ユーラシア草原地帯の人類集団史とB型肝炎ウイルス感染の痕跡
ユーラシア草原地帯における人類集団史に関する二つの研究が報道されました。一方の研究(Damgaard et al., 2018B)は、約8000 kmに及ぶハンガリーから中国北東部までの広大なユーラシア草原地帯における、青銅器時代以降の約4000年間に及ぶ137人の古代人のDNA解析結果(平均網羅率は約1倍)を報告しています。さらにこの研究は、502人の現代人に自分の祖先の出身地(中央アジア・アルタイ・シベリア・コーカサス)を自己申告させ、そのゲノムデータを解析しました。こうして得られた知見から、ユーラシア草原地帯の人類集団の歴史が明らかになりました。
鉄器時代を通してユーラシア草原地帯で優勢だったスキタイ人集団は、遺伝的には後期青銅器時代の牧畜民・ヨーロッパの農耕民・シベリア南部の狩猟採集民から構成される多様な起源を有していた、と明らかになりました。その後、スキタイ人は匈奴連合体を形成したステップ東部の遊牧民と混合し、紀元前3世紀もしくは紀元前2世紀頃に西方へ移動し、4~5世紀にはフン族の伝統を築くとともに、「ユスティニアヌスの疫病」の根源となるペストを持ち込んだ、と推測されています。これらの遊牧民はさらに、中世の複数の短い汗国の時代に東アジアの集団と混合しました。こうした歴史的事象により、ユーラシア草原地帯は、ユーラシア西部の系統が大部分であるインド・ヨーロッパ語族の居住地から、東アジア系統の、現在のおもにチュルク語を話す集団の居住地へと変遷を遂げました。
もう一方の研究(Mühlemann et al., 2018)は、ユーラシア中央部および西部の、7000~200年前頃の304人のDNA解析結果を報告しています。注目されるのは、このうち25人がB型肝炎ウイルス(HBV)に感染していたと推測されることです。現在、約2億5700万人がHBVに慢性的に感染しており、2015年には約887000人が合併症を引き起こして死亡しています。HBVには少なくとも9タイプ存在しますが、どのように進化してきたのは不明でした。これら二つの研究は、ユーラシアの古代人合計304人中25人のゲノムにHBVの証拠が見つかった、と報告しています。古代のウイルスの塩基配列が今後新たに発見されれば、HBVの正確な起源と初期の歴史が明確になり、B型肝炎の負荷と死亡率に対する自然の変化および文化的変化の寄与の解明に役立つ可能性があります。
この研究は、青銅器時代から中世にわたる、4500~800年前頃の完全あるいは部分的な古代HBVゲノム12例(現存しない遺伝子型を含みます)について報告し、ヒトHBVと非ヒト霊長類HBVの現生種と共に解析しました。れらの古代ゲノム塩基配列は、現生人類のHBVクレードまたは他の類人猿のHBVクレードの内部に、あるいはそれらの姉妹系統として位置していました。HBV系統樹の根の年代は20900~8600年前頃と推定されています。これらゲノムの特徴はおおむね、現代のHBVのものと一致しました。
複数の例で、古代の遺伝子型の地理的位置と現在の分布とが一致しませんでした。現在のアフリカおよびアジアに典型的な遺伝子型と、インドに由来する亜型(subgenotype)は、初期にユーラシアに存在していたことが明らかになりました。古代HBVと現代HBVの遺伝子型に認められる地理的パターンおよび時間的パターンは、すでに立証されている青銅器時代および鉄器時代の人類移動のパターンと一致します。この研究は、HBVの遺伝子型Aが組換えによって生じ、さらに現代HBVの遺伝子型が長期にわたりヒトと関連してきた、と明らかにしています。また、現在は存在しないかつてのヒトの遺伝子型も発見されました。こうしたデータは、現代の塩基配列のみの検討では解明できないような、HBV進化の複雑さを明らかにします。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。
【ゲノミクス】古代ゲノムで見つかった人類史と肝炎に関する手掛かり
約1500~4500年前に生きていた137人のヒトのゲノム塩基配列について報告する論文と、これらのゲノムと共に青銅器時代の167人のヒトのゲノムを解析し、合計304人中25人のゲノムにB型肝炎ウイルス(HBV)の証拠が見つかったことを報告する論文が、今週掲載される。これらの新知見は、数千年間にわたって、ユーラシア全土でヒトのHBV感染があったことを示唆している。
Eske Willerslevたちは、第1の論文で、ハンガリーから中国北東部までの約8000 kmに及ぶ広大なユーラシア・ステップで生活していた137人の古代人のゲノム塩基配列を解読した結果を報告している。これらのゲノムは約4000年間を網羅している。Willerslevたちは、502人の現代人に自分の祖先の出身地(中央アジア、アルタイ、シベリア、コーカサス)を自己申告させて、そのゲノムデータを解析した。こうして得られた知見から、ユーラシア・ステップのヒト集団の歴史が明らかになり、青銅器時代のユーラシア出身の牧畜民から主に東アジア出身の騎馬兵士への移行がゆっくりと進んだことが示唆された。
また、Willerslevたちは第2の論文で、約200~7000年前に生きていた304人の中央ユーラシアと西ユーラシアの人々のDNA塩基配列を解析し、うち25人がHBVに感染しており、約4000年にわたってHBV感染があったことを示す証拠を報告している。Willerslevたちは、合計12点のHBVの完全ゲノムまたは部分ゲノム(現存しない遺伝子型を含む)を分離し、ヒトHBVと非ヒト霊長類HBVの現生種と共に解析した。その結果、現在の分布と一致しない領域に古代HBVゲノムが存在していたことと、少なくとも1つ以上の現存しない遺伝子型が明らかになった。
全世界で約2億5700万人が慢性HBV感染に苦しんでおり、2015年にはその合併症で約88万7000人が命を落としているが、HBVの起源と進化は解明されていない。古代のウイルスのゲノム塩基配列が今後新たに発見されれば、HBVの正確な起源と初期の歴史が明確になり、B型肝炎の負荷と死亡率に対する自然の変化および文化的変化の寄与の解明に役立つ可能性がある。
集団遺伝学:ユーラシアのステップ全域に由来する137例のヒト古代ゲノム
社会人類学:青銅器時代から中世の古代B型肝炎ウイルス
集団遺伝学:古代ゲノムから明らかになった人類史とヒト肝炎の手掛かり
今週号の2報の論文でE Willerslevたちは、ヒトの古代ゲノム解析により得られた、人類史と肝炎についての手掛かりについて報告している。1報目の論文では、過去4000年間にわたるユーラシアのステップ全域に由来する137例のヒト古代ゲノムについて、塩基配列の解読結果が示されている。自己申告に基づく系統が中央アジア、アルタイ、シベリア、およびコーカサスである現代人502人に関する遺伝子型を用いた解析からは、ユーラシアステップ中央部の集団史のモデルが示され、これは、例えば青銅器時代におけるユーラシア西部系統の牧畜民から東アジア系統の多い騎兵馬への漸進的な移行など、この地域についてのこれまでの歴史言語学的研究の結果と一致していた。2報目の論文では、前期青銅器時代から中世にわたるユーラシア中央部および西部のヒト骨格304体に由来する古代DNAの塩基配列を解析し、その中にB型肝炎ウイルス(HBV)の塩基配列を探索した結果が報告されている。完全または部分的に復元したHBVゲノム12例について、現代人HBVおよび非ヒト霊長類HBVの塩基配列と共に解析したところ、ユーラシア全域の人類が数千年にわたってHBVに感染していたことが示唆された。
参考文献:
Damgaard PB. et al.(2018B): 137 ancient human genomes from across the Eurasian steppes. Nature, 557, 7705, 369–374.
https://dx.doi.org/10.1038/s41586-018-0094-2
Mühlemann B. et al.(2018): Ancient hepatitis B viruses from the Bronze Age to the Medieval period. Nature, 557, 7705, 418–423.
https://dx.doi.org/10.1038/s41586-018-0097-z
鉄器時代を通してユーラシア草原地帯で優勢だったスキタイ人集団は、遺伝的には後期青銅器時代の牧畜民・ヨーロッパの農耕民・シベリア南部の狩猟採集民から構成される多様な起源を有していた、と明らかになりました。その後、スキタイ人は匈奴連合体を形成したステップ東部の遊牧民と混合し、紀元前3世紀もしくは紀元前2世紀頃に西方へ移動し、4~5世紀にはフン族の伝統を築くとともに、「ユスティニアヌスの疫病」の根源となるペストを持ち込んだ、と推測されています。これらの遊牧民はさらに、中世の複数の短い汗国の時代に東アジアの集団と混合しました。こうした歴史的事象により、ユーラシア草原地帯は、ユーラシア西部の系統が大部分であるインド・ヨーロッパ語族の居住地から、東アジア系統の、現在のおもにチュルク語を話す集団の居住地へと変遷を遂げました。
もう一方の研究(Mühlemann et al., 2018)は、ユーラシア中央部および西部の、7000~200年前頃の304人のDNA解析結果を報告しています。注目されるのは、このうち25人がB型肝炎ウイルス(HBV)に感染していたと推測されることです。現在、約2億5700万人がHBVに慢性的に感染しており、2015年には約887000人が合併症を引き起こして死亡しています。HBVには少なくとも9タイプ存在しますが、どのように進化してきたのは不明でした。これら二つの研究は、ユーラシアの古代人合計304人中25人のゲノムにHBVの証拠が見つかった、と報告しています。古代のウイルスの塩基配列が今後新たに発見されれば、HBVの正確な起源と初期の歴史が明確になり、B型肝炎の負荷と死亡率に対する自然の変化および文化的変化の寄与の解明に役立つ可能性があります。
この研究は、青銅器時代から中世にわたる、4500~800年前頃の完全あるいは部分的な古代HBVゲノム12例(現存しない遺伝子型を含みます)について報告し、ヒトHBVと非ヒト霊長類HBVの現生種と共に解析しました。れらの古代ゲノム塩基配列は、現生人類のHBVクレードまたは他の類人猿のHBVクレードの内部に、あるいはそれらの姉妹系統として位置していました。HBV系統樹の根の年代は20900~8600年前頃と推定されています。これらゲノムの特徴はおおむね、現代のHBVのものと一致しました。
複数の例で、古代の遺伝子型の地理的位置と現在の分布とが一致しませんでした。現在のアフリカおよびアジアに典型的な遺伝子型と、インドに由来する亜型(subgenotype)は、初期にユーラシアに存在していたことが明らかになりました。古代HBVと現代HBVの遺伝子型に認められる地理的パターンおよび時間的パターンは、すでに立証されている青銅器時代および鉄器時代の人類移動のパターンと一致します。この研究は、HBVの遺伝子型Aが組換えによって生じ、さらに現代HBVの遺伝子型が長期にわたりヒトと関連してきた、と明らかにしています。また、現在は存在しないかつてのヒトの遺伝子型も発見されました。こうしたデータは、現代の塩基配列のみの検討では解明できないような、HBV進化の複雑さを明らかにします。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。
【ゲノミクス】古代ゲノムで見つかった人類史と肝炎に関する手掛かり
約1500~4500年前に生きていた137人のヒトのゲノム塩基配列について報告する論文と、これらのゲノムと共に青銅器時代の167人のヒトのゲノムを解析し、合計304人中25人のゲノムにB型肝炎ウイルス(HBV)の証拠が見つかったことを報告する論文が、今週掲載される。これらの新知見は、数千年間にわたって、ユーラシア全土でヒトのHBV感染があったことを示唆している。
Eske Willerslevたちは、第1の論文で、ハンガリーから中国北東部までの約8000 kmに及ぶ広大なユーラシア・ステップで生活していた137人の古代人のゲノム塩基配列を解読した結果を報告している。これらのゲノムは約4000年間を網羅している。Willerslevたちは、502人の現代人に自分の祖先の出身地(中央アジア、アルタイ、シベリア、コーカサス)を自己申告させて、そのゲノムデータを解析した。こうして得られた知見から、ユーラシア・ステップのヒト集団の歴史が明らかになり、青銅器時代のユーラシア出身の牧畜民から主に東アジア出身の騎馬兵士への移行がゆっくりと進んだことが示唆された。
また、Willerslevたちは第2の論文で、約200~7000年前に生きていた304人の中央ユーラシアと西ユーラシアの人々のDNA塩基配列を解析し、うち25人がHBVに感染しており、約4000年にわたってHBV感染があったことを示す証拠を報告している。Willerslevたちは、合計12点のHBVの完全ゲノムまたは部分ゲノム(現存しない遺伝子型を含む)を分離し、ヒトHBVと非ヒト霊長類HBVの現生種と共に解析した。その結果、現在の分布と一致しない領域に古代HBVゲノムが存在していたことと、少なくとも1つ以上の現存しない遺伝子型が明らかになった。
全世界で約2億5700万人が慢性HBV感染に苦しんでおり、2015年にはその合併症で約88万7000人が命を落としているが、HBVの起源と進化は解明されていない。古代のウイルスのゲノム塩基配列が今後新たに発見されれば、HBVの正確な起源と初期の歴史が明確になり、B型肝炎の負荷と死亡率に対する自然の変化および文化的変化の寄与の解明に役立つ可能性がある。
集団遺伝学:ユーラシアのステップ全域に由来する137例のヒト古代ゲノム
社会人類学:青銅器時代から中世の古代B型肝炎ウイルス
集団遺伝学:古代ゲノムから明らかになった人類史とヒト肝炎の手掛かり
今週号の2報の論文でE Willerslevたちは、ヒトの古代ゲノム解析により得られた、人類史と肝炎についての手掛かりについて報告している。1報目の論文では、過去4000年間にわたるユーラシアのステップ全域に由来する137例のヒト古代ゲノムについて、塩基配列の解読結果が示されている。自己申告に基づく系統が中央アジア、アルタイ、シベリア、およびコーカサスである現代人502人に関する遺伝子型を用いた解析からは、ユーラシアステップ中央部の集団史のモデルが示され、これは、例えば青銅器時代におけるユーラシア西部系統の牧畜民から東アジア系統の多い騎兵馬への漸進的な移行など、この地域についてのこれまでの歴史言語学的研究の結果と一致していた。2報目の論文では、前期青銅器時代から中世にわたるユーラシア中央部および西部のヒト骨格304体に由来する古代DNAの塩基配列を解析し、その中にB型肝炎ウイルス(HBV)の塩基配列を探索した結果が報告されている。完全または部分的に復元したHBVゲノム12例について、現代人HBVおよび非ヒト霊長類HBVの塩基配列と共に解析したところ、ユーラシア全域の人類が数千年にわたってHBVに感染していたことが示唆された。
参考文献:
Damgaard PB. et al.(2018B): 137 ancient human genomes from across the Eurasian steppes. Nature, 557, 7705, 369–374.
https://dx.doi.org/10.1038/s41586-018-0094-2
Mühlemann B. et al.(2018): Ancient hepatitis B viruses from the Bronze Age to the Medieval period. Nature, 557, 7705, 418–423.
https://dx.doi.org/10.1038/s41586-018-0097-z
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