アメリカ大陸への人類最初の移住経路
アメリカ大陸への人類最初の移住経路に関する研究(Potter et al., 2018)が報道されました。アメリカ大陸への人類最初の移住は、アメリカ合衆国の領土が深く関わっている問題ということもあってか、高い関心が寄せられてきました。この問題に関しては近年、人類はアメリカ大陸最初の広汎な文化であるクローヴィス(Clovis)の数千年前にベーリンジア(ベーリング陸橋)から太平洋沿岸経由でアメリカ大陸へと拡散し、海洋資源に高度に依存しつつ、南下して南アメリカ大陸南端まで急速に到達した、との見解(沿岸仮説)が有力になっています。中には、沿岸仮説で確定した、との論調も見られるそうですが、本論文は、改めて他の可能性も検証しています。
沿岸仮説の対抗になりそうなのは、以前は通説だった内陸部の無氷回廊経由説です(無氷回廊仮説)。本論文はまず、アメリカ大陸への人類最初の拡散当時の地形と生態を復元します。遺伝学からは、アメリカ大陸先住民集団における最初の分岐は17500~14600年前頃で、おそらくは北アメリカ大陸の氷床の南でのことだった、と推測されています(関連記事)。この後期~末期更新世に人類はベーリンジア東部からアメリカ大陸へと拡散していったと考えられますが、この時期の北太平洋沿岸は、一般に考えられているのとは異なり、気温上昇による海面上昇にさいしても、半分以上は水没したわけではありませんでした。沿岸仮説の弱点は、北太平洋沿岸では12600年以上前の確実な遺跡がまだ発見されていないことです。
無氷回廊仮説の弱点は、アメリカ大陸最初の人類はクローヴィス文化集団だった、との以前の有力な仮説と結びついていたことで、無氷回廊が開けたのはクローヴィス文化の直前と想定されていました。その後、アメリカ大陸においてクローヴィス文化以前の人類の痕跡が次々と報告されるようになり、そのために沿岸仮説が有力になっていきました。しかし本論文は、内陸部氷床は19000年前頃に融け始め、古生態系分析から、15000~14000年前頃に無氷回廊が人類の拡散経路として開けていた可能性がある、と指摘しています。
アラスカ内陸部では、タナナ川(Tanana River)流域で14200年以上前までさかのぼる人類の痕跡が確認されています。14200年以上前に、タナナ川流域へ北太平洋沿岸から進むことも可能ですが、15000~14000年前頃には開けていた無氷回廊経由でもじゅうぶん可能というか、こちらの方が距離はずっと短くなります。また、14000~13000年前頃のベーリンジア東部における黒曜石の長距離移動は内陸からの東西方向で、内陸では沿岸の黒曜石は実質的には発見されておらず、内陸資源への依存を示している、と本論文は指摘します。さらに本論文は、シベリア・極東ロシア・ベーリンジアのアメリカ大陸拡散前の集団は、沿岸環境よりも内陸環境に適応しており、最初期のアメリカ大陸の人類集団も一般的には陸上生活に適応しており、沿岸利用の証拠は限定的と指摘します。
こうした知見を踏まえた本論文の見解は、沿岸仮説は確定的との評価も学界や一般報道・書籍で見られるものの、現時点での証拠からは、無氷回廊(内陸)仮説よりも優勢とは言えない、というものです。本論文は、沿岸仮説も無氷回廊仮説も現時点ではともに拒絶されるものではなく、両者は共存できるかもしれない、と指摘しています。アメリカ大陸への人類の拡散は複数あったかもしれない、というわけです。本論文は、この問題に関しては地形学的な調査が必要だ、と指摘しています。本論文が指摘するように、沿岸仮説で確定的との論調が近年では珍しくないような印象を私も受けていましたが、まだ調査・検証が必要なようです。
参考文献:
Potter BA. et al.(2018): Current evidence allows multiple models for the peopling of the Americas. Science Advances, 4, 8, eaat5473.
https://dx.doi.org/10.1126/sciadv.aat5473
沿岸仮説の対抗になりそうなのは、以前は通説だった内陸部の無氷回廊経由説です(無氷回廊仮説)。本論文はまず、アメリカ大陸への人類最初の拡散当時の地形と生態を復元します。遺伝学からは、アメリカ大陸先住民集団における最初の分岐は17500~14600年前頃で、おそらくは北アメリカ大陸の氷床の南でのことだった、と推測されています(関連記事)。この後期~末期更新世に人類はベーリンジア東部からアメリカ大陸へと拡散していったと考えられますが、この時期の北太平洋沿岸は、一般に考えられているのとは異なり、気温上昇による海面上昇にさいしても、半分以上は水没したわけではありませんでした。沿岸仮説の弱点は、北太平洋沿岸では12600年以上前の確実な遺跡がまだ発見されていないことです。
無氷回廊仮説の弱点は、アメリカ大陸最初の人類はクローヴィス文化集団だった、との以前の有力な仮説と結びついていたことで、無氷回廊が開けたのはクローヴィス文化の直前と想定されていました。その後、アメリカ大陸においてクローヴィス文化以前の人類の痕跡が次々と報告されるようになり、そのために沿岸仮説が有力になっていきました。しかし本論文は、内陸部氷床は19000年前頃に融け始め、古生態系分析から、15000~14000年前頃に無氷回廊が人類の拡散経路として開けていた可能性がある、と指摘しています。
アラスカ内陸部では、タナナ川(Tanana River)流域で14200年以上前までさかのぼる人類の痕跡が確認されています。14200年以上前に、タナナ川流域へ北太平洋沿岸から進むことも可能ですが、15000~14000年前頃には開けていた無氷回廊経由でもじゅうぶん可能というか、こちらの方が距離はずっと短くなります。また、14000~13000年前頃のベーリンジア東部における黒曜石の長距離移動は内陸からの東西方向で、内陸では沿岸の黒曜石は実質的には発見されておらず、内陸資源への依存を示している、と本論文は指摘します。さらに本論文は、シベリア・極東ロシア・ベーリンジアのアメリカ大陸拡散前の集団は、沿岸環境よりも内陸環境に適応しており、最初期のアメリカ大陸の人類集団も一般的には陸上生活に適応しており、沿岸利用の証拠は限定的と指摘します。
こうした知見を踏まえた本論文の見解は、沿岸仮説は確定的との評価も学界や一般報道・書籍で見られるものの、現時点での証拠からは、無氷回廊(内陸)仮説よりも優勢とは言えない、というものです。本論文は、沿岸仮説も無氷回廊仮説も現時点ではともに拒絶されるものではなく、両者は共存できるかもしれない、と指摘しています。アメリカ大陸への人類の拡散は複数あったかもしれない、というわけです。本論文は、この問題に関しては地形学的な調査が必要だ、と指摘しています。本論文が指摘するように、沿岸仮説で確定的との論調が近年では珍しくないような印象を私も受けていましたが、まだ調査・検証が必要なようです。
参考文献:
Potter BA. et al.(2018): Current evidence allows multiple models for the peopling of the Americas. Science Advances, 4, 8, eaat5473.
https://dx.doi.org/10.1126/sciadv.aat5473
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