73000年前頃の描画(追記有)
73000年前頃の描画に関する研究(Henshilwood et al., 2018)が報道されました(報道1および報道2)。『ネイチャー』のサイトには解説記事が掲載されています。この研究はオンライン版での先行公開となります。抽象的な描画は、装飾品などと共に「現代的な」認知能力および行動の指標となります。以前は、そうした指標の出現は現生人類が4万年前頃に拡散した後のヨーロッパで始まる、と考えられていました。しかし現在では、5万年以上前のそうした指標が、アフリカを中心にユーラシアでも確認されており、さらには、現生人類(Homo sapiens)だけではなくネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)にも、そうした指標の一部が確認されています。
本論文は、そうした指標の新たな一例となる、南アフリカ共和国のブロンボス洞窟(Blombos Cave)で発見された、73000年前頃の長さ4cmとなる珪質礫岩の剥片を報告しています。この小剥片には、赤いオーカー(鉄分を多く含んだ粘土)で6本の線と3本の線による斜交平行模様が描かれていました。こうした模様は線刻でも見られ、しかも73000年以上前のものもあります。たとえば、ジャワ島の43万年以上前の貝で線刻が確認されており、ホモ属でも現生人類やネアンデルタール人ではなくエレクトス(Homo erectus)の所産と考えられています(関連記事)。73000年前よりは新しいものの、イベリア半島(関連記事)やクリミア半島(関連記事)ではネアンデルタール人の所産と考えられる線刻が確認されています。
一般的に、線刻の場合は肉を切り落とすなど他の行為の副産物にすぎない可能性もありますが、描画はむしろ意図的であることを否定するのが難しいと言えるでしょう。ブロンボス洞窟の小剥片の9本の線も、描画微視的・化学的・摩擦学的分析により、先端の幅が約1~3mmの尖ったオーカー片により描かれた意図的なものと判断されました。また、これらの線は小剥片の端で途切れており、大きな石(もしくは岩)の上に描かれた、もっと複雑な模様だった可能性も指摘されています。また、オーカーは顔料としてだけではなく、日焼け止めとしても用いられたと推測されています。
これは、描画としては現時点では世界最古の事例となります。これに近い年代の描画としては、一部が66000年以上前までさかのぼりそうなイベリア半島の洞窟壁画が知られており、ネアンデルタール人の所産と考えられています( 関連記事)。ただ、上記の報道1でも指摘されているように、この年代に疑問を呈する見解も提示されており、あるいはネアンデルタール人の所産ではないかもしれません。その次に古い描画は4万年前頃以降となり、相互に遠く離れたイベリア半島(関連記事)とインドネシアのスラウェシ島(関連記事)の洞窟で発見されています。ネアンデルタール人の所産とされているイベリア半島の洞窟壁画の事例を除けば、このブロンボス洞窟の小剥片の線は、抽象的な描画としては、現時点ではそれに次ぐ古さのものより3万年以上古いことになります。
すでにブロンボス洞窟では、この線の描かれた小剥片と同じスティルベイ(Still Bay)複合技術の石器と関連する層で、象徴的思考など「現代的な」認知能力の指標となるような遺物が発見されています。たとえば、貝製のビーズや幾何学模様の刻まれたオーカーです。こうした幾何学的な線の模様は、オーカーに刻まれたり石に描かれたりしていたわけで、さまざまな媒体にさまざまな技術で抽象的な表現が描かれていたことになり、初期現生人類の「現代的」認知能力の新たな事例になるとともに、柔軟性を示している、とも言えるかもしれません。
問題となるのは、7万年以上前には抽象的な幾何学模様は描かれていたものの、形象的表現はまだ見られないことです。上述の6万年以上前のイベリア半島の洞窟壁画を認めるとしても、形象的な壁画の年代はまだ不明です。現時点では、年代の確実な形象的表現は4万年前頃以降にしか確認されておらず、しかも近い年代に、相互に遠く離れたヨーロッパ西部と東南アジアで出現します。現生人類はこうした形象的表現を各地で独自に開発したのか、それともアフリカにおいて、もしくはアフリカからの拡散経路のどこかで開発して広まったのか、今後の研究の進展が注目されます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
【考古学】ヒトが初めて描いたのは石器時代の「ハッシュタグ」?
ヒトによる最古の描画とされる赤い斜交平行模様が南アフリカ共和国で出土したことを報告する論文が、今週掲載される。
南アフリカ共和国のケープタウンの東方の南海岸沿いにあるブロンボス洞窟では、行動的現生人類の文化活動を示す最古の証拠の一部が見つかっている。この洞窟では、10万~7万年前のものとされる初期人類の人工遺物が大量に発見されており、例えば、貝殻ビーズ、彫り込みのある黄土土器の破片、予熱されたシルクリート(砂と礫が膠結してできたきめの細かい礫岩)から作られた道具がある。
今回、Christopher Henshilwoodたちの研究グループは、研削されて表面が滑らかになったシルクリートの薄片に6本の線と3本の線による斜交平行模様が、赤色オーカー顔料で意図的に描かれていたことを発見したと報告している。これらの線は、薄片の端で途切れており、もっと大きな薄片上に描かれた模様の一部であったことが示唆されており、模様全体は、もっと複雑なものであった可能性がある。Henshilwoodたちは、この模様を再現する実験を行い、その結果に基づいて、先端の幅が約1~3ミリメートルというとがったオーカークレヨンを使って描かれたという結論を導き出した。
この描画が出土したブロンボス洞窟内の73000年前の堆積層からは、これまでに彫り込みのある黄土土器の破片が発見されており、この描画は、アフリカ、ヨーロッパ、東南アジアで発見されている抽象的描画や図形的描画を少なくとも3万年さかのぼる。今回の研究で得られた知見は、アフリカ南部の初期ホモ・サピエンスがいろいろな手法でさまざまな媒体を使ったグラフィックデザインを行う能力を有していたことを実証している。
参考文献:
Henshilwood CS. et al.(2018): An abstract drawing from the 73,000-year-old levels at Blombos Cave, South Africa. Nature, 562, 7725, 115–118.
https://doi.org/10.1038/s41586-018-0514-3
追記(2018年9月15日)
ナショナルジオグラフィックでも報道されました。
本論文は、そうした指標の新たな一例となる、南アフリカ共和国のブロンボス洞窟(Blombos Cave)で発見された、73000年前頃の長さ4cmとなる珪質礫岩の剥片を報告しています。この小剥片には、赤いオーカー(鉄分を多く含んだ粘土)で6本の線と3本の線による斜交平行模様が描かれていました。こうした模様は線刻でも見られ、しかも73000年以上前のものもあります。たとえば、ジャワ島の43万年以上前の貝で線刻が確認されており、ホモ属でも現生人類やネアンデルタール人ではなくエレクトス(Homo erectus)の所産と考えられています(関連記事)。73000年前よりは新しいものの、イベリア半島(関連記事)やクリミア半島(関連記事)ではネアンデルタール人の所産と考えられる線刻が確認されています。
一般的に、線刻の場合は肉を切り落とすなど他の行為の副産物にすぎない可能性もありますが、描画はむしろ意図的であることを否定するのが難しいと言えるでしょう。ブロンボス洞窟の小剥片の9本の線も、描画微視的・化学的・摩擦学的分析により、先端の幅が約1~3mmの尖ったオーカー片により描かれた意図的なものと判断されました。また、これらの線は小剥片の端で途切れており、大きな石(もしくは岩)の上に描かれた、もっと複雑な模様だった可能性も指摘されています。また、オーカーは顔料としてだけではなく、日焼け止めとしても用いられたと推測されています。
これは、描画としては現時点では世界最古の事例となります。これに近い年代の描画としては、一部が66000年以上前までさかのぼりそうなイベリア半島の洞窟壁画が知られており、ネアンデルタール人の所産と考えられています( 関連記事)。ただ、上記の報道1でも指摘されているように、この年代に疑問を呈する見解も提示されており、あるいはネアンデルタール人の所産ではないかもしれません。その次に古い描画は4万年前頃以降となり、相互に遠く離れたイベリア半島(関連記事)とインドネシアのスラウェシ島(関連記事)の洞窟で発見されています。ネアンデルタール人の所産とされているイベリア半島の洞窟壁画の事例を除けば、このブロンボス洞窟の小剥片の線は、抽象的な描画としては、現時点ではそれに次ぐ古さのものより3万年以上古いことになります。
すでにブロンボス洞窟では、この線の描かれた小剥片と同じスティルベイ(Still Bay)複合技術の石器と関連する層で、象徴的思考など「現代的な」認知能力の指標となるような遺物が発見されています。たとえば、貝製のビーズや幾何学模様の刻まれたオーカーです。こうした幾何学的な線の模様は、オーカーに刻まれたり石に描かれたりしていたわけで、さまざまな媒体にさまざまな技術で抽象的な表現が描かれていたことになり、初期現生人類の「現代的」認知能力の新たな事例になるとともに、柔軟性を示している、とも言えるかもしれません。
問題となるのは、7万年以上前には抽象的な幾何学模様は描かれていたものの、形象的表現はまだ見られないことです。上述の6万年以上前のイベリア半島の洞窟壁画を認めるとしても、形象的な壁画の年代はまだ不明です。現時点では、年代の確実な形象的表現は4万年前頃以降にしか確認されておらず、しかも近い年代に、相互に遠く離れたヨーロッパ西部と東南アジアで出現します。現生人類はこうした形象的表現を各地で独自に開発したのか、それともアフリカにおいて、もしくはアフリカからの拡散経路のどこかで開発して広まったのか、今後の研究の進展が注目されます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
【考古学】ヒトが初めて描いたのは石器時代の「ハッシュタグ」?
ヒトによる最古の描画とされる赤い斜交平行模様が南アフリカ共和国で出土したことを報告する論文が、今週掲載される。
南アフリカ共和国のケープタウンの東方の南海岸沿いにあるブロンボス洞窟では、行動的現生人類の文化活動を示す最古の証拠の一部が見つかっている。この洞窟では、10万~7万年前のものとされる初期人類の人工遺物が大量に発見されており、例えば、貝殻ビーズ、彫り込みのある黄土土器の破片、予熱されたシルクリート(砂と礫が膠結してできたきめの細かい礫岩)から作られた道具がある。
今回、Christopher Henshilwoodたちの研究グループは、研削されて表面が滑らかになったシルクリートの薄片に6本の線と3本の線による斜交平行模様が、赤色オーカー顔料で意図的に描かれていたことを発見したと報告している。これらの線は、薄片の端で途切れており、もっと大きな薄片上に描かれた模様の一部であったことが示唆されており、模様全体は、もっと複雑なものであった可能性がある。Henshilwoodたちは、この模様を再現する実験を行い、その結果に基づいて、先端の幅が約1~3ミリメートルというとがったオーカークレヨンを使って描かれたという結論を導き出した。
この描画が出土したブロンボス洞窟内の73000年前の堆積層からは、これまでに彫り込みのある黄土土器の破片が発見されており、この描画は、アフリカ、ヨーロッパ、東南アジアで発見されている抽象的描画や図形的描画を少なくとも3万年さかのぼる。今回の研究で得られた知見は、アフリカ南部の初期ホモ・サピエンスがいろいろな手法でさまざまな媒体を使ったグラフィックデザインを行う能力を有していたことを実証している。
参考文献:
Henshilwood CS. et al.(2018): An abstract drawing from the 73,000-year-old levels at Blombos Cave, South Africa. Nature, 562, 7725, 115–118.
https://doi.org/10.1038/s41586-018-0514-3
追記(2018年9月15日)
ナショナルジオグラフィックでも報道されました。
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