人間の協力の進化

 これは3月9日分の記事として掲載しておきます。人間の協力の進化に関する研究(Santos et al., 2018)が公表されました。弱肉強食の世界で利他主義がどのように進化したのか、解明する探求で生まれた全てのスキームの中で、間接互恵性は最も複雑なものとされています。間接互恵性とは、行為者が、後に第三者から報酬が与えられることを期待して、離反者を罰して自らがコストを背負う場合があるというもので、これには道徳的な選択が必要であり、第三者の応答は行為者および離反者の評判によって左右されます。そのため、間接互恵性は、既知のすべての協力機構の中で最も複雑で認知的に困難なものであり、評判および地位が絡むために、最も人間的なものとされています。

 間接互恵性に基づく規範と種々の選択肢がきわめて複雑なため、人間の思考力では妥当な時間枠内でそれらを計算することはできない、との見解もありますが、人間はそうした選択を容易に行なえます。個人の過去の評判を無視するモデルにおいては、個人が主観的な規則に従う能力が重要になる場合が多く、評判を「良い評判」か「悪い評判」のいずれかに、そして行動を二者択一へと単純化します。この研究は、そうしたモデルに過去の評判を組み込み、間接互恵性の状況で第三者が直面する選択をシミュレートし、協力を促進する関連規範における重要なパターンを見いだして、最大の協力を導く選択は、必ずしも最も複雑なものではないことを明らかにしています。このパターンに適合する規範のうち、複雑さが最小で最も大きな協力(90%超)を導くものは、過去の評判に基づいて判断しておらず、判断プロセスにおける「複雑さのコスト」を考慮すると、この規範の相対的な成績はとくに明らかでした。

 この高度の協力と低い複雑さとの組み合わせは、複雑な環境でも単純な道徳原理で協力を引き出せることを示唆しています。「重要なのはあなたが行なうことと、あなたが行動するときの相手の評判だけである。善人は助け、そうでなければ助けることを拒絶しなさい。そうすれば我々はあなたに優しく接するが、そうしなければあなたは罰せられるだろう」という「厳しい判断」ですら、下から2番目の複雑さにすぎず、言語習得前の幼児でさえ行なっている、というわけです。このような間接互恵性がどのような環境で進化してきたのか解明するには、自然人類学・考古学・古環境学などの学際的な知見が必要となるでしょう。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


人間行動学:協力の進化における社会規範の複雑さと過去の評判

人間行動学:協力の複雑さ

 弱肉強食の世界で利他主義がどのように進化したのかを解明する探求で生まれた全てのスキームの中で、間接互恵性はおそらく最も複雑なものである。間接互恵性とはつまり、行為者が、後に第三者から報酬が与えられることを期待して、離反者を罰して自らがコストを背負う場合があるというもので、これには道徳的な選択が必要とされ、第三者の応答は行為者および離反者の評判によって左右される。種々の選択肢が極めて複雑であるため、人間の思考力では妥当な時間枠内でそれらを計算することはできないと考える人もいるが、人間はそうした選択を容易に行う。これはどうしてなのか。今回著者たちは、間接互恵性の状況で第三者が直面する選択をシミュレートし、最大の協力を導く選択は、必ずしも最も複雑なものではないことを明らかにしている。「重要なのはあなたが行うこととあなたが行動するときの相手の評判だけである。善人は助け、そうでなければ助けることを拒絶しなさい。そうすれば我々はあなたに優しく接するが、そうしなければあなたは罰せられるだろう」という「厳しい判断」ですら、下から2番目の複雑さにすぎず、言語習得前の幼児でさえ行っていることなのだ。



参考文献:
Santos FP, Francisco FC, and Pacheco JM.(2018): Social norm complexity and past reputations in the evolution of cooperation. Nature, 555, 7695, 242–245.
http://dx.doi.org/10.1038/nature25763

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