アメリカ大陸先住民集団の形成史の見直し

 アメリカ大陸先住民集団の形成史を見直した研究(Scheib et al., 2018)が報道されました。アメリカ大陸先住民集団の形成については、近年までアメリカ大陸最古の人類の痕跡とされてきたクローヴィス(Clovis)文化集団の男児のゲノム解析結果が重視されてきました(関連記事)。暦年代では12707~12556年前頃となる、アメリカ合衆国モンタナ州西部のアンジック(Anzick)遺跡の男児(Anzick-1)のゲノム解析の結果、この男児は現代のアメリカ大陸先住民でも北部よりも中部・南部の集団の方と遺伝的に近縁と推測され、政治的大問題にもなったケネウィック人(Kennewick Man)についても、ゲノム解析により同様の結果が得られています(関連記事)。そのため、アメリカ大陸先住民集団は、アメリカ大陸への移住から早い時期に北部系統と南部系統に分岐し、中央および南アメリカ大陸の先住民集団の祖先は南部系統のみだった、と以前は考えられていました。

 本論文は、アメリカ合衆国カリフォルニア州のチャンネル諸島とカナダ東部のオンタリオ州で発見された91人の古代ゲノムを解析し、じゅうらいの見解を訂正しています。91人の古代ゲノム解析の結果、オンタリオ州の古代人は他の北アメリカ大陸古代人と類似している一方で(北部系統)、カリフォルニア州の古代人は中央および南アメリカ大陸の現代の先住民集団の方とより類似していました(南部系統)。北部系統は最終氷期の終了による氷河の後退に伴い五大湖地域に移動し、南部系統はおそらくアメリカ大陸太平洋沿岸を南下し続けた、と推測されています。本論文でも、アメリカ大陸先住民集団のうち、北部系統と南部系統の深い分岐が確認され、その年代は18000~15000年前頃と推定されています。この分岐がベーリンジア(ベーリング陸橋)に「潜伏」していた期間(関連記事)のことなのか、アメリカ大陸に拡散してのことなのか、まだ不明です。

 ここまではじゅうらいの見解と整合的ですが、本論文は、現代の南アメリカ大陸先住民集団に南部系統だけではなく北部系統の遺伝的影響もあることを明らかにしました。つまり、北部系統と南部系統は18000~15000年前頃に分岐し、ある程度の期間(数千年程度?)分離したままの状況を経た後、北部系統の一部が南部系統と融合したのではないか、というわけです。この融合が、南アメリカ大陸への人類の拡散の前に起きたのか、それとも南アメリカ大陸へ人類が拡散した後、北部系統集団の一部が南アメリカ大陸へと拡散する過程で起きたのか、現時点では不明です。アメリカ大陸先住民集団の形成史は、以前の想定よりも複雑なものだった可能性が高そうです。


参考文献:
Scheib CL. et al.(2018A): Ancient human parallel lineages within North America contributed to a coastal expansion. Science, 360, 6392, 1024-1027.
https://dx.doi.org/10.1126/science.aar6851

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