アラビア半島における8万年以上前の現生人類遺骸(追記有)

 これは4月11日分の記事として掲載しておきます。アラビア半島で発見された8万年以上前の現生人類(Homo sapiens)の指骨に関する研究(Groucut et al., 2018)が報道されました。『サイエンス』のサイトには解説記事が掲載されています。現生人類の出アフリカに関しては、回数・年代・経路などをめぐって議論が続いています(関連記事)。長く有力とされてきた見解では、現生人類は10万年以上前にレヴァントにまで拡散したものの、絶滅するかアフリカに撤退して「失敗」に終わり、6万~5万年前頃にアフリカからユーラシアに拡散した小規模な集団が、非アフリカ系現代人の主要な祖先になった、と想定されていました。しかし近年では、10万年以上前に現生人類がアフリカからレヴァントよりもさらに遠方にまで拡散していたのではないか、との見解も支持を集めつつあり、中国では12万~8万年前頃の現生人類的な歯が発見されています(関連記事)。

 本論文は、サウジアラビアのネフド砂漠のアルウスタ(Al Wusta)遺跡で2016年に発見された、人類の中節骨(アルウスタ1)の年代をウラン系列法により直接的に測定しました。長さは3.2cmです。その結果、この人類の指骨の年代は88000年前頃と推定されました。アルウスタ遺跡では、カバや淡水生カタツムリなど多数の動物遺骸も発見されています。これらの動物遺骸や堆積物は電子スピン共鳴法や光刺激ルミネッセンス法で測定され、人類の指骨の年代との組み合わせで、アルウスタ遺跡の年代は95000~86000年前頃と推定されています。当時のアルウスタ遺跡一帯の気候は多湿なモンスーン性で、淡水湖のある草原地帯でした。アルウスタ遺跡では多数の石器群も発見されており、中部旧石器的と区分されています。

 アルウスタ1は、現生人類やネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)やアウストラロピテクス属などの人類系統と比較されました。その結果、アルウスタ1は現生人類と識別されました。本論文は、海洋酸素同位体ステージ(MIS)5の後期となる8万年以上前に、アフリカ起源の現生人類はレヴァントよりもさらに遠方にまで拡散し、アラビア半島内陸部の半乾燥草原にも居住するようになった可能性がある、と指摘しています。現生人類は、じゅうらいの想定よりもずっと早期かつ広範に、アフリカからレヴァントよりも遠方にまで拡散していたのではないか、というわけです。

 MIS5に現生人類がアラビア半島まで拡散していた可能性は以前から指摘されていたので(関連記事)、アルウスタ1の発見自体は驚きではありません。しかし、じっさいに人類遺骸が確認されたことの意義はたいへん大きいと思います。ただ、単一の遊離した指骨で現生人類と識別できるのか、現生人類が早期にアラビア半島にまで拡散したとして、どのくらいの期間存続できたのか、疑問視する見解も提示されています。MIS5もしくはそれ以前となる、さらなるアラビア半島の人類遺骸の発見が期待されます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


ホモ・サピエンスへの道を指し示すアラビアの指の化石

 最古のホモ・サピエンス(Homo sapiens)の化石がアフリカ大陸やレバント地方ではなくアラビア砂漠で発掘され、その年代を直接測定したことを報告する論文が、今週掲載される。

 Huw Groucutt、Michael Petragliaたちは、現在のサウジアラビアのアルウスタで出土した指の骨の化石を紹介している。この指の化石は、骨の放射性年代測定法による解析から、8万5000年以上前のものと推定されている。このような人骨の直接的な年代測定は、周囲の堆積物や関連する試料のみに基づく年代測定と比べると信頼性が高いが、常に可能とは限らない。今回のアルウスタの指の骨に関しては、電子スピン共鳴法や光刺激ルミネッセンス法を用いて周囲の動物の骨や堆積物も解析され、年代が裏付けられた。

 その指が埋もれた当時、アルウスタ近辺の地域は、多湿なモンスーン性の気候であった。著者たちは、今回明らかになった「緑のアラビア」への初期の人類流入に基づいて、アフリカを出た人類は夏季の多雨に支えられて広く分散し、冬季の降雨によって維持されていたレバント地方の疎林にとどまらず、アルウスタのようなアラビア半島内陸部の半乾燥草原にも居住するようになった可能性があると結論付けている。そして、この新しい環境への適応がホモ・サピエンスの世界的繁栄に至る道筋の初期段階であった可能性が示唆された。



参考文献:
Groucutt HS. et al.(2018): Homo sapiens in Arabia by 85,000 years ago. Nature Ecology & Evolution, 2, 5, 800–809.
https://dx.doi.org/10.1038/s41559-018-0518-2


追記(2018年4月12日)
 ナショナルジオグラフィックでも報道されました。

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  • アラビア半島内陸部における30万年以上前の人類の痕跡

    Excerpt: アラビア半島内陸部における30万年以上前の人類の痕跡に関する研究(Roberts et al., 2018B)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。アラビア半島は、アフリカか.. Weblog: 雑記帳 racked: 2018-10-30 17:54