ネアンデルタール人の食人行為
食人行為は、その背徳性もあってか、関心が高いように思われます。当ブログでも食人について何度か取り上げてきましたが、おもにネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)に関するものだったので、ネアンデルタール人とは言えないかもしれない事例も含めて、一度短くまとめてみます。
スペイン北部のエルシドロン(El Sidrón)洞窟は、複数のネアンデルタール人遺骸が発見されたことで有名な遺跡ですが、骨に解体痕(cut marks)が見られ、骨髄や脳を取り出したのではないか、とも解釈されています(関連記事)。ネアンデルタール人の歯の分析からは、幼年期に飢餓か栄養不良を経験したと推測されているので、そうした時に食人があったのかもしれません。ただ、病死や餓死の後に食べられたのか、それとも食人のために殺害したのか、また、食人を行なったのは同じ集団と他集団のどちらの構成員だったのか、といったことは不明です。解体痕のあるエルシドロン遺跡のネアンデルタール人遺骸のうち、学童期(juvenile、6~7歳から12~13歳頃)の男性と推定されている個体の成長速度は、現生人類(Homo sapiens)とあまり変わらなかったのではないか、と推測されています(関連記事)。
フランス南西部のラロア(Les Rois)遺跡で発見された若年個体の下顎骨には解体痕が見られますが、この個体はネアンデルタール人と現生人類の特徴が混在している、と指摘されています(関連記事)。ただ、食人の可能性は低そうだ、とも指摘されています。この個体の推定年代は30000~28000年前頃で、ヨーロッパ初期現生人類の多様な形態を反映している、という可能性が高そうです。ただ、歯にネアンデルタール人的特徴が見られると指摘されているので、現生人類とネアンデルタール人との交雑による形態的特徴がこの年代にも現れていた、とも解釈できるかもしれません。
フランスのシャラント(Charente)県にあるマリヤック(Marillac)遺跡のネアンデルタール人遺骸では、3個体で明らかに人為的な解体痕や打撃痕(percussion marks)が確認されています(関連記事)。ただ、マリヤック遺跡には豊富な動物化石が存在することと、これらネアンデルタール人3個体の同位体分析の結果がハイエナとオオカミのような捕食動物や他のネアンデルタール人と同様だったので、このネアンデルタール人3個体もおもにその食資源を草食動物に依拠していたと考えられることから、飢餓状態での食人行為とは断定できない、と指摘されています。その他の可能性として、「食道楽」としての食人や葬儀などの儀式が挙げられています。
ベルギー南部のゴイエット(Goyet)の「第三洞窟(Troisième caverne)」遺跡で発見された、較正年代でおおむね45500~40500年前頃のネアンデルタール人遺骸のなかには、解体痕・打撃痕・修正痕(retouching marks)といった人為的損傷が見られるものもありました(関連記事)。これらネアンデルタール人遺骸の人為的損傷の痕跡は第三洞窟遺跡のウマやトナカイの骨と同様なので、皮を剥ぐ・解体する・骨髄を抽出するという過程を経た食人行為の結果だと考えられています。また、ネアンデルタール人遺骸の修正痕については、石器製作のために骨を道具として用いた痕跡ではないか、と解釈されています。
こうしたネアンデルタール人遺骸に見られる解体痕・打撃痕は、少なくともそうのち一定以上の割合で、食人行為の結果と考えられます。ただ、マリヤック遺跡の事例からも窺えるように、葬儀もしくは他の何らかの儀式の一環である可能性も考えられます。さらに、食人行為と葬儀(もしくは他の何らかの儀式)とは常に明確に区分できるわけではなく、食人行為が葬儀の一環だった可能性も考えられます。もちろん、エルシドロン遺跡の事例からは、飢餓状態で栄養不足のなか必要に迫られての行為だった可能性も考えられます。おそらく、ネアンデルタール人の食人行為には多様な意味合いがあったのでしょう。
ヒトの栄養価はホモ属がしばしば狩猟対象としたマンモスなどの大型動物と比較すると有意に低く、また、ホモ属の認知能力からホモ属狩りは危険だと指摘されています(関連記事)。おそらく、飢餓状態で栄養不足のなか、弱ったもしくは死亡した個体が間近にいるという状況でもない限り、ネアンデルタール人も含めてホモ属は栄養摂取のみを目的とした同類狩りを行なわなかったのでしょう。ネアンデルタール人の祖先集団もしくはそのきわめて近縁な集団と考えられている、スペイン北部の通称「骨の穴(Sima de los Huesos)洞窟」遺跡の人骨群のなかには、殺人の痕跡が見られるものもあります(関連記事)。おそらく、ネアンデルタール人社会においても殺人はきょくたんに珍しいものではなく、敵意・復讐心などによる食人行為もあったのかもしれません。
なお、ネアンデルタール人社会では、食人習慣のために伝達性海綿状脳症が広がり、人口が減少した結果、現生人類がネアンデルタール人の領域に拡散してきた時に対抗できず絶滅した、との見解も提示されています(関連記事)。しかし、ネアンデルタール人はヨーロッパにおいて数十万年ほど存続し、人口の増減を繰り返していたと考えられますので(関連記事)、絶滅の一因になるほど人口を減少させるほどの影響を及ぼすような食事習慣があったとは想定しにくいと思います。
スペイン北部のエルシドロン(El Sidrón)洞窟は、複数のネアンデルタール人遺骸が発見されたことで有名な遺跡ですが、骨に解体痕(cut marks)が見られ、骨髄や脳を取り出したのではないか、とも解釈されています(関連記事)。ネアンデルタール人の歯の分析からは、幼年期に飢餓か栄養不良を経験したと推測されているので、そうした時に食人があったのかもしれません。ただ、病死や餓死の後に食べられたのか、それとも食人のために殺害したのか、また、食人を行なったのは同じ集団と他集団のどちらの構成員だったのか、といったことは不明です。解体痕のあるエルシドロン遺跡のネアンデルタール人遺骸のうち、学童期(juvenile、6~7歳から12~13歳頃)の男性と推定されている個体の成長速度は、現生人類(Homo sapiens)とあまり変わらなかったのではないか、と推測されています(関連記事)。
フランス南西部のラロア(Les Rois)遺跡で発見された若年個体の下顎骨には解体痕が見られますが、この個体はネアンデルタール人と現生人類の特徴が混在している、と指摘されています(関連記事)。ただ、食人の可能性は低そうだ、とも指摘されています。この個体の推定年代は30000~28000年前頃で、ヨーロッパ初期現生人類の多様な形態を反映している、という可能性が高そうです。ただ、歯にネアンデルタール人的特徴が見られると指摘されているので、現生人類とネアンデルタール人との交雑による形態的特徴がこの年代にも現れていた、とも解釈できるかもしれません。
フランスのシャラント(Charente)県にあるマリヤック(Marillac)遺跡のネアンデルタール人遺骸では、3個体で明らかに人為的な解体痕や打撃痕(percussion marks)が確認されています(関連記事)。ただ、マリヤック遺跡には豊富な動物化石が存在することと、これらネアンデルタール人3個体の同位体分析の結果がハイエナとオオカミのような捕食動物や他のネアンデルタール人と同様だったので、このネアンデルタール人3個体もおもにその食資源を草食動物に依拠していたと考えられることから、飢餓状態での食人行為とは断定できない、と指摘されています。その他の可能性として、「食道楽」としての食人や葬儀などの儀式が挙げられています。
ベルギー南部のゴイエット(Goyet)の「第三洞窟(Troisième caverne)」遺跡で発見された、較正年代でおおむね45500~40500年前頃のネアンデルタール人遺骸のなかには、解体痕・打撃痕・修正痕(retouching marks)といった人為的損傷が見られるものもありました(関連記事)。これらネアンデルタール人遺骸の人為的損傷の痕跡は第三洞窟遺跡のウマやトナカイの骨と同様なので、皮を剥ぐ・解体する・骨髄を抽出するという過程を経た食人行為の結果だと考えられています。また、ネアンデルタール人遺骸の修正痕については、石器製作のために骨を道具として用いた痕跡ではないか、と解釈されています。
こうしたネアンデルタール人遺骸に見られる解体痕・打撃痕は、少なくともそうのち一定以上の割合で、食人行為の結果と考えられます。ただ、マリヤック遺跡の事例からも窺えるように、葬儀もしくは他の何らかの儀式の一環である可能性も考えられます。さらに、食人行為と葬儀(もしくは他の何らかの儀式)とは常に明確に区分できるわけではなく、食人行為が葬儀の一環だった可能性も考えられます。もちろん、エルシドロン遺跡の事例からは、飢餓状態で栄養不足のなか必要に迫られての行為だった可能性も考えられます。おそらく、ネアンデルタール人の食人行為には多様な意味合いがあったのでしょう。
ヒトの栄養価はホモ属がしばしば狩猟対象としたマンモスなどの大型動物と比較すると有意に低く、また、ホモ属の認知能力からホモ属狩りは危険だと指摘されています(関連記事)。おそらく、飢餓状態で栄養不足のなか、弱ったもしくは死亡した個体が間近にいるという状況でもない限り、ネアンデルタール人も含めてホモ属は栄養摂取のみを目的とした同類狩りを行なわなかったのでしょう。ネアンデルタール人の祖先集団もしくはそのきわめて近縁な集団と考えられている、スペイン北部の通称「骨の穴(Sima de los Huesos)洞窟」遺跡の人骨群のなかには、殺人の痕跡が見られるものもあります(関連記事)。おそらく、ネアンデルタール人社会においても殺人はきょくたんに珍しいものではなく、敵意・復讐心などによる食人行為もあったのかもしれません。
なお、ネアンデルタール人社会では、食人習慣のために伝達性海綿状脳症が広がり、人口が減少した結果、現生人類がネアンデルタール人の領域に拡散してきた時に対抗できず絶滅した、との見解も提示されています(関連記事)。しかし、ネアンデルタール人はヨーロッパにおいて数十万年ほど存続し、人口の増減を繰り返していたと考えられますので(関連記事)、絶滅の一因になるほど人口を減少させるほどの影響を及ぼすような食事習慣があったとは想定しにくいと思います。
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