松田洋一『性の進化史 いまヒトの染色体で何が起きているのか』

 新潮選書の一冊として、新潮社から2018年5月に刊行されました。本書はヒトを中心とした性の進化史を染色体、とくに性染色体の観点から解説しています。一般向けを意識したのか、やや繰り返しが多くてくどいところもありますが、それは丁寧な解説ということでもあり、良書だと思います。本書は一般向けであることを意識してか、おもにヒトを取り上げていますが、ヒト以外の哺乳類だけではなく、爬虫類・鳥類など多様な生物を取り上げており、性の進化史がじつに多様であることを改めて思い知らされます。生物における多様な性の決定法はじつに興味深く、読み物としても面白くなっているので、この点では一般向け書籍として成功している、と言えるでしょう。

 ヒトのY染色体の消滅に関する問題をまず取り上げ、これを意識した全体的構成としてなっていることも、一般向け書籍としてよいと思います。この問題については、以前当ブログで取り上げました(関連記事)。ヒトのY染色体は退化の一途をたどり、やがて(500万~600万年後)Y染色体は消滅してしまう、との見解は日本でも一般層にそれなりに浸透しているようで、衝撃的だったようです。当ブログではそれに否定的な見解を取り上げましたが、本書でも、Y染色体において重要な遺伝子は数億年という長期にわたって存続しており、今後600万年程度で消えるものではないだろう、との見解が提示されています。また、ヒトというか哺乳類においてはゲノムインプリンティング機構のため単為発生ができず、雄の消滅は種の絶滅につながる、との指摘も一般向け書籍として重要だと思います。

 本書は性染色体の機能がどのように解明されてきたのか、ということなど研究史にも一定以上の分量を割いており、この点でも知らないことが多々あったので、有益でした。本書の提示した論点で社会的に最も重要なのは、生殖補助医療をめぐる問題だと思います。そもそも、生殖補助医療に関しては倫理的問題が解決されたとはとても言えない状況で、今後も容易には解決されないでしょうが、本書は、生殖補助医療により遺伝的な不妊症が将来の世代に継承されていき、生殖補助医療に強く依存した社会になってしまう危険性を強く訴えています。生殖補助医療には高度な技術と社会基盤が必要となるわけで、生殖補助医療が一般化した後に、ローマ帝国(西方領土)の崩壊(関連記事)のようにそうした高度な社会基盤が失われてしまえば、「先進」地域においては、人口の激減による地域集団の劇的な衰退、さらには絶滅まで想定されるわけで、生殖補助医療に関してはさまざまな観点から議論されるべきだと思います。


参考文献:
松田洋一(2018)『性の進化史 いまヒトの染色体で何が起きているのか』(新潮社)

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