アフリカ中央部の人口史

 アフリカ中央部の人口史に関する研究(Patin, and Quintana-Murci., 2018)が公表されました。西のコンゴ盆地から東のヴィクトリア湖まで広がる広大なアフリカ中央部は、大半が密集した熱帯雨林で覆われており、世界でも有数の生物多様性の高い地域です。アフリカ中央部には狩猟採集民とバンツー語族の農耕民がおり、生業だけではなく、生活様式や疾患への感受性も異なります。ほとんどの農耕民共同体は定住で、農村や都市に住んでいますが、熱帯雨林狩猟採集民は伝統的に熱帯雨林の野営地にしばしば小屋を建てて住み、別の野営地へと定期的に移動します。本論文では、このアフリカ中央部の熱帯雨林狩猟採集民を、コンゴ盆地の西部諸集団とヴィクトリア湖周辺の東部諸集団とに区分しています。熱帯雨林狩猟採集民は、世界でもかなり小柄な方の集団です。

 バンツー語族農耕民は現在のナイジェリア南東部やカメルーン西部が起源地で、農耕の開始は5000~3000年前頃となり、この頃、とくに3000年前頃以降に急速に拡大した、と推定されています。この頃にアフリカ中央部では土器や磨製石器が出現し、熱帯雨林狩猟採集民とバンツー語族農耕民との交流が古くからあったことを示唆しています。両者の関係は現在でも維持されており、熱帯雨林狩猟採集民の中には、近隣の農耕民への強い社会経済的依存のために、一定期間定住する集団もいます。熱帯雨林の酸性土壌のため、アフリカ中央部の人類遺骸はたいへん少なく、人口史の推定が難しくなっています。後期更新世におけるアフリカ中央部の最古の人類遺骸の年代は、25000~20000年前頃となります。アフリカでも現生人類(Homo sapiens)系統と古代型ホモ属との交雑の可能性が指摘されていますが(関連記事)、アフリカでは古代型ホモ属のDNAがまだ解析されていないので、確定したわけではありません。

 本論文は、現代人のDNA解析に基づき、アフリカ中央部の人口史を復元しています。熱帯雨林狩猟採集民系統とバンツー語族農耕民系統との推定分岐年代は、研究により違いはありますが、6万年以上前となる可能性がきわめて高そうです。熱帯雨林狩猟採集民では、東部系と西部系の推定分岐年代が18000(30000~7000)年前頃、東部と西部で各地域集団が分岐していったのが9000(13000~3000)年前頃と推定されています。バンツー語族で東部系と西部系が分岐したのは、9000年前頃よりも前と推定されています。

 アフリカ中央部では完新世になって熱帯雨林が増大しますが、4000年前頃以降は縮小します。これは、バンツー語族農耕民の拡大と同じ頃のことです。アフリカ中央部・東部・南部のバンツー語族の遺伝的違いは比較的小さく、最近、とくに3000年前頃以降の急速な拡大を示唆しています。遺伝学・言語学的研究からは、バンツー語族は最初に熱帯雨林を通って南下した、と推測されています。ただ、バンツー語族の人口増は5000~3000年前頃に始まる拡大のみでは説明できず、農耕開始前にすでにある程度以上の人口を有していたのではないか、と推測されています。

 バンツー語族はアフリカ中央部へと拡散し、在来の熱帯雨林狩猟採集民と交雑した、と考えられています。その遺伝的影響は、バンツー語族農耕民から熱帯雨林狩猟採集民の方が、その逆より大きかった、と推定されています。そのため、熱帯雨林狩猟採集民の中には、バンツー語族農耕民の遺伝的影響を強く受けた集団も存在します。また、バンツー語族農耕民から熱帯雨林狩猟採集民への遺伝的影響は全体的には性的に非対称で、男性に偏っていた、と推測されています。こうした配偶行動における性的非対称性は、人類史において珍しくなかったようです(関連記事)。ただ、西部の熱帯雨林狩猟採集民全集団で性的非対称の交雑が確認されるわけではなく、集団間の婚姻習慣は多様だったことが窺えます。

 上述したように、熱帯雨林狩猟採集民系統とバンツー語族農耕民系統との推定分岐年代は60000年以上前となりますが、両者の有効人口規模の違いは、5000~3000年前頃からのバンツー語族農耕民の最初の拡大前の事象に起因しているようで、両系統が農耕開始前から異なる適応の歴史を有する、と示唆されています。そうした地域的適応の具体例として想定されているのは、熱帯雨林狩猟採集民の小柄な体格や繁殖の早期化です。こうした表現型は食料の比較的乏しい熱帯雨林で適応的だっただろう、というわけです。アフリカ中央部における地域的適応としては、マラリア耐性関連遺伝子が有名で、研究が進んでいます。ただ本論文は、適応的痕跡の多くはまだその遺伝的構造が確定したわけではない、と注意を喚起しています。

 上述したように、バンツー語族農耕民の拡大は5000~3000年前頃に始まり、急速な拡大は3000年前頃以降と最近になってのことでなので、新たな生態系への適応に、在来の熱帯雨林狩猟採集民との交雑により獲得したと推定される遺伝子が役立った、と推測されています。たとえば、ヒト白血球型抗原(その中でもHLA-D)やマラリアへの耐性関連遺伝子がそうです。もっとも、上述したように、アフリカ中央部における人類遺骸は少なく、古代DNA研究は他地域、とくにヨーロッパと比較すると大きく遅れています。また本論文は、アフリカ中央部では現代人の高品質なゲノム配列にもまだ地域的偏りがあり、じゅうぶんとは言えない、と指摘しています。その意味で、アフリカ中央部における人口史の復元はまだ不充分と言うべきなのでしょうが、それだけに、進展の余地が大きいとも言えるわけで、今後の研究が楽しみです。


参考文献:
Patin E, and Quintana-Murci L.(2018): The demographic and adaptive history of central African hunter-gatherers and farmers. Current Opinion in Genetics & Development, 53, 90-97.
https://doi.org/10.1016/j.gde.2018.07.008

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