Richard Bessel『ナチスの戦争1918-1949 民族と人種の戦い』

 リチャード=ベッセル(Richard Bessel)著、大山晶訳で、中公新書の一冊として、中央公論新社から2015年7月に刊行されました。原書の刊行は2004年です。本書は対象とする時代を第二次世界大戦やナチス政権期に限定せず、第一次世界大戦におけるドイツの敗北から第二次世界大戦後の冷戦構造の確立の頃までを取り上げ、「ナチスの戦争」がどのような文脈で起きたのか、またどのような影響を第二次世界大戦後に及ぼしたのか、広い視野で検証しています。

 副題にあるように、本書は「ナチスの戦争」が人種の戦いであったことを強調しています。ナチス政権中枢には強烈な人種観があり、それに基づいて戦争が遂行されたのですが、独ソ戦でドイツ軍の快進撃が止まり(本書では、ナチス政権最初の軍事的挫折とも言えそうな、いわゆるバトル・オブ・ブリテンについては言及されていません)、ついには劣勢に陥っても、「軍事的合理性」よりも「劣等人種」の殺害を優先した様相が、本書では詳細に描写されます。ある程度は知っていたこととはいえ、ひじょうに陰鬱な気分になります。ナチス政権の蛮行が、その人種感観に基づき、とくに東部戦線において激化していった様子が、強く印象に残ります。

 ナチスを利用しようとしたヴァイマル末期の保守系政治家も軍部も、けっきょくはナチスというかヒトラーに従属するか追放・処刑(私刑も含みます)されていき、ヒトラーの「非合理な」戦争指導を止めることはできませんでした。国民も、「人種の戦い」の全貌を詳細には知らないでも、前線にいた家族などからその一端を聞いてはいたものの、戦争の長期化・総力戦化にともない、外国人労働者のドイツへの強制連行が増えるにつれて、ナチスの人種観に染まっていった様子が窺えます。今になってみると、保守系政治家も軍部もナチスというかヒトラーにたいして実に見通しが甘かったわけですが、同時代にあってナチスの危険性を的確に見抜いて対処すべきだったと言うのは、結果論というか後知恵なのかもしれません。

 第二次世界大戦末期を詳しく取り上げているのも本書の特徴で、それは、この時期にこそナチスの人種観が色濃く現れてドイツ国民を制約し、もはや勝算はなかったにも関わらず、多くの戦死者を出すとともに、外国人労働者や囚人にたいする過酷な扱いが進行したからです。また、第二次世界大戦末期の経験が、多くのドイツ国民に強い被害者感情を生じさせ、第二次世界大戦後のドイツ国民の意識を規定したことも指摘されています。本書は良書ではありますが、残念なのは、日本語の解説・解題がないことです。

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