新石器時代における人類のY染色体の多様性激減の要因

 新石器時代における人類のY染色体の多様性激減の要因に関する研究(Zeng et al., 2018)が報道されました。アフリカとユーラシアにおいて7000~5000年前に人類のY染色体の劇的なボトルネック(瓶首効果)が生じ、有効人口サイズでは1/20にまで激減した、と推定されています。Y染色体は父系で継承されますが、母系で継承されるミトコンドリアDNA(mtDNA)では、この間にそうした劇的なボトルネックは起きておらず、人口は増加していった、と推定されています。

 こうした大きな性的非対称性の要因としては、まず気候変動が考えられます。しかし本論文では、こうした大きな性的非対称性が生じるほどの気候変動は想定しにくい、と指摘されています。次に、小集団からの拡大という創始者効果が想定されます。しかし、西ユーラシアでは、最初期農耕集団はすでに狩猟採集民集団よりも規模が大きかった、と明らかになっています。東アジアやイランやアフリカの古代ゲノム解析からも、これらの地域の初期農耕牧畜民の人口は狩猟採集民集団よりも多かった、と推測されます。したがって、創始者効果も要因としては考えにくい、と本論文は指摘します。物質的不平等の拡大も、性的非対称性の要因として考えられます。物質的不平等の結果として、社会上層の男性は下層の男性よりも繁殖機会がずっと多くなったのではないか、というわけです。しかし本論文は、集団内の生殖不平等では、きょくたんな性的非対称性は生じにくい、と指摘します。

 本論文は、人類学的理論・数理モデル・考古学および遺伝学的知見から、大きな性的非対称性の要因として父系集団の形成とその間の競争を挙げています。農耕牧畜が始まり新石器時代となって以降、集団が組織化され、拡大していきました。その多くは父系集団で、男性は出生集団に留まり、女性はおもに結婚を契機として出生集団から新たな集団に入ってくることになります。そのため、集団内の構成員は類似したY染色体を有することになります。コンピュータ上の再現の結果、父系集団間での競争はY染色体の多様性を減少させ得る一方で、非父系集団間での競争ではY染色体の多様性は減少しにくい、と明らかになりました。また、父系集団間の競争では、mtDNAにおけるボトルネックは起きにくいことも明らかになりました。古代DNA研究・考古学的研究の進展にともない、本論文の見解がもっと信頼性の高い仮説となるのか、あるいはどの程度修正されていくのか、注目されます。


参考文献:
Zeng TC, Aw A, and Feldman MW.(2018): Cultural hitchhiking and competition between patrilineal kin groups explain the post-Neolithic Y-chromosome bottleneck. Nature Communications, 9, 2077.
https://dx.doi.org/10.1038/s41467-018-04375-6

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