ハリケーンによるトカゲの自然選択
ハリケーンによるトカゲの自然選択に関する研究(Donihue et al., 2018)が報道されました。ハリケーンはひじょうに破壊的で、人命や生活に損害をもたらすだけでなく、生態系にも甚大でしばしば長期に及ぶ影響を与えます。ハリケーンによる大量死の事例は数多くありますが、ハリケーンによる死が無差別に生じるのか、もしくはハリケーンにより、たとえば強風に耐える能力など、ある種の身体的特性が優先的に選択されるのか、明らかになっておらず、ハリケーンに誘導される自然選択についてはまだ実証されたことがありません。
本論文は、西インド諸島のタークス・カイコス諸島全域で広く見られる小型のトカゲであるアノールトカゲの一種(Anolis scriptus)について個体群の調査を終えた直後、ハリケーン「イルマ」と「マリア」に襲われた対象個体群の再調査を行ない、しがみつく能力に関連する形態形質が最初の調査からの6週間で変化したのか、調べました。具体的には、肢の長さと指先裏のパッド表面積の変化です。これらの測定項目は、いずれもアノールトカゲのしがみつき能力に影響を及ぼし、生息地の利用状況と歩行運動様式に関係があると考えられています。
その結果、ハリケーン後に生き残っていたトカゲ個体群では、ハリケーン前に存在した個体群との比較で、体サイズ・相対的四肢長・趾下薄板のサイズに違いが見られました。ハリケーン後の個体群は、その前の個体群よりも、指先裏のパッドの表面積が有意に増加し、平均的に前肢は長く、後肢は短くなっていました。アノールトカゲ47匹を1匹ずつ、木の枝の代わりに細くて丸い棒につかまらせてから、送風機で風を当てる実験では、前肢が長い方が木の枝をしっかりとつかめるものの、後肢が長いと強風の当たる表面積の増加のため不利になる、との知見が得られました。
偶然の事態により行なわれたこの研究は、直前と直後の比較を用いてハリケーンが引き起こした選択を調べた初めての試みで、ハリケーンが個体群内で表現型の変化を誘導し得ることを実証するとともに、その原因が自然選択であることを強く示唆しています。今後数十年できょくたんな気候事象はさらに激しく頻繁になると予測されており、進化の動態の理解においては、これらの潜在的に重大な選択事象の影響を組み入れる必要がある、と指摘されています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
【進化】ハリケーンによるトカゲの自然選択が実際に観察された
木の枝に上手にしがみつけるトカゲ類の方がハリケーンを生き延びる可能性が高い、という自然選択が実際に働いた事例について報告する論文が、今週掲載される。
ハリケーンなどの自然災害は、生態系に壊滅的影響を及ぼし、大規模な死をもたらす。しかし、ハリケーンによる死が無差別に生じるのか、もしくはハリケーンによってある種の身体的特性(例えば、強風に耐える能力)が優先的に選択されるのかは、明らかになっていない。
今回、Colin Donihueたちの研究グループは、西インド諸島のパインケイ島とウォーターケイ島という2つの隣接する島で、体の小さなアノールトカゲ(Anolis scriptus)の個体群の研究を終えた直後に、偶然にも2つのハリケーン(イルマとマリア)の上陸という予想外の事態に遭遇した。これはハリケーンの直接的な影響を調べるめったにない機会であったため、Donihueたちは、ハリケーンが過ぎ去った後に現地に戻ってフォローアップ調査を行った。そして、それぞれの島の個体群について、ハリケーンの前後で肢の長さと指先裏のパッド表面積がどのように変化したのかを調べた。この2つの測定項目は、いずれもアノールトカゲのしがみつき能力に影響を及ぼし、生息地の利用状況と歩行運動様式に関係があると考えられている。これら2つの島でハリケーンを生き延びたアノールトカゲの個体群は、ハリケーンの前と比べて、指先裏のパッドの表面積が有意に増加し、平均的に前肢は長く、後肢は短くなっていた。
また、Donihueたちは、A. scriptusの指先裏のパッドの表面積としがみつき能力が関連していることを確認し、ハリケーンの強風にさらされたアノールトカゲを動画撮影して、どのように木の枝にしがみつくのかを説明している。強風になびいている時の姿勢から、Donihueたちは、前肢が長い方が木の枝をしっかりとつかめるが、後肢が長いと強風が当たる表面積が増すため不利になる、という考えを示している。
Donihueたちは、今後数十年間に極端な気候事象の頻度と強度の高まりが予想されることから、進化動態を解明する際には、このような特定の深刻な気候事象を考慮に入れる必要があると結論付けている。
参考文献:
Donihue CM. et al.(2018): Hurricane-induced selection on the morphology of an island lizard. Nature, 560, 7716, 88–91.
https://dx.doi.org/10.1038/s41586-018-0352-3
本論文は、西インド諸島のタークス・カイコス諸島全域で広く見られる小型のトカゲであるアノールトカゲの一種(Anolis scriptus)について個体群の調査を終えた直後、ハリケーン「イルマ」と「マリア」に襲われた対象個体群の再調査を行ない、しがみつく能力に関連する形態形質が最初の調査からの6週間で変化したのか、調べました。具体的には、肢の長さと指先裏のパッド表面積の変化です。これらの測定項目は、いずれもアノールトカゲのしがみつき能力に影響を及ぼし、生息地の利用状況と歩行運動様式に関係があると考えられています。
その結果、ハリケーン後に生き残っていたトカゲ個体群では、ハリケーン前に存在した個体群との比較で、体サイズ・相対的四肢長・趾下薄板のサイズに違いが見られました。ハリケーン後の個体群は、その前の個体群よりも、指先裏のパッドの表面積が有意に増加し、平均的に前肢は長く、後肢は短くなっていました。アノールトカゲ47匹を1匹ずつ、木の枝の代わりに細くて丸い棒につかまらせてから、送風機で風を当てる実験では、前肢が長い方が木の枝をしっかりとつかめるものの、後肢が長いと強風の当たる表面積の増加のため不利になる、との知見が得られました。
偶然の事態により行なわれたこの研究は、直前と直後の比較を用いてハリケーンが引き起こした選択を調べた初めての試みで、ハリケーンが個体群内で表現型の変化を誘導し得ることを実証するとともに、その原因が自然選択であることを強く示唆しています。今後数十年できょくたんな気候事象はさらに激しく頻繁になると予測されており、進化の動態の理解においては、これらの潜在的に重大な選択事象の影響を組み入れる必要がある、と指摘されています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
【進化】ハリケーンによるトカゲの自然選択が実際に観察された
木の枝に上手にしがみつけるトカゲ類の方がハリケーンを生き延びる可能性が高い、という自然選択が実際に働いた事例について報告する論文が、今週掲載される。
ハリケーンなどの自然災害は、生態系に壊滅的影響を及ぼし、大規模な死をもたらす。しかし、ハリケーンによる死が無差別に生じるのか、もしくはハリケーンによってある種の身体的特性(例えば、強風に耐える能力)が優先的に選択されるのかは、明らかになっていない。
今回、Colin Donihueたちの研究グループは、西インド諸島のパインケイ島とウォーターケイ島という2つの隣接する島で、体の小さなアノールトカゲ(Anolis scriptus)の個体群の研究を終えた直後に、偶然にも2つのハリケーン(イルマとマリア)の上陸という予想外の事態に遭遇した。これはハリケーンの直接的な影響を調べるめったにない機会であったため、Donihueたちは、ハリケーンが過ぎ去った後に現地に戻ってフォローアップ調査を行った。そして、それぞれの島の個体群について、ハリケーンの前後で肢の長さと指先裏のパッド表面積がどのように変化したのかを調べた。この2つの測定項目は、いずれもアノールトカゲのしがみつき能力に影響を及ぼし、生息地の利用状況と歩行運動様式に関係があると考えられている。これら2つの島でハリケーンを生き延びたアノールトカゲの個体群は、ハリケーンの前と比べて、指先裏のパッドの表面積が有意に増加し、平均的に前肢は長く、後肢は短くなっていた。
また、Donihueたちは、A. scriptusの指先裏のパッドの表面積としがみつき能力が関連していることを確認し、ハリケーンの強風にさらされたアノールトカゲを動画撮影して、どのように木の枝にしがみつくのかを説明している。強風になびいている時の姿勢から、Donihueたちは、前肢が長い方が木の枝をしっかりとつかめるが、後肢が長いと強風が当たる表面積が増すため不利になる、という考えを示している。
Donihueたちは、今後数十年間に極端な気候事象の頻度と強度の高まりが予想されることから、進化動態を解明する際には、このような特定の深刻な気候事象を考慮に入れる必要があると結論付けている。
参考文献:
Donihue CM. et al.(2018): Hurricane-induced selection on the morphology of an island lizard. Nature, 560, 7716, 88–91.
https://dx.doi.org/10.1038/s41586-018-0352-3
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