酵母細胞の染色体融合


 酵母細胞の染色体融合に関する論文2本が公表されました。真核生物のゲノムは染色体で分割されますが、その数は種によって異なります。たとえば、ヒトの染色体は23対、類人猿は24対であるのに対し、雄のトビキバハリアリは1対しか持っていません。昆虫では種間の染色体数が大きく異なります。こうした種差の原因は、偶発的なテロメア融合やゲノム重複事象である可能性がひじょうに高いのですが、染色体が複数あることの利点・染色体の総数の変化に対する生物種の耐性については、まだ解明されていません。

 一方の研究(Shao et al., 2018)は、機能を備えた、染色体が1本だけの酵母を、16本の線状染色体を含む出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)一倍体細胞で、染色体の末端同士の融合とセントロメアの削除を連続的に行なうことにより作製しました。16本の無傷状態の線状染色体を融合して1本の単一染色体にすると、セントロメアに関連する染色体間相互作用の全て、テロメアに関連する染色体間相互作用の大部分、染色体内相互作用の67.4%が失われるため、染色体の全体的な三次元構造に顕著な変化が生じます。しかし、染色体を1本だけ持つ酵母細胞と野生型酵母細胞は、ほぼ同一のトランスクリプトームと類似したフェノームプロフファイルを持っていました。この巨大な1本の染色体は細胞の生命を支えることができるものの、これを含む酵母株はさまざまな環境での増殖が遅く、競争力・配偶子産生能・生存能力が低下しています。この研究は、染色体の構造と機能に関して、真核生物の進化を調べる手法の1つを実証したものだ、と評価されています。

 もう一方の研究(Luo et al., 2018)は、CRISPR–Cas9を用いた酵母染色体の融合に成功し、16本から2本までの範囲で徐々に染色体数を減少させた、一連のほぼ同質遺伝子系統の酵母株を作製しました。約6メガ塩基の染色体を2本持つ株では、トランスクリプトームに多少の変化が見られたものの、大きな異常を示さず増殖しました。さらに、16本の染色体を持つ株を、染色体数がより少ない株と交配させたさいに、2つの傾向が明らかになりました。染色体数が16本より減少すると、胞子の生存率は顕著に低下し、染色体が12本の株では10%未満となりました。染色体数がさらに減少すると、酵母の胞子形成は停止しました。染色体が16本の株と8本の株とを交配させると、完全な四分子形成が大きく減少し、胞子形成が1%未満になり、そこから生存能力のある胞子は得られませんでした。しかし、8本、4本あるいは2本の染色体を持つ株同士の間での同型交配では、優れた胞子形成が行なわれ、生存能力を有する胞子が産生されました。これらの結果から、8つの染色体間の融合事象は生殖能を持つ酵母株を隔離するのに充分だと示されました。出芽酵母は、予想以上によく染色体数の減少を許容していた、というわけです。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。


【遺伝学】酵母細胞の適応度を大きく損なうことなくその染色体を融合させる

 酵母の染色体は通常は16本だが、わずか1本あるいは2本の染色体しか持たない新しい酵母株が作られたことを報告する2編の論文が、今週掲載される。

 真核生物のゲノムは、染色体で分割されるが、その数は種によって異なる。例えば、ヒトの染色体は23対、類人猿は24対であるのに対し、雄のトビキバハリアリは1対しか持っていない。こうした種差の原因は、偶発的なテロメア融合やゲノム重複事象である可能性が非常に高いのだが、染色体が複数あることの利点、そして染色体の総数の変化に対する生物種の耐性については解明されていない。

 これら2編の論文の著者は、CRISPR-Cas9技術を用いて、出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)のゲノムを編集して新しい酵母株を作製し、その都度、染色体の数を徐々に減らしていった。Zhongjun Qinたちの研究グループは、全ての遺伝情報が1本の染色体に統合された新しい酵母株を作製し、Jef Boekeたちの研究グループは、独自に2本の染色体を有する酵母株を作製した。v

 融合が起こると染色体の3次元構造が大きく変化するが、これらの新しい酵母株は、わずかな数の非必須遺伝子の欠失を除けば、正常なS. cerevisiaeと同じ遺伝物質を含んでいる。これらの修飾された酵母細胞は、予想外にロバストで、さまざまな条件下で培養しても重大な増殖異常は起こらなかった。しかし、融合した染色体を持つ酵母株は、適応度がわずかに損なわれており、有性生殖に欠陥があるため、修飾されていない酵母株との競争ですぐに敗れる可能性がある。以上の研究知見は、染色体の数が多いことの利点を説明する第1歩になるかもしれない。


ゲノム編集:機能を備えた、染色体を1本だけ持つ酵母を作り出す

ゲノム編集:染色体融合による核型の改変は酵母の生殖隔離を引き起こす

ゲノム編集:酵母細胞では染色体の数を減らしてもその適応度にはほとんど影響がない

 真核生物の染色体の数は種によって大きく異なっている。だが、さまざまな種が染色体数の変動にどの程度耐えられるのかは分かっていない。今回、酵母染色体を連続的に融合させて数を減らしていく実験を2つの研究グループが別々に行い、J Boekeたちは染色体を2本にまで減らした酵母株を、Z Qinたちは染色体を1本にまでに減らした酵母株をそれぞれ作製した。改変された酵母細胞では適応度が一部の環境でわずかに低下し、有性生殖が最も大きく影響を受けた。だが、このような細胞は、巨大な染色体の三次元構造に大規模な再編成が起こっていたにもかかわらず、意外にも健常であった。



参考文献:
Luo J. et al.(2018): Karyotype engineering by chromosome fusion leads to reproductive isolation in yeast. Nature, 560, 7718, 392–396.
https://doi.org/10.1038/s41586-018-0374-x

Shao Y. et al.(2018): Creating a functional single-chromosome yeast. Nature, 560, 7718, 331–335.
https://doi.org/10.1038/s41586-018-0382-x

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