竹中亨『ヴィルヘルム2世 ドイツ帝国と運命を共にした「国民皇帝」』
中公新書の一冊として、中央公論新社から2018年5月に刊行されました。「あとがき」にあるように、ヴィルヘルム2世は、傲慢で独善的、癇性で衝動的、自信過剰で自己顕示欲が強烈という、とても個人的には付き合いたくはない人間です。しかし本書は、ヴィルヘルム2世には柔弱で依存心の強いところもあった多面的で矛盾した人物で、人格的矛盾こそ最大の人格的特徴だった、と指摘しています。このようなヴィルヘルム2世の人格形成の要因として、誕生時に起因する左腕の障害が一因ではないか、と本書は推測しています。この障害を克服すべく、母親から厳しい教育を強いられたヴィルヘルム2世は、母親と母親に言いなりの傾向にある父親を激しく嫌うようになります。
イギリス王家出身の母親(ヴィクトリア女王の長女)は、イギリスを模範として疑わない理想主義的なところがあり、その母親への反発から、ヴィルヘルム2世はイギリスを激しく攻撃したこともあります。しかし、ヴィルヘルム2世には生涯にわたってイギリスへの敬慕があり、イギリスは重要なアイデンティティの一部を形成していました。一方でヴィルヘルム2世は、イギリス的な自由主義傾向の強い両親への強い反発から、祖父のヴィルヘルム1世を敬慕し、祖父もまた、自由主義的な息子夫婦(ヴィルヘルム2世の両親)への不満から、孫に期待をかけていました。このように、ヴィルヘルム2世の中では、イギリス的要素とプロイセン的要素とが混在しており、本書はこの点でもヴィルヘルム2世の矛盾した人格を強調しています。
大宰相のビスマルクは、自由主義への警戒からヴィルヘルム2世に接近し、当初は両者の関係は良好でした。しかし、ヴィルヘルム2世の場当たり的な外交方針は、緻密なビスマルクの外交方針を破綻させるものであり、両者の関係は悪化していきます。けっきょく、ヴィルヘルム2世は即位後、宰相のビスマルクを罷免します。両者の衝突は、外交方針の違いというだけではなく、皇帝専制を志向するヴィルヘルム2世と、実質的な政権運営者としての宰相たるビスマルクとの対立でもありました。しかし、宰相のビスマルクを罷免しても、近代国家において皇帝が専制的に政治を運営するのは事実上不可能で、ヴィルヘルム2世がじっさいに政治に及ぼした影響は、報道などから受ける印象と比較してずっと小さいものでした。さらに、上述した個性から窺えるように、ヴィルヘルム2世は衝動的で、皇帝専制政治を志向するとはいっても政務に熱心とは言えず気まぐれで、これがドイツ帝国の政治を迷走させたところは多分にあるようです。
本書からは、ヴィルヘルム2世のこのような個性が、宿敵のフランスだけではなく、イギリスとロシアも敵に回すという不利な状況で第一次世界大戦を迎え、ついには敗北して帝政が崩壊するにいたった過程において、一定以上の役割を果たした、と窺えます。しかし本書は、ヴィルヘルム2世を、単に気まぐれで政治的にはドイツ帝国に悪影響を及ぼした暗君として描くのではなく、ヴィルヘルム2世の強い自己顕示欲に基づく行動が、各領邦の強い自立性により成立していたドイツ帝国の一体性を強めていき、ドイツ人の国家としての統合が進んだ、という側面も指摘しています。本書は、日本語で読めるヴィルヘルム2世の簡潔な評伝として、今後長く読み続けられていく良書と言えるでしょう。
イギリス王家出身の母親(ヴィクトリア女王の長女)は、イギリスを模範として疑わない理想主義的なところがあり、その母親への反発から、ヴィルヘルム2世はイギリスを激しく攻撃したこともあります。しかし、ヴィルヘルム2世には生涯にわたってイギリスへの敬慕があり、イギリスは重要なアイデンティティの一部を形成していました。一方でヴィルヘルム2世は、イギリス的な自由主義傾向の強い両親への強い反発から、祖父のヴィルヘルム1世を敬慕し、祖父もまた、自由主義的な息子夫婦(ヴィルヘルム2世の両親)への不満から、孫に期待をかけていました。このように、ヴィルヘルム2世の中では、イギリス的要素とプロイセン的要素とが混在しており、本書はこの点でもヴィルヘルム2世の矛盾した人格を強調しています。
大宰相のビスマルクは、自由主義への警戒からヴィルヘルム2世に接近し、当初は両者の関係は良好でした。しかし、ヴィルヘルム2世の場当たり的な外交方針は、緻密なビスマルクの外交方針を破綻させるものであり、両者の関係は悪化していきます。けっきょく、ヴィルヘルム2世は即位後、宰相のビスマルクを罷免します。両者の衝突は、外交方針の違いというだけではなく、皇帝専制を志向するヴィルヘルム2世と、実質的な政権運営者としての宰相たるビスマルクとの対立でもありました。しかし、宰相のビスマルクを罷免しても、近代国家において皇帝が専制的に政治を運営するのは事実上不可能で、ヴィルヘルム2世がじっさいに政治に及ぼした影響は、報道などから受ける印象と比較してずっと小さいものでした。さらに、上述した個性から窺えるように、ヴィルヘルム2世は衝動的で、皇帝専制政治を志向するとはいっても政務に熱心とは言えず気まぐれで、これがドイツ帝国の政治を迷走させたところは多分にあるようです。
本書からは、ヴィルヘルム2世のこのような個性が、宿敵のフランスだけではなく、イギリスとロシアも敵に回すという不利な状況で第一次世界大戦を迎え、ついには敗北して帝政が崩壊するにいたった過程において、一定以上の役割を果たした、と窺えます。しかし本書は、ヴィルヘルム2世を、単に気まぐれで政治的にはドイツ帝国に悪影響を及ぼした暗君として描くのではなく、ヴィルヘルム2世の強い自己顕示欲に基づく行動が、各領邦の強い自立性により成立していたドイツ帝国の一体性を強めていき、ドイツ人の国家としての統合が進んだ、という側面も指摘しています。本書は、日本語で読めるヴィルヘルム2世の簡潔な評伝として、今後長く読み続けられていく良書と言えるでしょう。
この記事へのコメント