逃避決定の神経機構

 逃避決定の神経機構に関する研究(Evans et al., 2018)が公表されました。切迫した危険の回避は生存の基礎となる本能的行動で、そのために必要なのは、感覚刺激が無害か脅威かを識別することです。脅威なしとなれば、動物は必須資源を得られますが、脅威の水準や危害の可能性が高まるにつれて、安全を求めるか否かの決定を下さなくてはならなくなります。本能的防御行動について、これまで齧歯類で研究されてはいますが、逃避を始めるべき脅威の水準を脳がどのように計算するのか、ほとんど明らかになってませんでした。

 本論文は、マウスにおいて、逃避の起こりやすさと欲求は本質的脅威の顕著さと対応し、脅威レベルと逃避の閾値間の差を計算する一つのモデルでうまく説明できる、と明らかにします。自由行動下のマウス中脳に、カルシウム画像化と光遺伝学を適用した結果、内側上丘(mSC)深層の興奮性ニューロンの活動は、脅威刺激の顕著さを表現して逃避を予測させるのに対して、背側水道周囲灰白質(dPAG)のグルタミン酸作動性ニューロンは、逃避選択のみを符号化し、逃避欲求を制御している、と明らかになりました。

 本論文は、mSCニューロンからdPAGニューロンへのフィードフォワード単シナプス興奮性結合(弱く不安定な結合ですが、逃避行動に必要です)が、dPAGの活動と逃避開始のためのシナプス閾値を決めている、と示します。この閾値は、mSCネットワークの活動亢進によって超えられますが、それはmSC内の短期シナプス促通と反回性興奮が、dPAGへのシナプス駆動力の増幅と維持を行なっているためです。したがって、dPAGのグルタミン酸作動性ニューロンは、mSCから受ける脅威情報を閾値化するシナプス機構を用いて、逃避決定と逃避欲求の計算を行なっており、脳による重要な行動計算の生物物理学的モデルが提供されました。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


神経科学:逃避決定を計算するためのシナプス閾値機構

神経科学:逃げるかどうかを決めるのは

 感覚手掛かりが危険か安全かを評価し、切迫した危険を回避することは、動物の生存に必須の生得的行動である。しかし、動物がどのようにして危険を評価し、適切な行動を決めるのかは、よく分かっていない。今回T Brancoたちは、危険の決定と逃避行動のいくつかの重要な側面を支配している中脳の神経回路を特定した。内側上丘は脅威の顕著さを決定する一方、背側水道周囲灰白質は逃避の選択と欲求を決定する。



参考文献:
Evans DA. et al.(2018): A synaptic threshold mechanism for computing escape decisions. Nature, 558, 7711, 590–594.
https://dx.doi.org/10.1038/s41586-018-0244-6

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