アメリカ大陸と東アジアにおいてシャベル状切歯が高頻度で見られる理由
これは4月26日分の記事として掲載しておきます。アメリカ大陸と東アジアにおいてシャベル状切歯が高頻度で見られる理由についての研究(Hlusko et al., 2018)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。アメリカ大陸先住民集団と東アジア地域集団においては、他地域ではほとんど見られないシャベル状切歯が高頻度で見られます。これは、東アジアにおける数十万年(もしくは百万年)以上の継続的な人類進化の根拠だとして、現生人類(Homo sapiens)多地域進化説的な立場からかつてはよく言及されていました。しかし近年では、複数の表現型に関わっているエクトジスプラシンA受容体(EDAR)遺伝子の多様体のうち、アメリカ大陸先住民集団や東アジア地域集団において高頻度で見られる「EDAR V370A」がシャベル状切歯と関わっており、その変異は3万年前頃に東アジアで生じた、との見解も提示されています(関連記事)。
本論文は、「EDAR V370A」の機能と人類遺骸標本を改めて検証し、アメリカ大陸と東アジアにおけるシャベル状切歯の定着に関して新たな見解を提示しています。「EDAR V370A」は、シャベル状切歯の形成だけではなく、汗腺密度や乳腺管分岐にも関与しています。汗腺密度にも関わっていることから、「EDAR V370A」がアメリカ大陸と東アジアにおいて高頻度で定着したことを、皮を鞣す習慣や寒冷化と関連づける見解もあります。しかし、寒冷化との関連ならば、もっと北方で変異が生じ、まず定着した可能性も考えられます。
本論文は、「EDAR V370A」が乳腺管分岐を増大させる役割を担っていることに注目しています。乳腺管分岐の増大により、母親から乳児への栄養補給が増大すると予測されます。本論文は、これが高緯度地帯において重要になる、と推測しています。高緯度地帯では低緯度地帯と比較して紫外線量が少なく、紫外線を浴びて体内でじゅうぶんな量のビタミンDを合成することが難しくなっています。そのため、高緯度地帯では少ない紫外線量を効率的に受け取れる薄い色の肌が濃い色の肌より適応的となります。しかし、動物脂肪からビタミンDを摂取できるので、高緯度地帯の住民は、たとえばアザラシのような脂肪が豊富な海棲哺乳類を食べていれば、肌の色が薄くなくとも、生きていくことができます。ビタミンDが不足すると、カルシウムの吸収が低下し、免疫機能や脂肪性組織に悪影響を及ぼします。
しかし、(更新世というか前近代の)乳児は母乳を通じてビタミンDを摂取するしかないので、乳腺管分岐の増大をもたらす「EDAR V370A」は高緯度地帯において適応的だったのではないか、と本論文は推測しています。その意味で、「EDAR V370A」が出現して定着した地域は東アジアではなくベーリンジア(ベーリング陸橋)で、それは2万年前頃だったのではないか、との見解を本論文は提示しています。近年では、人類はアメリカ大陸に進出する前に、28000~18000年前頃の最終最大氷期を含む寒冷期に、ベーリンジアに孤立した状態で1万年程度留まっていた、とするベーリンジア潜伏モデルが有力説になっています(関連記事)。この「潜伏」期間に、シャベル状切歯の形成に関わる「EDAR V370A」が、乳腺管分岐の増大をもたらす効果により、正の選択で孤立した集団において定着したのではないか、というわけです。この見解の傍証としては、ヨーロッパ勢力侵出前のアメリカ大陸において、住民のほぼ100%にシャベル状切歯が見られることも指摘されています。アメリカ大陸と東アジアにおけるシャベル状切歯の定着の理由として、なかなか興味深い見解だと思います。
参考文献:
Hlusko LJ. et al.(2018): Environmental selection during the last ice age on the mother-to-infant transmission of vitamin D and fatty acids through breast milk. PNAS, 115, 19, E4426–E4432.
https://doi.org/10.1073/pnas.1711788115
本論文は、「EDAR V370A」の機能と人類遺骸標本を改めて検証し、アメリカ大陸と東アジアにおけるシャベル状切歯の定着に関して新たな見解を提示しています。「EDAR V370A」は、シャベル状切歯の形成だけではなく、汗腺密度や乳腺管分岐にも関与しています。汗腺密度にも関わっていることから、「EDAR V370A」がアメリカ大陸と東アジアにおいて高頻度で定着したことを、皮を鞣す習慣や寒冷化と関連づける見解もあります。しかし、寒冷化との関連ならば、もっと北方で変異が生じ、まず定着した可能性も考えられます。
本論文は、「EDAR V370A」が乳腺管分岐を増大させる役割を担っていることに注目しています。乳腺管分岐の増大により、母親から乳児への栄養補給が増大すると予測されます。本論文は、これが高緯度地帯において重要になる、と推測しています。高緯度地帯では低緯度地帯と比較して紫外線量が少なく、紫外線を浴びて体内でじゅうぶんな量のビタミンDを合成することが難しくなっています。そのため、高緯度地帯では少ない紫外線量を効率的に受け取れる薄い色の肌が濃い色の肌より適応的となります。しかし、動物脂肪からビタミンDを摂取できるので、高緯度地帯の住民は、たとえばアザラシのような脂肪が豊富な海棲哺乳類を食べていれば、肌の色が薄くなくとも、生きていくことができます。ビタミンDが不足すると、カルシウムの吸収が低下し、免疫機能や脂肪性組織に悪影響を及ぼします。
しかし、(更新世というか前近代の)乳児は母乳を通じてビタミンDを摂取するしかないので、乳腺管分岐の増大をもたらす「EDAR V370A」は高緯度地帯において適応的だったのではないか、と本論文は推測しています。その意味で、「EDAR V370A」が出現して定着した地域は東アジアではなくベーリンジア(ベーリング陸橋)で、それは2万年前頃だったのではないか、との見解を本論文は提示しています。近年では、人類はアメリカ大陸に進出する前に、28000~18000年前頃の最終最大氷期を含む寒冷期に、ベーリンジアに孤立した状態で1万年程度留まっていた、とするベーリンジア潜伏モデルが有力説になっています(関連記事)。この「潜伏」期間に、シャベル状切歯の形成に関わる「EDAR V370A」が、乳腺管分岐の増大をもたらす効果により、正の選択で孤立した集団において定着したのではないか、というわけです。この見解の傍証としては、ヨーロッパ勢力侵出前のアメリカ大陸において、住民のほぼ100%にシャベル状切歯が見られることも指摘されています。アメリカ大陸と東アジアにおけるシャベル状切歯の定着の理由として、なかなか興味深い見解だと思います。
参考文献:
Hlusko LJ. et al.(2018): Environmental selection during the last ice age on the mother-to-infant transmission of vitamin D and fatty acids through breast milk. PNAS, 115, 19, E4426–E4432.
https://doi.org/10.1073/pnas.1711788115
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