました。本書は武士を視点に据え、通俗的な日本史像・武士像を見直しています。著者は武士見直し論の代表的研究者の一人で、本書は著者の武士論の一般向け集大成といった感もあります。著者の他の著書をそれなりに読んできたので、私にとって本書の見解はとくに意外ではなかったのですが、古代から現代までを射程に入れ、武士成立論から武具や武士の道徳の変遷と多岐にわたって議論が展開されているので、改めて情報を整理できるとともに、新たに得た知見も多く、たいへん有益でした。

 著者の専門は中世史でもとくに前期なので、近世史や近現代史に関する本書の認識に関しては、専門家からは色々と異論があるかもしれません。それでも、門外漢には、本書の価値を大きく損ねるほどの瑕疵はなかった、と思えました。成立期を中心とした武士見直し論は一般層にもそれなりに浸透しているように思いますが、古代後期~中世前期は、戦国時代や幕末や近現代ほど一般層の関心は高くない時代でしょうから、本書の見解が意外というか新鮮に思えた読者は少なくいかもしれません。ただ、本書でも指摘されているように、著者の武士成立論には都偏重との批判も依然として多いようです。また、平氏政権を「六波羅幕府」と規定する著者の見解への賛同者は少ないようです。本書を読むうえで、これらの点は注意しておかねばならないでしょう。

 元々著者の武士見直し論は、武士成立における都の役割の重視といった古代~中世前期の問題に限らず、広く日本史像と武士像を見直す視野の広いもので、本書最大の魅力もその点にあると思います。本書は思想史、さらには日本人の武士に関する認識の変遷にもかなりの分量を割いており、武士の在り様や規範が中世初期と近世とで大きく異なるのに、近代以降の日本では、近世以降の武士道徳を基盤に近代になって創出されたような武士像・武士道徳が、広く国民の規範として持ち出され、日本人の意識を規定している、と指摘します。そうした規範が巨大な負の影響を及ぼしたという側面は多分にあるでしょうから、安易に「サムライ**」などと言ってしまう現代の社会風潮にたいして、懐疑的な視線を向けることは絶対に必要でしょう。

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