中村真理子『さらばカエサル』

 『ビッグコミックオリジナル』2018年12号掲載の読み切り作品です。ロバート=ハー氏原作です。『天智と天武~新説・日本書紀~』の完結(関連記事)後、中村氏の新作としてカエサルの伝記が予告されてからずいぶんと経過したと記憶していますが、連載ではなく読み切りとなりました。その理由は編集部から説明があり、「塩野七生氏の許諾を頂けなかったため、“古代ローマもの”はこれにて終了」とのことです。確かに、カエサルの伝記の予告では、原作者は塩野七生氏とあったように記憶しています。部外者にはどのような経緯で読み切りとなったのか、さっぱり分かりませんが、「大人の事情」なのでしょうか。ただ、「中村氏は近々再登場!!」とも告知されていたので、『天智と天武~新説・日本書紀~』の「空白期間(天武朝・持統朝・文武朝)」の連載が始まる、と期待したいところですが、やはり望み薄でしょうか。

 『ビッグコミックオリジナル』を購入したのは『イリヤッド』の最終回掲載号(関連記事)以来で、じつに11年振りとなります。まだ当時から連載が続いている作品も何本かあり、懐かしさもありました。私が『ビッグコミックオリジナル』を購入していた1年数ヶ月の間、ずっとマスターズの最終日が続いていた『風の大地』もその一つですが、さすがにマスターズはもう終わっており、現在は全英オープン3日目の様子が描かれています。はっきりと記憶していないのですが、最後の恒例の詩を読むと、11年前の連載時に描かれていたマスターズよりも何年か後のことのようです。確か主人公には婚約者がいたと記憶していますが、その後結婚したのでしょうか。

 本題に戻りますが、『さらばカエサル』はカエサル暗殺を描いており、物語は暗殺事件の少し前から始まります。あるいは前夜かもしれませんが、カエサル暗殺の具体的な謀議はこの場面が初めてのような描写だったので、さすがに暗殺事件よりは少し前のことだと思います。会議を主導したのはブルータスで、独裁色を強めて共和制(共和政)を崩壊に追い込もうとしているカエサルを殺そう、と訴えます。本作は、この謀議の参加者たちのやり取りと、彼らによるカエサルの事績の回想で話が進みます。

 カエサル暗殺を強く訴えるブルータスですが、カッシウスたちには、かつてカエサルに敵対しておきながらカエサルに赦されたばかりか、重用されてさえいることや、母親がカエサルの愛人であることを指摘され、カエサルを殺せるのか、と疑問を呈されます。ブルータスは満年齢でもう40代だと思うのですが、外見も言動も幼い感じに描かれており、周囲の人物にもそのように扱われているようです。そのことにブルータスは強く反発しており、これもカエサル暗殺の動機の一つなのでしょう。

 謀議の参加者は、若き日のカエサルが海賊に囚われてどのように窮地を脱したのか、ガリア遠征で苦境をどう打開したのか、語り合います。そこでのカエサルはじつに魅力的で、暗殺の謀議にも関わらず、本当にカエサルを殺さねばならないのか、との意見すら出て、ブルータスは憤激します。なお、ガリアの指導者であるウェルキンゲトリクスが蘇我入鹿(大海人皇子)顔なのには少し楽しめました。カエサルはとにかく女性にモテる男性で、クレオパトラのことも語られます。本作のクレオパトラはやはり美人顔で、カエサルがにやけているのには笑えました。

 一度はカエサル暗殺を諦めるような意見も出ましたが、モテまくり、借金して金を浪費し、戦争では連戦連勝の英雄で、人気を独占しているカエサルにたいする嫉妬から、やはりカエサルを暗殺しよう、という意見でまとまりかけます。しかし、ブルータスは、そんな次元の低い理由ではなく、至高である共和制を守るというもっと崇高な理由でカエサルを殺すのだ、と強く訴えます。ブルータスは、他の参加者からは、スケールの大きなカエサルに嫉妬しているから殺したいのだろう、と揶揄されますが、ゲスなお前たちとは違うのだ、と全力で否定します。

 紀元前44年3月15日(ユリウス暦)、カエサルは元老院で襲撃されます。まず、カッシウスがカエサルを刺しますが、カエサルは狼狽するでも激昂するでもなく、冷静です。その後、次々と刺されたカエサルは、ブルータスも剣を持っていることに気づきます。カエサルはブルータスに微笑み、「ブルータス、お前もか?」と問いかけます。するとブルータスは、違う!と叫んでカエサルを刺し、カエサルは絶命します。ブルータスはカエサルの遺骸に、父さんも最後まで自分を子ども扱いするのか、と泣きながら語りかけます。ブルータスの実父はカエサルだった、もしくはブルータスはそう確信していた、という設定なのでしょうか。その後、ブルータスもカッシウスもアントニウスとアウグストゥス(オクタウィアヌス)に敗れて自害し、アウグストゥスが初代ローマ皇帝となり、ブルータスが固執した共和制は終焉した、と語られて終了です。


 約2年振りとなる中村氏の作品でしたが、なかなか楽しめました。しかし、やはり読み切りなのは残念で、ダイジェスト感は否めませんでした。本作のカエサルは底知れない器量の怪物といった感じで、殺されるさいの態度からしても、恐ろしくもあり、魅力的でもあります。若き日の海賊に囚われた事件やガリア遠征など、本作でもカエサルの魅力は描かれましたが、長期連載作品であればよかったのに、と惜しまれます。ブルータスは主人公というより狂言回しといった感じで、小物感全開の人物造形になっていました。長期連載であれば、カエサルとの葛藤などもっと深く描かれ、小物ながらも魅力的な人物になっていたのかな、と思うと残念です。ともかく、読み切りながら楽しめたものの、中村氏の次回作は、できれば長期連載の歴史ものであったほしいものです。

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    Excerpt: 『ビッグコミックオリジナル』2018年9月20日号掲載分の感想です。待望の中村真理子氏の新作が始まりました。『天智と天武~新説・日本書紀~』の完結(関連記事)後、中村氏の新作としてカエサルの伝記が予告.. Weblog: 雑記帳 racked: 2018-09-05 19:18