人類史上少なくとも2回独立して起きた島嶼化(追記有)

 インドネシア領フローレス島の小柄な(平均身長約145cm)人類集団ランパササ(Rampasasa)のDNA解析結果に関する研究(Tucci et al., 2018)が報道されました。『サイエンス』のサイトには解説記事が掲載されています。ランパササ集団は「ピグミー」とも呼ばれます。ピグミーとは、本来はアフリカの熱帯雨林地域の狩猟採集民集団を指しますが、人類も含む小柄な生物集団をピグミーと呼ぶことは珍しくなく、本論文の表題にも用いられています。

 本論文は、ランパササ集団32人全員の250万ヶ所の一塩基多型を解析し、10人の完全なゲノムを配列しました。その結果、興味深いことが明らかになりました。脂肪酸代謝に関与するFADS(脂肪酸不飽和化酵素)関連遺伝子では、最近の正の選択が確認されました。これは、フローレス島に到達したランパササ集団系統が、小型ゾウや海産物などを食べるようになった、食性の変化と関連しているのではないか、と推測されています。

 注目されるのは、ランパササ集団の低身長の遺伝的理由です。身長は多遺伝子性で(もちろん、栄養状態もひじょうに重要ですが)、ヨーロッパ系現代人では多くの身長関連遺伝子が同定されています。これらのうち、ランパササ集団では、低身長と関連する遺伝的多様体が高頻度で見られる、と明らかになりました。ランパササ集団は、5万年前頃?のメラネシアへの現生人類(Homo sapiens)最初の到達、過去5000年間の東アジアとニューギニアからの移住により形成され、遺伝的には東アジア系現代人と最近縁となります。東アジア系現代人にも、ヨーロッパ系現代人で確認された低身長と関連する遺伝的多様体は見られますが、その頻度はランパササ集団よりずっと低くなっています。

 これは、ランパササ集団が、ヨーロッパ系や東アジア系との分岐後に、身長を低下させるような選択圧を受けてきたことを示唆します。そうした選択圧が生じた理由として考えられるのは島嶼化です。島嶼化は生物で広く見られる現象です。比較的小さな島で食料や捕食者が少ない時に、大型動物は小型化し、小型動物は大型化します。たとえばフローレス島では、ラットが巨大化してネコのようなサイズに、ゾウが小型化して大きなブタ程度の体重になりました。キプロス島では、カバがアシカのサイズにまで縮小ました。もちろん、じっさいにフローレス島で島嶼化が進行したことを確証するには、周辺地域も含めて、ランパササ集団の祖先の古代DNAの解析が必要となるでしょうが、現時点での証拠からは、ランパササ集団の低身長はフローレス島における島嶼化の実例である可能性がきわめて高い、と言えそうです。現生人類における島嶼化による小型化は、アンダマン諸島でも起きた可能性が指摘されています。

 注目されるのは、フローレス島には5万年前頃まで、現生人類とは大きく異なる系統と思われるホモ属集団が存在していたことです(関連記事)。このホモ属集団はフロレシエンシス(Homo floresiensis)と分類されています。フロレシエンシスはランパササ集団よりも平均身長は低く、約106cmです。フロレシエンシスの低身長も、以前から島嶼化の実例と考えられていました。フローレス島で異なる人類集団がともに低身長であることから、フロレシエンシスが後続のランパササ集団に遺伝的影響を与えた可能性も想定されます。しかし、上述したように、ランパササ集団に高頻度で見られる低身長と関連する遺伝的多様体は、ヨーロッパ系および東アジア系現代人でも見られ、少なくともある時点以降の現生人類系統において共通するものだと考えられます。そのため、フロレシエンシスがランパササ集団に低身長と関連する遺伝的多様体を伝えた可能性は低そうです。

 本論文は、フロレシエンシスがランパササ集団に遺伝的影響を与えたのか、間接的証拠だけではなく、具体的に検証しています。フロレシエンシスのDNA解析には成功していないので、フロレシエンシスと現代人とのゲノムを直接比較することはできません。そこで本論文は、現生人類と交雑したことが明らかになっているネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)および種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)のゲノムを参照し、ランパササ集団に(遺伝学的に)未知の人類系統の遺伝的影響が見られるのか、検証しました。その結果、ランパササ集団は、ネアンデルタール人の遺伝的影響をある程度、それよりも少ないながらもデニソワ人の遺伝的影響も受けているものの、未知の人類系統の遺伝的影響は受けていない、と明らかになりました。そのため本論文は、ランパササ集団はフロレシエンシスの遺伝的影響を受けていない、と結論づけています。

 ただ、デニソワ人の人類進化史上における位置づけについては異論もあり、ランパササ集団の祖先系統と交雑した非現生人類系統がネアンデルタール人とデニソワ人のみだからといって、ランパササ集団とフロレシエンシスとの遺伝的近縁性が否定されるのか、やや判断に迷うところです。デニソワ人に関しては、分類学的実態を有さず、唯一確認されている南シベリアのアルタイ地域の個体群は、ネアンデルタール人と別の古代型ホモ属とが交雑して形成されたのであり、その古代型ホモ属と近縁の集団が東南アジアに存在し、デニソワ人と共通するゲノム領域をニューギニアやオーストラリアの現代人系統にもたらした、との見解が提示されています(関連記事)。この古代型ホモ属については東南アジアのエレクトスが想定されており、もしそうだとすると、フロレシエンシスが東南アジアのエレクトスから進化した可能性はじゅうぶん考えられますから、本論文の想定以上に、ランパササ集団とフロレシエンシスとの遺伝的関係は近いかもしれません。とはいっても、ランパササ集団にとって、フロレシエンシスよりもネアンデルタール人の方が遺伝的関係はずっと近いことになりますが。

 本題から外れてしまいましたが、デニソワ人の人類進化史における位置づけがどうなろうとも、人類進化史において、フロレシエンシスとランパササ集団がそれぞれ異なる島嶼化を経験した可能性はきわめて高そうです。島嶼化は人類進化史において少なくとも2回独立して起きたわけで、人類系統においても他の動物と同じく島嶼化はじゅうぶん起き得るものだったのでしょう。なお、フロレシエンシスの手首と足は同じホモ属でも現生人類やエレクトス(Homo erectus)とは異なり、それは木登り能力の高さと関係があるかもしれない、と指摘されています。フロレシエンシスは、コモドオオトカゲ(コモドドラゴン)より逃れるために木に登っていたのではないか、というわけです。この木登り能力の高さは、フロレシエンシスの起源とも関わってきそうですが、この問題については、今後新たな情報を得たら当ブログにて取り上げる予定です。


参考文献:
Tucci S. et al.(2018): Evolutionary history and adaptation of a human pygmy population of Flores Island, Indonesia. Science, 361, 6401, 511-516.
https://dx.doi.org/10.1126/science.aar8486


追記(2018年8月6日)
 ナショナルジオグラフィックでも報道されました。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック