玉木俊明『ヨーロッパ繁栄の19世紀史 消費社会・植民地・グローバリゼーション』

 ちくま新書の一冊として、筑摩書房より2018年6月に刊行されました。本書はヨーロッパの「ベルエポック(良き時代)」がどのように成立したのか、さらにはその内実と影響を論じています。著者の他の著書としては、『ヨーロッパ覇権史』(関連記事)や『先生も知らない世界史』(関連記事)を当ブログで取り上げましたが、そのため、本書の見解で戸惑うことはありませんでした。大きな問題を取り上げているだけに、個々の分野の専門家からは突っ込みがあるかもしれませんが、なかなか興味深く読み進められました。

 本書が対象としているのは1815~1914年で、ウィーン体制の成立から第一次世界大戦の直前までとなります。この時期(ベルエポック)にヨーロッパは(他地域との相対的比較で)最も輝いた、と本書は論じます。本書の基調は、ヨーロッパの繁栄は他地域、とくにアメリカ大陸からの収奪により成り立っており、ヨーロッパの工業化・経済発展は流通・金融・電信(情報)を抑えたイギリスのヘゲモニーに依拠するとともに、イギリスのヘゲモニーを強化した、というものです。ヨーロッパ、とくにイギリスの覇権における流通の重視は著者の一貫した見解で、本書でも強調されています。じっさい、イギリスは世界で最初に工業化の進展した国・地域ですが、その1年単位の貿易収支は18世紀後半~20世紀初頭にかけて、ほぼ赤字だったそうです。本書は、ヨーロッパの繁栄を可能とした他地域からの収奪も、流通の掌握が前提条件になる、とその意義を強調しています。また、ヨーロッパの工業化・経済発展とはいっても、国により、さらには国内の地域間で違いが当然あったわけで、本書はヨーロッパの主要諸国の経済発展の様相の違いも簡潔に解説しており、この点でも有益だと思います。グローバリゼーションもベルエポックの重要な特徴で、この時期に蒸気船・鉄道・電信の発達により世界が一体化していったことを、本書は強調しています。

 本書の見解で私が注目したのは、いわゆる勤勉革命論の検証です。ヨーロッパと日本において近世に勤勉革命が起き、工業化も含む近代化・経済発展の前提条件になった、との見解は一般にもわりと広く浸透しているように思います。しかし本書は、勤勉革命論、さらには経済学(経済史)の欠陥として、家庭内労働がほとんど考慮されていない、と指摘します(これには、家庭内労働時間を定量化しにくい、といった要因もありますが)。確かに、市場での労働時間は増加したとしても、その分家庭内労働の時間は減少したかもしれない、というわけです。また、日本の江戸時代における勤勉革命論にしても、百姓の多くは多様な生業を営んでいたのであり、農耕労働の時間の増加は、狩猟・漁業など他の労働時間の減少と並行していたかもしれず、総労働時間の増加を意味するとは限らない、と指摘しています。本書は、そうした観点から、工業化により児童も含めて工場労働者の労働環境が悪化した、との見解にも、一概にそう言えるのか、疑問を呈しています。工業化の前に多様な商品を揃える市場と消費社会が成立し、そうした多様な商品の購入が経済成長と工業化をもたらした、との見解も注目されます。

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