現生人類はどのように進化したのか

 現生人類(Homo sapiens)の起源に関する研究史を整理した論文(Galway-Witham, and Stringer., 2018)が公表されました。本論文の一方の著者である、現生人類アフリカ単一起源説の大御所であるストリンガー(Chris Stringer)氏の近年の見解(関連記事)を改定するものとも言えそうで、現生人類の起源に関する研究史と現状が簡潔に解説されており、図も分かりやすく、たいへん有益だと思います。本論文の見解はおおむね妥当だと思いますが、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と種区分未定のデニソワ人(Denisovan)との分岐年代が50万年前頃以降とされているのは、やや新しすぎるのではないか、と思います。ネアンデルタール人とデニソワ人とは、遅くとも43万年前頃には明らかに分岐していたと考えられるからです(関連記事)。

 現生人類の起源に関しては、1980年代に多地域進化説とアフリカ単一起源説との間で激論が展開されましたが、当時は、どちらが妥当なのか、判断するのに充分な証拠はまだ得られていませんでした。多地域進化説では、100万年以上前にユーラシア大陸に広範に拡散したホモ属が、他地域集団との複雑な相互作用(交雑)を経て、その地域で現代の各地域集団へと進化した、と想定されました。アフリカ単一起源説では、現生人類共通の派生的特徴はアフリカでのみ進化し、10万~5万年前頃以降に現生人類がアフリカから世界各地へと拡散した、と想定されました。アフリカ単一起源説は、現生人類が世界各地へと拡散したさい、ネアンデルタール人など先住ホモ属と完全に置換したとする見解(完全置換説)と、低頻度ながら交雑して現代の地域集団が形成された、とする見解(交配説)とに区分できます。

 1980年代後半以降、現生人類の起源に関して遺伝学的研究が発展し、まずはミトコンドリアDNA(mtDNA)、次にY染色体DNAが対象となり、21世紀になってからは、ゲノム解析によりさらに高精度の遺伝学的研究が進みました。当初、mtDNAでもY染色体DNAでも、現代人の間では推定合着年代が多地域進化説の想定よりずっと新しかったことから、アフリカ単一起源説が優勢となりました。さらに、ネアンデルタール人のmtDNA解析により、現生人類とネアンデルタール人の間には明らかな違いがあることから、完全置換説が優勢となりました。もちろん、遺伝的証拠だけではなく、化石証拠の蓄積や年代測定技術の改良もあり、そうした証拠もアフリカ単一起源説を優勢としていきました。

 しかし、本論文が指摘するように、現代人だけではなくネアンデルタール人のゲノム解析も進められると、現生人類とネアンデルタール人の交雑が明らかになり(関連記事)、アフリカ単一起源説のなかでも完全置換説は見直しが必要となりました。この交雑はユーラシア大陸において起きたと考えられていますが、本論文は、アフリカ大陸においても現生人類と古代型ホモ属との交雑が起きた可能性を想定し、まだ最古でも15000年前頃となるアフリカの古代DNA解析(関連記事)がさらにさかのぼることを期待しています。1990年代になると、次第に劣勢になっていった多地域進化説は、複雑な相互作用を想定しつつも、基本的には現代の各地域集団は同じ地域で100万年近く独自に進化してきた、とするじゅうらいの見解(旧多地域進化説)から、ネアンデルタール人などユーラシア大陸の先住人類は数的に圧倒的に優勢な外来の現生人類に吸収されて消滅した、という見解(新多地域進化説)へと変わりました(関連記事)。

 2010年以降、現生人類とネアンデルタール人やデニソワ人との交雑が明らかになってきたことから、多地域進化説の復権も一部で言われています。そうした見解では、たとえば、顔面があまり突出していないなどといった点で、現生人類的とされる30万年前頃のモロッコの化石(関連記事)と、中国の陝西省大茘(Dali)で発見されたホモ属化石との、頭蓋形状の類似が指摘されています。しかし本論文は、現生人類の頭蓋形状の進化は漸進的で(関連記事)、大茘化石とジェベルイルード化石の頭蓋形状の類似点は派生的というよりも祖先的ではないか、と指摘しています。

 本論文は、アフリカでのみ現生人類に共通する派生的特徴が進化した、とするアフリカ単一起源説の基本は現在でも有力だ、と指摘します。ただ、本論文の図では、現生人類に共通する派生的特徴はアフリカの単一地域のみではなく複数の地域で進化し、交雑によりアフリカ全体に拡散していった、という見解が採用されています。これは、現生人類アフリカ単一起源説でも、「アフリカ多地域進化説」と呼ばれる見解です(関連記事)。

 本論文は、旧多地域進化説も完全置換説も現在ではほぼ否定されており、アフリカ起源の現生人類とネアンデルタール人など古代型ホモ属との間に、交雑を含む複雑な相互作用があり、古代型ホモ属は現生人類に同化された、との見解が現在は最有力だと主張します。じゅうらいの現生人類の起源に関する仮説群でいえば、交配説が現時点では最も妥当だと言えそうです。もっとも、現生人類の出現や出アフリカの年代など、1980年代の交配説が現在でもそのまま通用するわけではありませんが。

 このように、現生人類とネアンデルタール人やデニソワ人との交雑が明らかになってくると、現生人類とネアンデルタール人とは同一種ではないか、との見解が復活してくるのも当然と言えます。形態学的には、頭蓋・中耳・内耳などの相違から、現生人類とネアンデルタール人は別種だと考えられてきました。また、ネアンデルタール人の芸術的活動の証拠も蓄積されつつあり(関連記事)、そうした観点からも、ネアンデルタール人と現生人類との類似性が強調されつつあります。

 種の概念は長く議論されており、すべての事例を整合的に説明できる種区分は事実上存在しないと思います。それでも本論文は、種の概念には生物学的根拠が必要で、ネアンデルタール人の洗練された能力は、現生人類との交雑にも関わらず、両者が同一種であることを意味しない、と強調します。これは、新多地域進化説において、サピエンス(Homo sapiens)は150万年以上前から存在している、と主張されていること(関連記事)を強く意識し、それは妥当ではない、と反論するためでもあるのでしょう。

 新多地域進化説では、一般的にはエルガスター(Homo ergaster)やエレクトス(Homo erectus)と区分される初期ホモ属種も、サピエンスと区分されています。人類単一種説を継承し、ホモ属単一種説を前提とした旧多地域進化説を何とか生かそうとすると、150万年以上前から現在までホモ属は単一種(Homo sapiens)だった、と主張せざるを得なかった、という側面もあるのでしょう。さすがに、新多地域進化説のこの種区分を支持する研究者はひじょうに少ないと思われます。


参考文献:
Galway-Witham J, and Stringer C.(2018): How did Homo sapiens evolve? Science, 360, 6395, 1296-1298.
https://dx.doi.org/10.1126/science.aat6659

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  • 現生人類アフリカ多地域進化説

    Excerpt: 現生人類(Homo sapiens)の進化に関する新たな見解を提示した研究(Scerri et al., 2018)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。現生人類アフリカ単一.. Weblog: 雑記帳 racked: 2018-07-12 19:54