David Reich『交雑する人類 古代DNAが解き明かす新サピエンス史』(追記有)

 デイヴィッド=ライク(David Reich)著、日向やよい訳で、NHK出版から2018年7月に刊行されました。原書の刊行は2018年3月です。著者は古代DNA研究の大御所で、当ブログでも、著者の関わった論文をかなり取り上げてきたはずですが、具体的な数を調べるほどの気力はありません。それはともかく、古代DNA研究の大御所(とはいっても、まだ40代半ばですが)が原書執筆時点(脱稿は2017年後半?)で交雑の観点からの人類史をどのように把握しているのか、たいへん注目して読み始めました。

 本書は、まず古代DNA研究の概要を解説し、次に、現生人類(Homo sapiens)以外でDNAが解析されているネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と種区分未定のデニソワ人(Denisovan)を取り上げた後、現生人類がアフリカから世界中へと拡散する過程で、どのような移住・交雑により現代の各地域集団が形成されてきたのか、解説します。古代DNAをどう解析するのか、さらには交雑の有無をどのように判別するのか、具体的に解説されていてたいへん有益です。さらに本書は、古代DNA研究が現代社会においてどのような意義を有するのか、人種問題などを取り上げ、今後の展望を提示しています。

 本書も認めるように、古代DNA研究の進展には目覚ましいものがあるので、本書の見解のうちいくつかは、今後修正・否定されていくでしょう。しかし、個別の見解については「短い寿命」のものもあるとしても、古代DNA研究の意義や手法の解説は、長く読まれていくものになっていると思います。2018年時点での古代DNA研究の一般向け書籍として、間違いなくお勧めの一冊です。本書で取り上げている研究で、当ブログにて取り上げたものも少なからずあるのですが、見落としていた観点もありましたし、未読の本・論文が多数取り上げられているので、たいへん有益でした。また、このような大部の一般向け書籍の日本語版では、参考文献が省略されることもあるのですが、本書ではしっかりと掲載されており、それでいて税込み2700円なのですから、たいへんお買い得だと思います。索引があればもっとよかったのですが、さすがにこの価格でそこまで望むのは難しいように思います。以下、本書の内容について、私の雑感も挟みつつ、備忘録的に述べていきます。


 現在では、現生人類とネアンデルタール人との間に交雑があったことは通説となっています。しかし以前は、両者の交雑に否定的な見解が主流でした。著者も当初、ネアンデルタール人と現生人類との交雑に否定的だったそうです。私が見落としていたことでは、非アフリカ系現代人に遺伝的影響を及ぼした現生人類とネアンデルタール人との交雑の推定年代が、54000~49000年前頃まで絞り込まれていることが挙げられます。

 人類進化史におけるデニソワ人の位置づけについてはまだ確定したとは言えない状況でしょうが、本書では、デニソワ人を南方系(アウストラロ-デニソワ人)と北方系(シベリア-デニソワ人)とに区分し、両者の推定分岐年代は40万~28万年前頃で、南方系デニソワ人とオセアニア系現代人の祖先集団とが交雑した、と推測しています。これは私の以前からの考えとも近いので(関連記事)、同意します。ユーラシア東部系現代人のデニソワ人由来のDNAと、オセアニア系現代人のデニソワ人由来のDNAが、同じ集団に由来するのかは不明、と本書は述べていますが、本書執筆後に公表された研究で、オセアニア系現代人は南方デニソワ人のみからDNAを継承しているのにたいして、東アジア系現代人は南方系デニソワ人のみならず北方系デニソワ人からもDNAを継承している、との見解が提示されています(関連記事)。

 デニソワ人は、現生人類・ネアンデルタール人・デニソワ人の共通祖先と140万~90万年前頃に分岐した(まず間違いなく)ホモ属の系統と交雑した、と推測されています(関連記事)。本書は、このホモ属系統を超旧人類と呼んでおり、デニソワ人にミトコンドリアDNA(mtDNA)をもたらしたかもしれない、と推測しています。もっとも、本書も言及しているように、この問題に関しては異なる解釈も提示されています(関連記事)。本書は、超旧人類・現生人類・ネアンデルタール人・デニソワ人の共通祖先集団はアフリカからユーラシアへと最初に拡散したホモ属であるエレクトス(Homo erectus)で、その一部がアフリカに戻って現生人類系統へと進化した可能性を提示しています。

 本書はその状況証拠として、アフリカでのみこれらの系統がずっと進化したと仮定すると、アフリカからユーラシアへの大規模な移住が4回(180万年以上前の最初の出アフリカ、超旧人類の出アフリカ、ネアンデルタール人とデニソワ人の共通祖先の出アフリカ、現生人類の出アフリカ)必要なのにたいして、ユーラシアで進化したと仮定すると、大規模な移住は3回で、より節約的であることを挙げています。直接的な証拠としては、スペインで発見され96万~80万年前頃と推定されているホモ属化石のアンテセッサー(Homo antecessor)に、現生人類とネアンデルタール人双方の特徴が見られる、ということが挙げられています。

 現生人類系統が、前期~中期更新世の長い期間、ユーラシアに存在した可能性は一定以上あるでしょうが、まだ決定的ではなく、今後の研究の進展を俟つしかないでしょう。私は、現生人類とネアンデルタール人双方の特徴が見られる100万年前頃のホモ属化石が、今後アフリカで発見される可能性はかなり高いのではないか、と予想しています。つまり、守旧的かもしれませんが、現生人類系統へとつながる人類進化の主要な舞台はずっとアフリカだったのではないか、というわけです。

 著者も関わっていながら、本書の執筆に取り入れるのには間に合わなかった、ネアンデルタール人に関する主要な研究としては、クロアチアでアルタイ地域のネアンデルタール人並の高品質なゲノム配列を報告した論文と(関連記事)、高品質ではないものの、後期の西方ネアンデルタール人の複数の新たなゲノム配列を報告した論文があります(関連記事)。クロアチアのネアンデルタール人は、非アフリカ系現代人の主要な遺伝子源となった出アフリカ集団と交雑したネアンデルタール人集団と、アルタイ地域のネアンデルタール人集団よりも近縁と推測されており、その意味でも大いに注目されます。


 次に本書は、現生人類がアフリカから世界中へと拡散し、各地域でどのように現代へとつながる集団が形成されていったのか、解説しています。本書が強調しているのは、現代の各地域集団が太古からずっとその地域に居住し続けたわけではなく、集団間の複雑な移住・交雑により形成されていき、その集団間の関係は、現代のヨーロッパ系と東アジア系よりも遠いことが珍しくなかった、ということです。末期更新世~前期完新世にかけての各地域集団が、そのままの遺伝的構成で現代まで続いていることはまずなく、「純粋な」民族・地域集団は存在しない、というのが本書の基調の一つになっています。

 古代DNA研究の進展により明らかになってきたことに、直接的に人類遺骸から確認されているわけではないものの、かつて存在したと考えられる、想定上の集団(ゴースト集団)があります。このゴースト集団は、その遺伝的構成がそのまま現代に伝わっているわけではないものの、現代人に大きな遺伝的影響を残している、と推測されています。その一例が、ユーラシア西部系現代人の主要な祖先集団の一つとなった基底部ユーラシア人で、ネアンデルタール人からの遺伝的影響をほとんど受けていない、と推測されています。直接的に遺骸が確認されているわけではないので、基底部ユーラシア人がどのような範囲に拡散していたのか不明ですが、本書は、アフリカ北部に存在した可能性を指摘しています。

 インド・ヨーロッパ語族はポントス-カスピ海草原(中央ユーラシア西北部から東ヨーロッパ南部までの草原地帯)の遊牧民であるヤムナヤ(Yamnaya)文化集団の5000年前頃以降からの拡散により広範囲に定着した、との見解が本書では提示されています。しかし、インド・ヨーロッパ語族はすでにアナトリア半島で4500~4400年前頃には用いられていたと考えられるのに、古代アナトリア半島ではヤムナヤ文化集団の遺伝的影響は確認されず、中央・南アジアにおけるユーラシア西部集団の遺伝的影響は、ヤムナヤ文化集団の拡散の結果ではなく、ユーラシア草原地帯の南方にいたナマズガ(Namazga)文化集団の拡散の結果ではないか、との見解が提示されています(関連記事)。もちろん、ヨーロッパにおけるヤムナヤ文化集団の遺伝的影響の大きさは否定できず、少なくともヨーロッパでは、ヤムナヤ文化集団がインド・ヨーロッパ語族を定着させたのかもしれませんが、インド・ヨーロッパ語族に関する本書の見解は、近いうちに大きく修正されることになるかもしれません。

 インド(南アジア)に関しては、私が他地域よりもさらに不勉強なため、本書の解説は大いに参考になりました。現代インド人は大きく北方系と南方系に分かれます。両者とも、インドに農耕をもたらしたと考えられるイラン方面からの農耕民の遺伝的影響を受けています。北方系は、イラン系農耕民とおそらくはヤムナヤ文化集団である草原地帯集団との遺伝的影響がほぼ半々となっています。ヤムナヤ文化集団は5000年前頃以降に南方にも拡散して、インド北部に定着して先住のイラン系農耕民集団と融合しました。南方系インド人は、在来の狩猟採集民とイラン系の初期農耕民集団とが融合して成立し、その遺伝的影響の比率は約3:1となります。ただ、上述したように、ヤムナヤ文化集団がインドに拡散したのか、疑問が呈されていますし、インドの古代DNA研究はDNAの保存に適していない気候条件もあり、あまり進んでいないので、詳細は今後の研究を俟つ必要があります。インド社会における族内婚については、イギリス支配下で始まったのではなく長い歴史があり、ジャーティ集団間の遺伝的違いは、たとえばヨーロッパや中国と比較して大きくなっていて、インドは巨大な集団というよりは、多くの小集団で構成されている、と指摘されています。

 東アジアに関しては、興味深い見解が提示されています。著者がまだ刊行していないデータに基づくと、チベット人のDNAの2/3は、東アジアの初期農耕民で現代では子孫を残してはいるものの、その遺伝的構成そのものは失われてしまった、「黄河ゴースト集団」に由来し、残りの1/3は、チベット在来の狩猟採集民集団に由来する、と推測されています。ただ、本書では言及されていませんが、東アジアにおける現代人の形成については、現代の漢人系に連なる集団の拡散という視点だけではなく、紀元後以降の、魏晋南北朝時代や五代十国時代などにおける北方遊牧民の南下の影響も、とくに男系において無視できないほどあったのではないか、と思います。


 第10章では、おもに異なる集団間の交雑における性的バイアスが解説されています。この問題については当ブログでも取り上げたことがありますが(関連記事)、配偶行動における優勢な集団の男性と劣勢な集団の女性という組み合わせは、人類史では珍しくなかったようです。有名なのはアメリカ大陸で、コロンビアのアンティオキア地方の住民のY染色体の約94%がヨーロッパ系なのにたいして、mtDNAの約90%はアメリカ大陸先住民系です。こうした性的バイアスは、社会的地位の高い集団では低い集団よりもユーラシア西部系の比率が高いインドや、アフリカ中央部におけるバンツー語族集団とピグミー集団との事例(配偶行動では前者の男性と後者の女性という組み合わせが一般的で、両者の子供はピグミー集団で育てられます)や、ヨーロッパにおけるヤムナヤ文化集団の拡大にさいして、ヤムナヤ文化集団の男性由来のY染色体の比率が、ゲノムの残りの部分の比率から推測されるよりもずっと高いことなど、一般的だったようです。本書は、こうした不平等は人類の特性の一部として受け入れるしかない、と諦めるのではなく、「内なる悪魔」と戦う努力をやめないことこそ、人類の勝利と実績の多くをもたらしたのだ、と指摘しています。

 第11章では、古代DNA研究と人種問題との関係について、かなりの分量が割かれています。本書が強調しているのは、人類集団間において些細とは言えない遺伝学的差異がある、ということです。これは、人類集団間には実質的な生物学的差異はなく、集団内の個人間の差異の方がずっと大きい、とする「正統派的学説」とは異なります。さらに言えば、「政治的正しさ」に反していると解釈されても不思議ではありません。じっさい著者は、「正統派的学説」の側から疑問を呈されたり、「忠告」を受けたりしたそうです。

 それもあってか本書は、人類集団間において些細とは言えない遺伝学的差異があるとはいっても、ナチスに代表されるようなかつての人種主義とは異なる、と強調し、やや詳しく解説しています。本書は、ナチスが想定していたような「純粋な」人種は存在せず、人類集団は移住・交雑により形成されてきた、との見解を改めて強調します。そのうえで本書は、人類集団間の遺伝学的差異の研究は、ナチス的な人種観を否定し、治療にも役立つものであり、また、奴隷として連行されてきた人々や、外来集団に抑圧されてきた先住民集団のアイデンティティの確立にも資するものだ、と指摘します。

 本書は、人類集団間において実質的な遺伝学的差異があるのに、「正統派的学説」の立場から、それを無視したり、研究を抑制したりするようなことが続けば、集団間の実質的な遺伝学的差異の確たる証拠を提示された時に右往左往して対処できなくなるし、また抑圧により生じた空白を似非科学が埋めることになり、かえって悪い結果を招来するだろう、と懸念を表明しています。本書は、大半の特性は個人間の違いがあまりにも大きいのだから、「黒人」だから音楽の才能があるとか、ユダヤ人だから頭がよいとかいったステレオタイプに固執するのではなく、どの集団の誰であり、ある特性において能力を発揮できるような環境を整備することが必要だ、と提言しています。

 私は以前から、民族・地域集団で「能力」に有意な差のある事例が多いだろう、と考えていたので(とはいっても、「能力」の定義・測定条件が問題となってくるので、単純な比較はむりだと考えていますが)、本書の提言には全面的に同意します(関連記事)。本書は人類における生物学的性差もはっきりと認めており、現実に存在する差異を受け入れ、時には利用さえしながら、よりよい場所を目指して奮闘することが大事だと思う、と提言しています。こちらの提言にも私は同意します。

 第12章では、古代DNA研究の今後の課題として、4000年前頃~現代までの密度を高めることが挙げられています。4000年前頃以降となると、たとえばブリテン島のように、現代のその地域の集団と類似した遺伝的構成になっていることが多く、更新世~完新世中期までのように、大きく異なる遺伝的構成の集団間の交雑により新たな集団が形成されるわけではないので、より小さな違いを見つける手法を用いることが必要だ、と指摘されています。

 確かに、本書の見解の多くは、今後急速に古くなっていくのでしょうが、それでも、現時点でこのような大部の一般向け書籍が刊行されたことには、大きな意義があると思います。本書の個々の見解の多くは今後急速に修正・否定されていくとしても、本書は長く参照し続けられる、古典的な一冊になるのではないか、と思います。本書からは多くのことを学べて、私にとってはこれまでの読書人生でもとくに印象に残る有益な一冊となりました。原書の刊行からわずかな期間で日本語版が刊行されたことにも感謝しています。


参考文献:
Reich D.著(2018)、日向やよい訳『交雑する人類 古代DNAが解き明かす新サピエンス史』(NHK出版、原書の刊行は2018年)


追記(2018年8月21日)
 インドに関して、その後Twitterで本書の内容を少し述べたので、まとめておきます。Twitterにて、「アーリア人やドラヴィダ人が西北部から進入する前には、インドに中国南部より広がった東アジア系の民族が居住していた」との指摘を受けました。篠田謙一氏は「アーリア系のインド人やドラヴィダ人は、ミトコンドリアDNA(母系でのみ伝わる)から見れば、アジア人の仲間だ」発言していたそうです。私はインド史について無知なので、恥ずかしながら、以前に読んだ山崎元一『世界の歴史6 古代インドの文明と社会』(中央公論社、1997年)P 17~18にて、ドラヴィダ系民族は6000年前頃にハイバル峠などインド北西部の諸峠を越えてインドに入った、とあるのをすっかり忘れていました。20年以上前はこれが有力説だったのでしょうか。

 しかし、本書が指摘するように、現代インド人の初期の遺伝学的研究では、インドのmtDNAハプログループの大半はインド独特のもので、母系についてはインドで長い間隔離されていた、と推測されています。篠田氏の2007年刊行の著書『日本人になった祖先たち』(関連記事)でも、インドで優勢なmtDNAハプログループMは、インドより東の地域のハプログループMとは明らかに系統が異なり(そのうちインドで最大のM2は他系統との推定分岐年代が7万~5万年前頃)、初期にインドに到達した人類集団が、他地域からの遺伝的影響をあまり受けずに独自の集団を形成していった、と推測されています(P73~75)。仮に篠田氏が「アーリア系のインド人やドラヴィダ人は、ミトコンドリアDNA(母系でのみ伝わる)から見れば、アジア人の仲間だ」と発言していたとしても、その真意が「アーリア人やドラヴィダ人が西北部から進入する前には、インドに中国南部より広がった東アジア系の民族が居住していた」だったとはとても考えられません。そもそも、そのような証拠はもちろんありませんし、そうした主張のまともな参考文献もないだろう、と思います。おそらく篠田氏は(上記の発言が本当だとすると)、インドではmtDNAハプログループMが優勢で、Mはインド以東のアジア(とオセアニアとアメリカ大陸)にしか存在しないので、ユーラシア西部系よりも東アジア(やオセアニアやアメリカ大陸)系により近縁だという意味で、上記のような表現にしたと思われます。

 一方、現代インド人の初期の遺伝学的研究でY染色体DNAハプログループに関しては、かなりの割合がユーラシア西部集団との密接な関係にある、と示されました。現代インド人のY染色体DNAやmtDNAに関する初期の遺伝学的研究は、現在そのままの水準で通用するわけではないにしても、本書の解説から考えると、なかなか的確だったように思われます。本書は、2018年8月時点では、現代インド人の形成史に関して、最新の研究成果を上手く一般層に提示できている、と言えるでしょう。もちろん、本書の内容も今後修正されていくでしょうが、とりあえず、できるだけ本文を補足する形で本書の内容を改めて完結にまとめてみます。

 インド(というか南アジア)には更新世に現生人類が拡散してきました。この狩猟採集民集団(PHGI)は、ユーラシア西部系よりは現代中国人も含む東アジア系に近いものの、東アジア系とは明らかに何万年も隔たっており、現代インド(南アジア)人には遺伝的影響を残していますが、他地域への遺伝的影響は弱い、と推測されています。PHGIはインドで長い間、比較的孤立して進化してきたようです。現代インド人形成史の研究では以前、PHGIの子孫集団が4000年前頃以降にユーラシア西部集団と交雑し、現代インド人が形成された、と考えられていました。しかし、PHGIの子孫集団が9000年前頃以降にインドに拡散してきたイラン初期農耕民と交雑した、と明らかになりました。この9000~4000年前頃にPHGIの子孫集団とイランからの農耕民との交雑により、「祖型南インド人(ASI)」が成立しました。ASIの成立における遺伝的影響の比率は、在来のPHGIの子孫集団とイランからの初期農耕民とで約3:1と推定されています。ASI系統とドラヴィダ語との高い相関関係から、ASIの形成はドラヴィダ語の拡散過程でもあった、と推測されています。

 4000年前以降、ユーラシア中央草原地帯遊牧民がインドに南下し、途中で遭遇したイラン初期農耕民と近縁の集団と交雑して「祖型北インド人(ANI)」が成立しました。ANI の成立における遊牧民と農耕民との遺伝的影響は半々程度だった、と推定されています。ただ、ANIは均一ではなく、その下位集団における遊牧民と農耕民との遺伝的比率は様々で、ANIとASIの複雑な交雑により現代インド人は形成された、と推測されています。ドラヴィダ系民族は6000年前頃にハイバル峠などインド北西部の諸峠を越えてインドに入った、との上述した20年以上前の有力な?見解は、ドラヴィダ系が、PHGIの子孫集団に早期新石器時代のイラン方面からの1/4程度の遺伝的影響の結果成立したASI系統を基層としてる点で部分的には妥当ですが、大元はインド在来のPHGIなので、大きく修正せざるを得ないでしょう。

 本書は、インダス文化の担い手に関する仮説の点でも注目されます。まだインダス文化の担い手のDNA解析は公表されていないようですが、本書は三つの仮説を提示しています。最初は、イラン系初期農耕民の子孫が担い手であまり交雑しておらず、ドラヴィダ語を話していた、というものです。次は、イラン初期農耕民とPHGIの子孫集団との交雑がすでに生じて成立していたASI系統が担い手で、ドラヴィダ語を話していた、というものです。最後は、ユーラシア中央草原地帯遊牧民とイラン系初期農耕民の子孫との交雑の結果成立したANI系統が担い手で、インド・ヨーロッパ語を話していた、というものです。最後の仮説は、10年前(2008年)に刊行された堀晄『古代インド文明の謎』の見解と類似しており(関連記事)、正直なところ、当時はやや懐疑的だったのですが、最新の遺伝学的研究でもその可能性が指摘されているのは、興味深いと思います。

この記事へのコメント

2018年11月10日 03:50
はじめまして。今後ともよろしくお願い申し仕上げます。

ありがとうございます、知らない論文でした。世界各地で古代DNA研究が発展しつつあり、追いかけるのが大変ですが、楽しみでもあります。
2019年07月15日 05:41
取り上げるのが遅れましたが、紹介していただいた論文を取り上げました。
https://sicambre.at.webry.info/201907/article_36.html

こういった時にトラックバック機能があれば便利なのですが、トラックバック機能の廃止は時代の流れのようなので、仕方のないところでしょうか。

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