普通に生活している人なら家に岩波講座日本歴史ぐらいはあるだろう

 表題の発言に考えさせられることがありました。以下に全文(とはいっても、Twitterの1投稿分ですが)を引用します。

呉座先生の「陰謀論に危機感」はちょっと大げさじゃないかと思う。普通に生活している人なら家に岩波講座日本歴史ぐらいはあるだろう。歴史言説で怪しい記載に出会ったら対応箇所を確認し職業研究者がコンセンサスを置く事実を調べるはず。異説奇説はそうやって排除され盲目的に信じる人は少ない。

 おそらくこれは、『「この国に陰謀論が蔓延する理由」歴史学者・呉座勇一に訊く』という記事への感想でしょう。私もそうでしたが、おそらく少なからぬ人は、「普通に生活している人なら家に岩波講座日本歴史ぐらいはあるだろう」との発言に疑問を抱くでしょう。『岩波講座 日本歴史』の発行部数は知りませんが、少なくとも、「普通に生活している人なら」家庭で持っている、というほど発行部数が多いとはとても思えません。

 正直なところ、どう解釈してよいのか、迷うところですが、まず考えられるのは、「普通に生活している人」との発言で想定されている「普通」の水準がきわめて高いことです。その場合、一般的な用法での「普通」とは意味合いが大きく異なっていることになります。しかし、上記の記事は現代日本社会における陰謀論の蔓延を懸念しており、大衆が対象と言ってよいでしょうから、「普通」の水準がきわめて高いとすると、上記の発言は的外れとなります。

 次に考えられるのは、一般的な意味合いで「普通」を用いたうえで、「普通に生活している人なら家に岩波講座日本歴史ぐらいはあるだろう」と発言者が本気で思っていることです。ある程度以上の熱意を有している歴史愛好者に限っても、『岩波講座 日本歴史』を私的に購入した人は少なそうですし、読んだことのない人も多いでしょう。そもそも、『岩波講座 日本歴史』の存在すら知らない歴史愛好者もある程度いるかもしれません。こちらの解釈でも、上記の発言は的外れだと思います。

 発言主の他の投稿も少し読んだ印象論にすぎませんが、後者の解釈の方がより妥当なのかな、と思います。そうだとすると、発言主が弁護士であることから推測して、日頃の人間関係は知的(生活水準でも)上層が中心で、自身の経験・能力もあり、「普通に生活している人なら家に岩波講座日本歴史ぐらいはあるだろう」と考えてしまったのかもしれません。しかし、何か歴史に関する言説を読み、さらに調べようと思って『岩波講座 日本歴史』の(1本でも複数でも)該当論文に当たることができる、もしくはそうした意欲を有するのは、かなり裾野の広いと言ってよいだろう歴史愛好者のなかでも、かなり限定されるのではないか、と思います。

 私は別に上記発言を強く批判したいわけではなく、階層差が可視化された事例として解釈できそうなので興味深い、と思っただけです。このような階層差は、高度経済成長期前、さらには戦前の方がさらに大きかったのでしょうが、インターネットが普及して可視化されやすくなったように思います。とはいっても、インターネット全般に当てはまるわけではなく、Twitterのように、かなり広範な階層が参加する場において、より明確に現れるものなのでしょう。

 もちろん、Twitterには広範な階層が参加しているとはいっても、フォロー・ブロック機能などもあることから、情報収集・交流という点で偏る傾向にあることも否定できず、私もできるだけ幅広く情報を収集するよう努めています。上記の発言も、万人に開かれているとはいっても、やはりインターネットにおける偏向は避けられない、という背景があるのでしょう。また、Twitterで発信できない、もしくは存在すら知らない、というような階層もある程度以上は存在するだろう、ということも念頭に置いておかねばならないでしょう。

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