北アメリカ大陸北西部の先住民集団のゲノム解析

 北アメリカ大陸北西部の先住民集団のゲノム解析結果を報告した研究(Lindo et al., 2018)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。本論文は、カナダのブリティッシュコロンビア州とアメリカ合衆国のアラスカ州南部の海岸に居住する先住民集団であるチムシアン(Tsimshian)人25人と、同地域の6000~500年前頃の住民25人の核DNAを解析しました。本論文は、ヒトゲノム中の全エクソンの集合体配列の分析から、人口史と遺伝的多様性を検証しました。上記報道では、研究者たちとアメリカ大陸先住民集団との信頼関係の構築により可能な研究だったことが強調されています。

 まず明らかになったのは、チムシアン人は北アメリカ大陸北西部の古代の先住民集団との遺伝的継続性が高い、ということです。次に、人口史に関しては、チムシアン人集団において19世紀前期~半ばにかけて人口規模が激減(半数ほど)した、と推測されました。これは、ヨーロッパ系植民者たちとの接触による天然痘の流行でチムシアン人集団の人口が激減した、との歴史学の見解と整合的です。ヨーロッパ勢力の侵出によりアメリカ大陸先住民集団は大打撃を受けたことが、改めて確認されました。

 しかし、ヨーロッパ勢力がアメリカ大陸に拡散してくる前の人口史に関しては、有力説と異なる知見が得られました。アメリカ大陸先住民は、15000年以上前にアメリカ大陸に拡散して以降、ヨーロッパ勢力の侵出前まで人口規模が拡大していた、と推測されていました。しかし本論文は、チムシアン人集団の人口規模が6000年前頃に緩やかではあるものの確実に縮小していった、と推測しています。アメリカ大陸の環境は北極圏からアマゾン地域まで多様で、人口史も一様ではなく地域集団ごとに多様だったのではないか、と考えられます。

 チムシアン人集団はヨーロッパ勢力がアメリカ大陸に侵出する前に緩やかな人口規模の縮小を経験し、19世紀前半~半ばにかけて、ヨーロッパ勢力との接触により人口が激減しました。こうなると、遺伝的多様性が減少し、潜在的に有害なアレル(対立遺伝子)の割合が増加し、病原体への抵抗も弱くなる可能性が想定されます。しかし、現代のチムシアン人集団には、潜在的に有害なアレルの割合は低く、少なくとも部分的には遺伝的多様性が人口激減前の水準で留まっています。これは、チムシアン人集団と、他のアメリカ大陸先住民集団およびヨーロッパ人など非先住民集団との間の遺伝子流動によるのではないか、と推測されています。


参考文献:
Lindo J. et al.(2018): Patterns of Genetic Coding Variation in a Native American Population before and after European Contact. The American Journal of Human Genetics, 102, 5, 806–815.
https://doi.org/10.1016/j.ajhg.2018.03.008

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