ナレディの頭蓋形態
アフリカ南部で発見されたホモ属の新種ナレディ(Homo naledi)の頭蓋形態に関する研究(Holloway et al., 2018)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。南アフリカ共和国のライジングスター洞窟(Rising Star Cave)にあるディナレディ空洞(Dinaledi Chamber)で発見された人類化石群は、ホモ属の新種ナレディと分類されました(関連記事)。その後、ライジングスター洞窟のレセディ空洞(Lesedi Chamber)においてナレディの新たな人類化石群が発見され、ナレディの年代は335000~236000年前頃と推定されています(関連記事)。ナレディの足と手には現代人的(派生的)特徴と祖先的特徴との混在が指摘されています(関連記事)。
本論文は、ナレディの頭蓋内鋳型形態を、アウストラロピテクス属や他のホモ属や(人類系統を除く)類人猿のそれと比較しました。用いられたナレディの頭蓋はディナレディ空洞で発見されており、少なくとも5個体分となります。以前から指摘されていたように、ナレディの脳はホモ属としては小さく、それは本論文における推定でも改めて確認されました。ディナレディ空洞で発見された人類化石DH1とDH2に基づく推定脳容量は560mL、DH3とDH4に基づく推定脳容量は465mLです。大きな脳が重要な特徴とされるホモ属と分類するのが躊躇われるくらいで、現生人類(Homo sapiens)の1/3程度の脳サイズとなります。
脳の小さなホモ属としては、インドネシア領フローレス島で発見されたフロレシエンシス(Homo floresiensis)が知られており、約426ccと推定されています(関連記事)。ナレディとフロレシエンシスの脳容量は、アウストラロピテクス属の範囲内に収まるか、少し多いだけ、ということになります。その他のホモ属の推定脳容量は、ハビリス(Homo habilis)が500~700mL、ルドルフェンシス(Homo rudolfensis)が752~830mL、エレクトス(Homo erectus)は、ドマニシ(Dmanisi)人とンガンドン(Ngandong)人を含めると550~1200mlとなります。
このように、ホモ属内の脳容量には大きな違いがあります。しかし本論文は、ホモ属内で頭蓋形態に共通点があることを明らかにしました。前頭葉、とくに下前頭回および外側眼窩回において、ナレディと他のホモ属種には共通点が見られます。こうした特徴は、(人類系統を除く)類人猿はもちろん、アウストラロピテクス属とも異なります。具体的には、アウストラロピテクス属ではアフリカヌス(Australopithecus africanus)とセディバ(Australopithecus sediba)です。ただ、ホモ属の特徴も有するとされるセディバ(関連記事)に関しては、アウストラロピテクス属とホモ属の中間的な形態だった可能性も指摘されています。左右非対称の脳という点でも、ナレディと他のホモ属との類似性が指摘されています。
前頭葉は、言語などの認知能力と関わっている、と推測されています。ナレディが存在した年代には、アフリカでは最初期現生人類もしくは現代人的な特徴の強い人類集団がすでに存在していました(関連記事)。この頃のアフリカには、一定以上の認知能力が必要と考えられる、中期石器時代的な石器技術が確認されます。これまで、中期石器文化の担い手は現生人類もしくはその祖先系統と考えられる傾向にありました。しかし、ナレディの派生的な手と手首の形態、および下肢と足の形態は、現生人類やネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)にも共有されている一方で、その多くは既知のエレクトス化石には見られません。ナレディはかなり手先が器用だったかもしれず、前頭葉の類似性からも、ナレディが中期石器文化の一部の担い手だった可能性も指摘されています。
他のホモ属との類似性から、こうしたナレディの前頭葉の形態は、ホモ属の最終共通祖先にまでさかのぼるのではないか、と本論文は推測しています。そのため本論文は、ナレディの前頭葉の形態は他のホモ属との近縁関係の推定の証拠にはならないだろう、と指摘しています。認知能力と関連しそうな脳の構造は、脳サイズの増大とは関係していない可能性がある、というわけです。したがって、ナレディの系統において祖先からずっと小さな脳サイズが維持されてきたのか、それとも一度は増大した脳容量が減少したのか、まだ判断は困難です。ナレディをホモ属進化の系統樹に的確に位置づけるには、さらなる分析と新たな化石証拠が必要となり、同様の問題はフロレシエンシスについても当てはまります。
これまで、ホモ属においては、脳容量の増大と道具の「発達(洗練化、効率化)」および高カロリー食への依存度の高まりとの相関が想定されてきました。脳は高カロリーを必要とするので、高い認知能力が必要となる道具の発達、およびそれにより可能となる高カロリー食は、脳容量の増大と正の相関関係にあったのではないか、というわけです。しかし本論文は、脳サイズと形態は人類進化史において系統学的に相関していなかった、と指摘します。脳サイズの増加はホモ属の一つもしくは複数の系統で起き、ホモ属系統の適応的パターンの特定の側面を反映しており、脳サイズの進化はホモ属の進化史において普遍的ではなく、もっと複雑だったかもしれない、というわけです。ナレディはフロレシエンシスとともに、ホモ属の進化史において脳容量を増加させるような選択圧が一般的傾向だった、という見解に再考を迫る存在と言えるでしょう。
参考文献:
Holloway RL. et al.(2018): Endocast morphology of Homo naledi from the Dinaledi Chamber, South Africa. PNAS, 115, 22, 5738–5743.
https://doi.org/10.1073/pnas.1720842115
本論文は、ナレディの頭蓋内鋳型形態を、アウストラロピテクス属や他のホモ属や(人類系統を除く)類人猿のそれと比較しました。用いられたナレディの頭蓋はディナレディ空洞で発見されており、少なくとも5個体分となります。以前から指摘されていたように、ナレディの脳はホモ属としては小さく、それは本論文における推定でも改めて確認されました。ディナレディ空洞で発見された人類化石DH1とDH2に基づく推定脳容量は560mL、DH3とDH4に基づく推定脳容量は465mLです。大きな脳が重要な特徴とされるホモ属と分類するのが躊躇われるくらいで、現生人類(Homo sapiens)の1/3程度の脳サイズとなります。
脳の小さなホモ属としては、インドネシア領フローレス島で発見されたフロレシエンシス(Homo floresiensis)が知られており、約426ccと推定されています(関連記事)。ナレディとフロレシエンシスの脳容量は、アウストラロピテクス属の範囲内に収まるか、少し多いだけ、ということになります。その他のホモ属の推定脳容量は、ハビリス(Homo habilis)が500~700mL、ルドルフェンシス(Homo rudolfensis)が752~830mL、エレクトス(Homo erectus)は、ドマニシ(Dmanisi)人とンガンドン(Ngandong)人を含めると550~1200mlとなります。
このように、ホモ属内の脳容量には大きな違いがあります。しかし本論文は、ホモ属内で頭蓋形態に共通点があることを明らかにしました。前頭葉、とくに下前頭回および外側眼窩回において、ナレディと他のホモ属種には共通点が見られます。こうした特徴は、(人類系統を除く)類人猿はもちろん、アウストラロピテクス属とも異なります。具体的には、アウストラロピテクス属ではアフリカヌス(Australopithecus africanus)とセディバ(Australopithecus sediba)です。ただ、ホモ属の特徴も有するとされるセディバ(関連記事)に関しては、アウストラロピテクス属とホモ属の中間的な形態だった可能性も指摘されています。左右非対称の脳という点でも、ナレディと他のホモ属との類似性が指摘されています。
前頭葉は、言語などの認知能力と関わっている、と推測されています。ナレディが存在した年代には、アフリカでは最初期現生人類もしくは現代人的な特徴の強い人類集団がすでに存在していました(関連記事)。この頃のアフリカには、一定以上の認知能力が必要と考えられる、中期石器時代的な石器技術が確認されます。これまで、中期石器文化の担い手は現生人類もしくはその祖先系統と考えられる傾向にありました。しかし、ナレディの派生的な手と手首の形態、および下肢と足の形態は、現生人類やネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)にも共有されている一方で、その多くは既知のエレクトス化石には見られません。ナレディはかなり手先が器用だったかもしれず、前頭葉の類似性からも、ナレディが中期石器文化の一部の担い手だった可能性も指摘されています。
他のホモ属との類似性から、こうしたナレディの前頭葉の形態は、ホモ属の最終共通祖先にまでさかのぼるのではないか、と本論文は推測しています。そのため本論文は、ナレディの前頭葉の形態は他のホモ属との近縁関係の推定の証拠にはならないだろう、と指摘しています。認知能力と関連しそうな脳の構造は、脳サイズの増大とは関係していない可能性がある、というわけです。したがって、ナレディの系統において祖先からずっと小さな脳サイズが維持されてきたのか、それとも一度は増大した脳容量が減少したのか、まだ判断は困難です。ナレディをホモ属進化の系統樹に的確に位置づけるには、さらなる分析と新たな化石証拠が必要となり、同様の問題はフロレシエンシスについても当てはまります。
これまで、ホモ属においては、脳容量の増大と道具の「発達(洗練化、効率化)」および高カロリー食への依存度の高まりとの相関が想定されてきました。脳は高カロリーを必要とするので、高い認知能力が必要となる道具の発達、およびそれにより可能となる高カロリー食は、脳容量の増大と正の相関関係にあったのではないか、というわけです。しかし本論文は、脳サイズと形態は人類進化史において系統学的に相関していなかった、と指摘します。脳サイズの増加はホモ属の一つもしくは複数の系統で起き、ホモ属系統の適応的パターンの特定の側面を反映しており、脳サイズの進化はホモ属の進化史において普遍的ではなく、もっと複雑だったかもしれない、というわけです。ナレディはフロレシエンシスとともに、ホモ属の進化史において脳容量を増加させるような選択圧が一般的傾向だった、という見解に再考を迫る存在と言えるでしょう。
参考文献:
Holloway RL. et al.(2018): Endocast morphology of Homo naledi from the Dinaledi Chamber, South Africa. PNAS, 115, 22, 5738–5743.
https://doi.org/10.1073/pnas.1720842115
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