現生人類の起源と進化

 取り上げるのがたいへん遅れてしまいましたが、現生人類(Homo sapiens)の起源と進化に関する研究(Stringer., 2016)が公表されました。以前からいつか読もうと思っていたのですが、怠惰なので先延ばしにし続けていました。2年前の論文ですが、進展の速い分野なので、今となってはやや古いとさえ言えるかもしれません。しかし、現生人類アフリカ単一起源説の大御所であるストリンガー(Chris Stringer)氏による、おもに形態学てき観点からの現生人類の起源と進化に関する総説なので、現在でもたいへん有益だと思います。

 現生人類アフリカ単一起源説は、現生人類とネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や種区分未定のデニソワ人(Denisovan)との交雑が明らかになり、修正されつつありますが、今でも通説の地位を保っている、と言って大過はないでしょう。本論文は、現生人類アフリカ単一起源説の証拠とされてきたアフリカおよびレヴァントの中期~後期更新世の人類遺骸を取り上げ、どのような特徴が現生人類と類似しているのか、あるいは異なるのか、取り上げていきます。本論文が指摘するように、中期~後期更新世のアフリカの人類遺骸は少なく、その中では年代が曖昧なものもあるため、現生人類の進化史にはまだ不明なところが多分にあります。本論文はそうした限界を踏まえつつ、アフリカ各地およびレヴァントの中期~後期更新世の人類遺骸を概観していきます。

 アフリカ北部では、モロッコのジェベルイルード(Jebel Irhoud)遺跡の人骨群が16万年前頃と推定されており(後述するように、この遺跡に関しては、その後新たな展開がありました)、その中でもっとも保存状態の良好なジェベルイルード1は現生人類と断定できないまでも、初期現生人類との類似性が認められます。考古学的には、モロッコでは中期更新世に、非アテーリアン(non-Aterian)中部旧石器/中期石器インダストリーから、海洋酸素同位体ステージ(MIS)6のアテーリアン(Aterian)へと移行していきます。しかし、その周辺の一部地域では、アテーリアンと並行して非アテーリアン中期石器インダストリーが継続し、アテーリアンの終焉後にさえ継続しています。これが人類系統の進化とどう関係しているのか、注目されますが、現時点では証拠があまりにも少なく、推測の難しいところです。

 アフリカ南部では、やはり発掘・研究の進んでいる南アフリカ共和国の人類遺骸が中心となり、以下の人類遺骸は全て南アフリカ共和国で発見されています。フロリスバッド(Florisbad)頭蓋は259000年前頃と推定されており、初期現生人類とも、後期ホモ属種ヘルメイ(Homo helmei)とも分類されています。クラシーズリヴァーマウス(Klasies River Mouth)では中期石器時代の人骨群が発見されており、明確に現生人類と分類できる要素もあるものの、現生人類と容易には分類できない要素もあります。ボーダー洞窟(Border Cave)では中期石器時代の人類化石が発見されており、年代は74000年前頃と推定されていますが、現生人類的ではあるものの、上腕骨や尺骨では祖先的な特徴も見られます。

 アフリカ東部はアフリカ南部とともに現生人類の起源地の有力候補で、アフリカでは南部(実質的には南アフリカ共和国)とともに発掘・研究の進んだ地域です。ケニアでは、エリースプリングス(Eliye Springs)で発見された人類頭蓋に、上述のジェベルイルードやフロリスバッドの頭蓋との類似性が見られます。タンザニアのエヤシ湖(Lake Eyasi)では、130000~88000年前頃の人類頭蓋や下顎が発見されており、現生人類的特徴が見られます。しかし、断片的なので評価は困難ですが、現生人類とは分類しにくい頭蓋もあります。エチオピア南西部のオモ川下流沿いのキビシュ層群で発見された人類化石のうち、オモ1号は明らかに現生人類に分類されますが、オモ2号には祖先的特徴が見られ、分類は曖昧です。ケニアの東トゥルカナのグオモデ層(Guomde Formation)では大腿骨と頭蓋が発見されており、大腿骨は現代的ですが、頭蓋にはオモ1号とオモ2号のような特徴が混在しており、つまりは現代的でも祖先的でもあります。エチオピアのヘルト(Herto)遺跡の16万年前頃の人類化石は、現代人とは区別される特徴もあるものの、初期現生人類と分類されています。135000~131000年前頃と推定されているスーダンのシンガ(Singa)頭蓋冠は現代的ではあるものの、頭頂部には現生人類とは異なる特徴が見られます。しかし、これは病変のためかもしれません。

 西アジアでは、レヴァントのスフール(Skhul)洞窟で130000~100000年前頃の、カフゼー(Qafzeh)洞窟で120000~90000年前頃の、初期現生人類と分類されている人骨群が発見されています。これらレヴァントの初期現生人類人骨群は、レヴァントの一部のネアンデルタール人遺骸よりも古いので、ネアンデルタール人から現生人類へという単線的な進化図式は破綻しました。レヴァントでは、初期現生人類の遺骸の一部に副葬品が共伴することも注目されます。これは、現時点での明確な副葬品としては最古になるばかりか、突出して古いとも言えそうです。

 現生人類の起源地がアフリカであることは上述の人類化石証拠から明らかになってきましたが、それらからも窺えるように、アフリカにおいて人類は現生人類の形態へと単線的に進化したのではなく、祖先的特徴と派生的特徴が混在し、「祖先型」の特徴が強く現れている個体(群)と、「派生型(現代的)」の特徴が強く現れている個体(群)とが年代的に重なり合っている、と本論文は強調しています。アフリカにおける現生人類の進化は複雑で、本論文刊行後の研究では、アフリカにおいて、現生人類・ネアンデルタール人・デニソワ人の共通祖先系統と200万~150万年前頃に分岐したと推定されている、遺伝学的に未知の(おそらくは)ホモ属と現生人類とが、15万年前頃に交雑した可能性も指摘されています(関連記事)。じっさい、初期現生人類と交雑があったのか不明ですが、ネアンデルタール人やデニソワ人よりも現生人類とは遠い関係にあると考えられるホモ属(Homo naledi)が中期更新世後期まで存在していました(関連記事)。

 現生人類とネアンデルタール人およびデニソワ人の最終共通祖先については、一般的にハイデルベルク人(Homo heidelbergensis)と想定されています。その場合、ハイデルベルク人から、シュタインハイム人(Homo steinheimensis)を経てネアンデルタール人が、ヘルメイ(Homo helmei)を経て現生人類が出現した、とも考えられます。しかし、シュタインハイム人やヘルメイといった分類を設定する必要はない、とも考えられます。また、ゲノム解析からは、現生人類系統とネアンデルタール人およびデニソワ人系統との分岐は古いと考えられるので、ハイデルベルク人は現生人類とネアンデルタール人およびデニソワ人の最終共通祖先である未知のホモ属種(遺骸はすでに発見されているかもしれませんが)から派生した、現生人類やネアンデルタール人やデニソワ人とは異なる単系統群である可能性も考えられます。本論文はこのように、現生人類の進化史について複数の可能性を提示しています。

 ネアンデルタール人およびデニソワ人と現生人類との最終共通祖先について、以前は、ネアンデルタール人や現生人類の派生的特徴はなく、祖先的だと考えられていました。しかし本論文は、じっさいには、祖先的特徴と派生的特徴が混在しており、特定の派生的特徴が一方の系統のみに継承された可能性を提示しています。たとえば、スペインのグランドリナ(Gran Dolina)遺跡で発見された96万~80万年前頃のホモ属化石はアンテセッサー(Homo antecessor)と分類されていますが、その頬骨上顎は明らかに現代人との類似性を示しています。現生人類の進化過程は、私にとってとくに関心の高い分野なので、今後もできるだけ新たな知見を得ていきたいものです。

 本論文刊行後の、現生人類の起源と進化に関する研究は、とくにゲノム解析において目覚ましい発展を遂げつつあり、現生人類と古代型ホモ属との交雑という観点からのまとめ(関連記事)など、関連する問題をまとめたこともありますが、改めてここで整理するだけの気力はとてもないので、今後の課題とします。ゲノム解析ほど飛躍的ではありませんが、形態学というか人類遺骸でも、現生人類の起源と進化に関する研究は進展しています。現生人類の起源という観点から特筆すべきなのは、やはりモロッコで発見された30万年前頃の現生人類的な化石でしょう(関連記事)。本論文でも、このジェベルイルード3化石は言及されていましたが、年代が30万年前頃と新たに推定されたことで、現生人類の起源をめぐる問題に新展開をもたらしました。もっとも、さらに複雑化させた、とも言えるかもしれませんが。現生人類の出アフリカという観点からは、スマトラ島の73000~63000年前頃となる現生人類化石や(関連記事)、レヴァントの194000~177000年前頃となる現生人類的な化石や(関連記事)、アラビア半島の8万年以上前となる現生人類化石(関連記事)が注目されます。


参考文献:
Stringer C.(2016): The origin and evolution of Homo sapiens. Philosophical Transactions of the Royal Society B, 371, 1698, 20150237.
https://dx.doi.org/10.1098/rstb.2015.0237

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