ネアンデルタール人とデニソワ人の交雑第一世代(追記有)

 ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と種区分未定のデニソワ人(Denisovan)の交雑第一世代個体に関する研究(Slon et al., 2018)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。『ネイチャー』のサイトには解説記事(Warren., 2018)が掲載されています。この研究はオンライン版での先行公開となります。デニソワ人については以前まとめたことがありますが(関連記事)、ロシアの南シベリアのアルタイ地域のデニソワ洞窟(Denisova Cave)でしか確認されていません。ネアンデルタール人系統とデニソワ人系統との分岐年代は、本論文では39万年以上前とされていますが、43万年以上前にさかのぼる可能性はきわめて高く、おそらくは遅くとも50万年以上前には分岐していたと思います(関連記事)。

 本論文は、デニソワ洞窟で発見されたホモ属の骨(Denisova 11)のゲノムを解析しました。すでに、デニソワ11のミトコンドリアDNA(mtDNA)は解析されており、ネアンデルタール人と分類されています(関連記事)。デニソワ11はこの研究では「デニー(Denny)」と呼ばれています。デニーの遺骸は重量1.68g・長さ24.7mm・幅8.89mの骨で、その厚さから13歳以上と推定されています。デニーの年代は放射性炭素年代測定法の限界(5万年前頃まで)を超えており、DNA解析による比較から9万年前頃と推定されています。デニーは性染色体の分析から女性と推測されています。デニーの遺骸に関しては、ハイエナの胃を短時間通過した可能性が指摘されており、ハイエナに殺されたのかもしれませんが、死因は不明とされています。

 本論文は、デニーのゲノム解析に成功し、新たな情報を明らかにしました。デニーの遺伝的構成は、デニソワ洞窟のネアンデルタール人が38.6%、デニソワ人が42.3%、アフリカ系現代人が1.2%と推定されています。デニーのアフリカ系現代人要素は、ユーラシア東西のネアンデルタール人で確認されている現生人類(Homo sapiens)との交雑を反映していると考えられます(関連記事)。すでに、デニソワ人とネアンデルタール人との交雑はデニソワ人の1個体で確認されていましたが、他のデニソワ人個体ではまだ確認されていませんでした(関連記事)。注目されるのは、デニーのゲノムにおいて、デニソワ人とネアンデルタール人の遺伝的影響が共にほぼ等しく、しかも約40%と半分に近いことです。これは、すでに高品質なゲノム配列が得られているデニソワ洞窟のネアンデルタール人系統とデニソワ人系統との直接の交雑ではないとしても、両親がネアンデルタール人系統とデニソワ人系統であることを強く示唆します。つまり、デニーはネアンデルタール人とデニソワ人の交雑第一世代の可能性が高い、というわけです。デニーは、母系遺伝のmtDNAではネアンデルタール人に分類されるので、母親がネアンデルタール人、父親がデニソワ人となります。これは、異なる人類系統間の交雑第一世代としては初の確認事例となります。これまで、異なる人類系統間の交雑が確認されていて、その交雑が最も近い世代で起きた個体はルーマニアで発見された現生人類で(関連記事)、ネアンデルタール人系統との4代~6代前の交雑が推定されています。

 ただ、デニーの両親自体が、デニソワ人とネアンデルタール人の交雑集団に属していた可能性もあります。本論文は、両方の仮説の検証のため、ネアンデルタール人とデニソワ人の遺伝子が異なるゲノム領域を調べ、デニーと比較しました。その結果、40%以上の場合で、DNA断片はネアンデルタール人のゲノムと一致する一方で、他方ではデニソワ人のゲノムと一致しました。これは、デニーが染色体の1セットをネアンデルタール人とデニソワ人それぞれから継承したことを示唆します。つまり、デニーの両親はネアンデルタール人とデニソワ人で、デニーは交雑第一世代である可能性が高い、というわけです。

 古代型ホモ属でDNA解析に成功している個体は少なく、デニソワ人は4個体分しか確認されていません(関連記事)。デニソワ人がまだデニソワ洞窟でしか確認されていない一方で、ネアンデルタール人はユーラシア西部で広範に確認されています。両者の生息範囲はアルタイ地域で重なりますが、遭遇頻度は低かったのではないか、と推測されています。その中で両系統間の交雑第一世代が確認されたわけですから、デニソワ人とネアンデルタール人の間も含めて、異なる人類系統間の交雑は一般的だったと考えられます。しかし、そうだとすると、交雑が一般的だったのになぜデニソワ人とネアンデルタール人は数十万年も遺伝的に異なったままだったのか、という疑問が生じます。その理由としては、交雑個体は低い繁殖能力や他の要因で適応度が低かった、という可能性が指摘されています。また、ネアンデルタール人もデニソワ人も現生人類よりも遺伝的多様性が低かったので、交雑により遺伝的多様性を確保した可能性も指摘されています。異なる人類系統間の交雑に関しては、どのように起きたのか、という問題も提起されています。たとえば、両者の間に合意があったのか、定かではありません。

 デニーの母親であるネアンデルタール人は遺伝的に、デニソワ洞窟のネアンデルタール人よりもクロアチアのネアンデルタール人の方とずっと近縁でした。デニソワ洞窟のネアンデルタール人は122000年前頃、クロアチアのネアンデルタール人は52000年前頃と推定されています(関連記事)。そのため、ヨーロッパのネアンデルタール人がデニーの誕生前にアルタイ地域に到達して先住のネアンデルタール人と部分的に置換したか、デニーの誕生後にアルタイ地域のネアンデルタール人がヨーロッパに到達した可能性が想定されます。ネアンデルタール人はユーラシアの東西間を広く移動していたのではないか、というわけです。異なる人類系統間の交雑第一世代が見つかる可能性はきわめて低いと思っていたので、本論文にはたいへん驚きましたし、本当に貴重な研究成果だと思います。古代DNA研究の進展は目覚ましく、ほとんど追いつけていない状況なのですが、少しでも多く最新の知見を得ていくようにしたいものです。


参考文献:
Slon V. et al.(2018): The genome of the offspring of a Neanderthal mother and a Denisovan father. Nature, 561, 7721, 113–116.
https://doi.org/10.1038/s41586-018-0455-x

Warren M.(2018): Mum’s a Neanderthal, Dad’s a Denisovan: First discovery of an ancient-human hybrid. Nature, 560, 7719, 417–418.
https://doi.org/10.1038/d41586-018-06004-0


追記(2018年8月24日)
 ナショナルジオグラフィックでも報道されました。



追記(2018年9月6日)
 論文が『ネイチャー』本誌に掲載されたので、以下に『ネイチャー』の日本語サイトから引用します。



遺伝学:ネアンデルタール人の母親とデニソワ人の父親を持つ個体のゲノム

Cover Story:古代ヒト族の混血個体:ネアンデルタール人の母親とデニソワ人の父親を持つ第一世代の個体

 今回V SlonとS Pääboたちは、ネアンデルタール人とデニソワ人を両親に持つ第一世代の個体のゲノムを提示している。この太古の若者のゲノムは、シベリアのアルタイ山脈のデニソワ洞窟で発掘された骨片から得られた。この骨片は今から9万〜5万年前に死亡した若い女性のもので、死亡時の年齢は少なくとも13歳以上であったと見られる。ネアンデルタール人とデニソワ人はユーラシアで共存していて、両方の血を受け継いだ標本はこれまでにいくつか見つかっている。しかし今回、第一世代の個体が初めて発見され、ネアンデルタール人とデニソワ人の交配を示す直接証拠が得られた。著者たちは、ネアンデルタール人とデニソワ人の交配は、両集団が出会った際にはありふれた事象であった可能性があるが、そうした集団間の関わりは限定的であったため、遺伝的な独自性は維持できていたと示唆している。

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