ネアンデルタール人の絶滅における気候変動の影響
ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の絶滅における気候変動の影響に関する研究(Staubwasser et al., 2018)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。ヨーロッパにおいてネアンデルタール人は4万年前頃までに絶滅した、と推測されていますが(関連記事)、イベリア半島では37000年前頃まで生存していた、との見解も提示されています(関連記事)。ネアンデルタール人の絶滅理由に関してはさまざまな仮説が提示されていますが(関連記事)、気候寒冷化は以前から有力説の一つと言えるように思います。
本論文は、ヨーロッパ中央部~東部となるルーマニアの、アスクンサ洞窟(Ascunsă Cave)とタウソアレ洞窟(Tăușoare Cave)の二次生成物を分析し、ネアンデルタール人の滅亡に近い時期のヨーロッパの古気候を復元しました。ヨーロッパにおけるネアンデルタール人の絶滅は、ネアンデルタール人から現生人類(Homo sapiens)への移行であり、考古学的には中部旧石器時代~上部旧石器時代への移行(MUPT)とみなされています。MUPTはグリーンランド亜氷期12(GS12)~GS8に相当します。
本論文がとくに注目しているのは、暦年代で44300~43300年前となるGS12と、40800~40200年前となるGS10で、既知および新たに得られた古気候データと考古学的記録とを照合しています。この時期にはともに、寒冷化と乾燥化が進み、森林が縮小して草原が拡大しました。GS12には、ドナウ川中流および上流地域で文化的に(ほぼ)不毛な層が確認されます。中部旧石器時代のネアンデルタール人が担い手と見られるムステリアン(Mousterian)の記録が消滅し、文化的に不毛な層を挟んで、その上に現生人類が担い手と見られる上部旧石器時代のオーリナシアン(Aurignacian)の記録が見られます。一部では、ムステリアンが消滅して文化的不毛層を挟んでムステリアンが再出現しますが、ドナウ川中流および上流地域では、GS12にネアンデルタール人がおおむね消滅したようで、MUPTもこの時期のことと考えられます。
一方、ヨーロッパ西部ではGS12の影響がさほど深刻ではなかった、と示唆されており、イベリア半島北部のいくつかの考古学的記録から、文化的不毛層はGS11と同年代で、シャテルペロニアン(Châtelperronian)とオーリナシアンの間に挟まれている、と指摘されています。シャテルペロニアンの担い手については色々と議論がありますが、少なくともその一部はネアンデルタール人が担い手と考えて間違いなさそうです(関連記事)。シャテルペロニアンが最後まで続いた地域では、シャテルペロニアンとオーリナシアンとの間の文化的不毛層は、年代的にはほぼGS10に相当します。
GS12の影響はヨーロッパ全域で一様だったわけではなく、ヨーロッパのネアンデルタール人の絶滅も、地域的な違いが見られるようですが、本論文は、寒冷化と乾燥化が進展し、森林が縮小して草原が拡大した時期に、ネアンデルタール人が担い手と考えられる文化層と現生人類が担い手と考えられる文化層の間に文化的不毛層が広範に見られることを重視しています。ネアンデルタール人の食性は現生人類よりも多様性に乏しかった可能性があり、そのために大きな環境変動に適応できなかったのではないか、と本論文は推測しています。一方、現生人類は、草原環境にもネアンデルタール人より上手く適応できたのではないか、と本論文は推測しています。
ネアンデルタール人の絶滅に関する仮説として、気候寒冷化と、ネアンデルタール人が現生人類よりも環境変動への適応力で劣っていたことを強調する見解は、主流的と言えるかもしれません。その意味で、本論文の見解は多くの人に受け入れられやすいかもしれません。ただ、この研究に関わっていないハーヴァティ(Katerina Harvati)氏は、ヨーロッパにおける現生人類の拡散起点となっただろう南東部からの新たな気候データは有益と認めつつも、本論文の提示した証拠は限定的で、議論の対象になっている、と指摘しています。現生人類アフリカ単一起源説の大御所であるストリンガー(Chris Stringer)氏は、ネアンデルタール人の絶滅に関しては他の要因も作用している、と指摘しています。ネアンデルタール人の絶滅要因とその過程については、今後も議論が続いていくでしょうし、その前提として、より正確な遺跡の年代を蓄積していくことが必要となるでしょう。
参考文献:
Staubwasser M. et al.(2018): Impact of climate change on the transition of Neanderthals to modern humans in Europe. PNAS, 115, 37, 9116–9121.
https://doi.org/10.1073/pnas.1808647115
本論文は、ヨーロッパ中央部~東部となるルーマニアの、アスクンサ洞窟(Ascunsă Cave)とタウソアレ洞窟(Tăușoare Cave)の二次生成物を分析し、ネアンデルタール人の滅亡に近い時期のヨーロッパの古気候を復元しました。ヨーロッパにおけるネアンデルタール人の絶滅は、ネアンデルタール人から現生人類(Homo sapiens)への移行であり、考古学的には中部旧石器時代~上部旧石器時代への移行(MUPT)とみなされています。MUPTはグリーンランド亜氷期12(GS12)~GS8に相当します。
本論文がとくに注目しているのは、暦年代で44300~43300年前となるGS12と、40800~40200年前となるGS10で、既知および新たに得られた古気候データと考古学的記録とを照合しています。この時期にはともに、寒冷化と乾燥化が進み、森林が縮小して草原が拡大しました。GS12には、ドナウ川中流および上流地域で文化的に(ほぼ)不毛な層が確認されます。中部旧石器時代のネアンデルタール人が担い手と見られるムステリアン(Mousterian)の記録が消滅し、文化的に不毛な層を挟んで、その上に現生人類が担い手と見られる上部旧石器時代のオーリナシアン(Aurignacian)の記録が見られます。一部では、ムステリアンが消滅して文化的不毛層を挟んでムステリアンが再出現しますが、ドナウ川中流および上流地域では、GS12にネアンデルタール人がおおむね消滅したようで、MUPTもこの時期のことと考えられます。
一方、ヨーロッパ西部ではGS12の影響がさほど深刻ではなかった、と示唆されており、イベリア半島北部のいくつかの考古学的記録から、文化的不毛層はGS11と同年代で、シャテルペロニアン(Châtelperronian)とオーリナシアンの間に挟まれている、と指摘されています。シャテルペロニアンの担い手については色々と議論がありますが、少なくともその一部はネアンデルタール人が担い手と考えて間違いなさそうです(関連記事)。シャテルペロニアンが最後まで続いた地域では、シャテルペロニアンとオーリナシアンとの間の文化的不毛層は、年代的にはほぼGS10に相当します。
GS12の影響はヨーロッパ全域で一様だったわけではなく、ヨーロッパのネアンデルタール人の絶滅も、地域的な違いが見られるようですが、本論文は、寒冷化と乾燥化が進展し、森林が縮小して草原が拡大した時期に、ネアンデルタール人が担い手と考えられる文化層と現生人類が担い手と考えられる文化層の間に文化的不毛層が広範に見られることを重視しています。ネアンデルタール人の食性は現生人類よりも多様性に乏しかった可能性があり、そのために大きな環境変動に適応できなかったのではないか、と本論文は推測しています。一方、現生人類は、草原環境にもネアンデルタール人より上手く適応できたのではないか、と本論文は推測しています。
ネアンデルタール人の絶滅に関する仮説として、気候寒冷化と、ネアンデルタール人が現生人類よりも環境変動への適応力で劣っていたことを強調する見解は、主流的と言えるかもしれません。その意味で、本論文の見解は多くの人に受け入れられやすいかもしれません。ただ、この研究に関わっていないハーヴァティ(Katerina Harvati)氏は、ヨーロッパにおける現生人類の拡散起点となっただろう南東部からの新たな気候データは有益と認めつつも、本論文の提示した証拠は限定的で、議論の対象になっている、と指摘しています。現生人類アフリカ単一起源説の大御所であるストリンガー(Chris Stringer)氏は、ネアンデルタール人の絶滅に関しては他の要因も作用している、と指摘しています。ネアンデルタール人の絶滅要因とその過程については、今後も議論が続いていくでしょうし、その前提として、より正確な遺跡の年代を蓄積していくことが必要となるでしょう。
参考文献:
Staubwasser M. et al.(2018): Impact of climate change on the transition of Neanderthals to modern humans in Europe. PNAS, 115, 37, 9116–9121.
https://doi.org/10.1073/pnas.1808647115
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